第15話 ミィとゼバーリック大陸
毒消しを飲み一晩休んだおかげで、クロトはすっかり元気になっていた。
まだ頭はボーッとしてはいたが、体のダルさは無かった。手すりに肘をつき、頬杖をつくクロトは、海の向こうに薄らと見え始めた大陸を見据える。
今朝方、僅かにだが見えたその大陸だったが、今ではその長い輪郭がうかがえた。
ゼバーリック大陸は横に長い大陸で、ここゲートでも二番目に大きな大陸だ。
そんな大きな大陸を見据えながら、クロトは右隣りで座り込み携帯を弄るミィへと目を向けた後、今度は左隣りで興奮気味のセラへと目を向ける。ルーガス大陸から出た事も無く、初めて見る他の大陸に、その瞳はキラキラと輝きを放っていた。
「クロト! クロト! ほらほら、見てよー」
「見てるよ。見てる。だから、少し落ち着けって」
薄ら見える大陸を指差しながら、声を上げるセラに、クロトは苦笑しながら返答すると、セラは頬を膨らす。
「ちょっと! もう少しこの感動を共有しようよ! クロトだって、初めてでしょ?」
「えっ? いや、初めてって言われてもなぁ……この世界の事良く知らないし……陸が見えてるだけだろ? 興奮するのもどうかと……」
「もういいよ。ねぇ、ミィちゃん。ミィちゃんはあの大陸の事知ってる?」
手すりに掴まり体をそらせながらクロトの隣りに座るミィへと笑みを向ける。携帯を弄っていたミィはその問いに、手を止めるとセラの方へと顔を向けると、
「自分は、ゼバーリックから船に乗ったんスよ。まぁ、その途中で海賊に襲われて、海に飛び込んだら魚に食われて、今はここにって……」
視線を僅かに斜め下へと向け、ぶつぶつ言うミィに、セラは「そうなんだー」と楽しげに笑う。後半の言葉は殆ど耳に入っていなかった。
そんな楽観的なセラに対し、眉間にシワを寄せたクロトは、ミィの方に視線を移すと、
「お前、今、サラッと凄い発言しなかったか?」
「ふぇっ? ゼバーリックから船に乗ったって事ッスか?」
「いや、そこじゃなくて……海賊に襲われてとか……」
呆れ顔でそう言うと、「なーんだそんな事ッスか」とミィは笑った。引きつった笑みを浮かべるクロトは「そんな事じゃないだろ」と呟くが、ミィは相変わらず笑い続けた。そんなミィに首を傾げたセラは、「海賊って何?」って、不思議そうな顔で質問した。
「海賊って言うのはッスね。海の上の賊、悪い奴らッス。客船を襲って、金品を強奪したりする人達ッスよ。悪い連中だと、人や魔族を売る連中もいるッス」
「ふーん。そうなんだー」
納得した様に頷くセラに、人差し指を顔の横に立てながら胸を張り答える。何でそんなに自信満々なのか分からず、クロトは小さくため息を吐くと、ミィは思い出したようにポンと手を叩き、
「ちなみにッスけど、この辺の海域はオバールが率いる『漆黒の牙』って海賊団と、女帝パルが率いる『真紅』って海賊団が領海争いを頻繁にしてるそうッスよ」
何故か満面の笑みを浮かべるミィに、クロトは目を細めた。海賊が頻繁に争いをしている海域を今進んでいると思うと、不安にしかならないが、隣りではそんな事気にしないと言わんばかりに鼻歌を歌うセラと、あははと笑うミィ。なんだか、そんな事を考えてるだけ無駄な気がして、あきらめた様に小さくため息を吐いた。
「大丈夫? ため息なんて?」
浮かれていたセラが心配そうにクロトの顔を覗き込む。そんなセラに微笑み、
「大丈夫だよ。まぁ、この様子だと、海賊も出そうに無いから」
と、セラの頭を撫でた。自分の不安を拭う為に行った行動だったが、セラは恥ずかしそうに俯くと、「や、やめてよね! こ、子供じゃないんだから」と、顔を赤く染めた。
意外なセラの反応に、「悪い」と軽く謝り、手を退けると、ミィの方へと視線を移す。
「そう言えば、ミィ。お前、ゼバーリックから船に乗ったんだよな?」
この空気を変えようと、クロトがミィにそう尋ねると、
「そうッスね」
と、軽い口調でミィが返答する。あんまり興味は無い様だった為、クロトは小さく吐息を漏らし、
「じゃあ、ゼバーリックの事少し教えてくれよ。どう言う所かとかさ。俺やセラは初めての場所だし」
「うんうん。私も知りたい!」
「うーん。別にいいッスよ? それで、何が知りたいんスか?」
「とりあえず、どう言う所かって言うのを重点的に頼む」
クロトが軽く頭を下げると、「いいスよ。情報は大切ッスから」と、ミィは笑顔で答えた。
そして、静かな口調で、ゼバーリック大陸について話出す。
ゼバーリック大陸。ゲートで二番目に大きな大陸だが、人口は最も多い。人口割合は人間が六で、魔族が四と、人間の方が若干多い。
二人の王が横長の大陸の両端に国を構え、大陸の中心森林地帯に魔王が城を構えている。主要都市は四つ程で、その中の一つは大商業都市になっており、ミィはそこの出身で両親も有名な商人らしいが、そこは名前を伏せた。
何故か、親の話をする時、ミィは一際険しい表情を見せ、怒りの様な感情を見せていた。セラもクロトも何となくミィの様子が変なのは気づいたが、言いたくない事を無理やり聞こうとはしなかった。
山岳地帯や森林地帯が多い為、特殊な鉄や貴重な材木が手に入る事から、別名『素材の宝庫』と呼ばれている。ただ、この大陸にはその素材を生かす職人がおらず、宝の持ち腐れだとも言われている。それ故、商人として他の大陸にそれらの素材を売り捌いているのだ。
「まぁ、自分が話せるのはこんな所ッス」
一息吐いたミィが、肩をすくめた。自分には全く関係ない事ッスけどね、とでも言いたげに。
一通り、話を黙って聞いていたセラは、クロトの肩越しにミィを見据えると、唇に軽く指を当て、
「ミィちゃんは、どうして、大陸を出ようとしたの? やっぱり、私と同じで、世界を見て回りたかったの?」
「うーん。違うっスよ。自分は、そんな凄い理由じゃないっスよ」
苦笑するミィに、セラは首を傾げ、クロトの顔に視線を移すと、クロトも軽く首を傾げた。
「ねぇ、その理由って?」
空気をあえて読まずセラがそう聞くと、クロトはその隣りで苦笑しながら、「おいおい」と呟いた。ミィはそんなセラに引きつった笑みを見せると、諦めた様に小さくため息を漏らし、
「自分、あの大陸好きじゃないんスよ。自分の生まれ育った土地だから、悪く言いたくないっスけど……」
一旦俯いたミィが、すぐに顔を上げ笑顔を向け、
「まぁ、そんな所っスよ」
と、明るく言う。無理して笑っているのは分かった。クロトはそんなミィの頭を軽く撫でると、「無理するなよ?」と優しく笑った。セラも、ミィの右手を掴み、「私達は味方だからね」と、真っ直ぐな目を向け、ミィは一人困惑気味に首を傾げた。