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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
フィンク大陸編
150/300

第150話 失ったもの

 ケルベロスは部屋の一室で座禅を組んでいた。

 魔力を失った事により、色あせた白髪がひび割れた窓から吹き込む冷たい風で僅かに揺れる。

 胡坐を掻き、瞼を閉じたケルベロスは、静かにその口から息を吐き出す。

 どれ程の時間そうしていたのか、ケルベロスはゆっくりと瞼を開き肩の力を抜いた。


「……やはり、ダメか」


 静かに呟き、自らの手の平を見据える。

 幾度と無く試したが、やはり魔力の反応はなかった。

 魔力解放の影響で失った魔力がいつ戻るのか分からず、ケルベロスは硬く拳を握り締める。


「大丈夫ですか?」


 開かれたドアの前に佇むのは白装束をまとうファイだった。

 肩口で空色の髪を揺らし、相変わらず表情は無い。

 だが、その目は僅かに赤く充血し、目の周りが腫れぼったくなっていた。

 恐らく泣いていたのだ。

 長い間。

 しかし、ケルベロスはその事に触れようとせず、静かに立ち上がった。


「ああ。大丈夫だ。魔力を失っている分、少々気配の察知には遅れたが――」

「少々と言うよりも、大分遅れた様に見えましたが?」


 いつもと変らぬ冷静な口調だが、その声がどこか鼻声だった。

 師が死んだのだ、当然だ。

 泣かない方が無理だろう。

 腕を組み眉間にシワを寄せるケルベロスは、深く息を漏らした。


「そうだな……。確かに、殆ど気配は感じなかった。今まで大分魔力に頼っていたのだと気付かされた」


 俯き悔しげな表情を浮かべ、ケルベロスは静かに瞼を閉じる。

 唇を噛み締め、拳を握り締めたケルベロスは、肩を震わせた。

 魔力を失う事がこれ程まできつい事なのだと、失って初めて気付いた。

 そんな悔しげなケルベロスの様子にファイは何も言わない。

 いや、言えなかった。

 魔力を失う辛さなど分からないファイに、何かを言う資格なんてなかった。

 二人の間に沈黙が流れる。

 二人共失ったモノが大きすぎ、まだ立ち直れて居ないのだ。

 静まり返る中で、フッと息を吐いたファイは、相変わらず無表情に告げる。


「そう言えば、先程彼が目を覚ました様ですよ」

「あぁ……そうか……」


 ファイの言葉にそう答えたケルベロスは肩の力を抜くと歩き出す。


「会うんですか?」

「当たり前だろ?」

「そう……ですか。彼の驚く顔が目に浮かびますね」


 ファイはそう言い薄らと口元へ笑みを浮かべた。



 一方、クロトも大切なモノを失いショックを受けていた。

 テーブルの上に無残な形で魔剣ベルが置かれていた。

 クロトが呼び出したのだ。

 砕けた刃の破片と根元から刃が折れた柄だけが残されていた。

 テーブルの前で俯くクロトは、悔しげに唇を噛み締め、拳を握る。

 まだ回復していないはずの魔力を何度もその柄に流し込むが、全く反応はなかった。

 そんなクロトの姿に、セラはただ手を組んで見つめるしかなかった。

 何も言わず静かな時だけが過ぎ、クロトは深く息を吐き出した。

 それから、静かにテーブルの上の魔剣を布に包んだ。


「だ、大丈夫?」


 恐る恐るセラは尋ねる。

 すると、クロトは穏やかに微笑した。


「大丈夫。うん。大丈夫だよ」


 そう言うが、その笑みは明らかに作り笑顔だった。

 クロトはそれを誤魔化す様に話題を変える。


「そう言えば、ルーイットは? ケルベロスと一緒なのか?」


 クロトの声に、セラはキョトンとした表情を浮かべ、腕を組んだ。

 それから、首を捻り、唸り声をあげる。

 訝しげな表情を浮かべるクロトは、小首を傾げた。

 何を悩む必要があるんだろう、そう思っていると、セラはパッと目を見開き声をあげる。


「あぁーっ!」

「な、なな、何? ど、どうした?」


 突然の大声にクロトは慌てて声を上げる。

 アワアワと慌てふためくセラは、右往左往しやがて頭を抱え座り込んだ。

 何が何だか分からず、困惑するクロトは、苦笑する。


「お、落ち着け! 落ち着け! セラ!」

「う、うん……」


 蹲るセラは顔を挙げ、上目遣いにクロトを見据える。

 その表情が妙に愛らしく、クロトは胸をドキッとさせる。

 だが、すぐに頭を振り、真剣な表情を作った。


「で、何があった?」

「う、うん……じ、実は……」


 セラは俯き、非常に言い辛そうに視線を逸らした。



「はぁ? 忘れてた!」


 クロトは驚きの声をあげ、唖然とした様に口をポカーンと開けていた。

 セラは完全にルーイットの事を忘れていたのだ。

 まさかの答えに呆れるクロトは、大きなため息を吐くと、肩を落とした。

 クロトの反応にセラは両手を合わせ、大声で叫ぶ。


「ご、ごめんなさい! わ、私、私――」

「いやいや。お、落ち着け! うん。大丈夫! 大丈夫だよ! 気にしないでも!」


 慰めようとクロトは明るく声をあげた。


「何の騒ぎだ?」


 クロトの声に部屋のドアの方からケルベロスの落ち着いた声が聞こえた。

 その声に、クロトは安堵した様にケルベロスの方へと振り返る。

 だが、その瞬間に驚愕し目を丸くする。

 言葉を失い硬直するクロトの後ろからピョコンと顔を出したセラは、ケルベロスを見つけ声を上げる。


「け、ケルベロス! た、大変大変!」


 慌ただしく両腕を振り回し、セラはケルベロスの方へと足を進める。

 絶句するクロトは未だショックから立ち直れないのが、微動だにせず、ケルベロスはそんな事お構いなしに話を進める。


「何が大変なんだ? 何かあったのか?」

「そ、そ、それが、それが! る、ルーイットちゃんが居ないよ!」


 潤んだ瞳を向け、セラがそう言うと、ケルベロスは訝しげな表情で首をかしげた。


「それが、どうかしたんですか?」


 ケルベロスの後ろからファイが冷めた口調で尋ねる。

 すると、セラは両拳を突き上げ怒りの声を上げた。


「そ、それがって! ルーイットちゃんは、大事な仲間だよ! そんな言い方ないんじゃないかな!」


 ファイの冷めた口調に対するセラの言葉に、ファイは無表情だが、どこか申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません。そんなつもりではなく……」

「じゃあ、どう言うつもりなのさ! 酷いよ、酷すぎるよ! エメラルドさんから、聞いてたけ――」

「セラ!」


 セラの言葉を遮る様にケルベロスが怒鳴った。

 その声に、セラの肩はビクッと跳ねる。

 怖い顔を向けるケルベロスに、セラは目を潤ませる。

 言いたい事はケルベロスも分かるが、セラは今、出してはいけない名を出してしまった。

 今、ファイにとって、エメラルドの名は非常に辛いモノだ。

 だから、ケルベロスは怖い顔でセラを見据える。

 唇を噛み締めるセラは、突き上げた拳を下し、俯いた。

 分かっている。セラだって、自分が悪いのだと言うのは。

 その場に険悪なムードが流れる。

 そんな中でようやく我に返ったクロトは、驚きの声を上げた。


「け、け、けけ、ケルベロス! ど、どど、ど、どうしたんだよ! その頭!」


 険悪なムードを吹き飛ばすクロトの驚きの声に、ケルベロスは眉間にシワを寄せ、ファイは予想通りの事に口元を覆い思わず笑う。

 ムスーッと頬を膨らせるセラは、空気を読まないクロトを真っ直ぐに見据える。

 アワアワとうろたえるクロトは、恐る恐る右手でケルベロスの頭を指差す。


「お前、急に老け込み過ぎじゃないか! 何があったんだ!」

「お前……ふざけてんのか?」


 不快そうに眉間にシワを寄せるケルベロスがドスの利いた声でそう告げる。

 しかし、クロトはいたって真面目に、


「ふざけてるのは、お前の頭だろ? 何をどうやったらそんなに老けるんだ?」


と、口にした。

 その言葉に額に青筋を浮かべるケルベロスは、僅かに表情を引きつらせる。

 明らかに怒りの見えるケルベロスに、クロトは恐る恐るセラへと顔を向けた。


「あ、あの人……怒ってるんですけど……」

「ブーッ! 私は知らないよ!」


 何故か、セラも怒りの声をあげ、プスッとソッポを向いた。

 一体、何が何なのか分からず、クロトは眉間にシワを寄せ、


「何で、怒ってるんだよ?」


 と、首を傾げた。

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