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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
フィンク大陸編
143/300

第143話 師弟

 体を起こしたクロトの額からツーッと血が流れた。

 そこでようやくクロトは頭に激しい痛みを感じる。


「イッ……」


 左手で頭を押さえるクロトは、うな垂れ瞼を閉じた。

 意識がまだもうろうとし、思考回路もまともに働いていない。

 現状を把握しようにも、体が思う様に動かせなかった。

 魔力が暴走した結果、訪れた報いだった。


『クロト。今は休め。魔力の回復に専念しろ。何か、嫌な予感がする』

「嫌な……予感?」


 クロトが左手で頭を押さえたまま、ベルの方へと眼差しを向ける。

 まだ多少視点はブレるが、それでも、先ほどよりかはマシになっていた。

 そんなクロトに、ベルは静かに告げる。


『いいな。お前は、今から存在を消せ。気配を絶て。そして、魔力を温存・回復し、備えろ。その時に』


 妙に真剣なベルの言葉に、クロトは小さく頷き、体の力を抜き横たわった。

 一番体力が回復する体勢がそれだった。

 白い息を噴出すクロトは静かに瞼を閉じ、意識をゆっくりと沈めて行った。


 対峙する二人。

 金色の鎧をまとうヴェルモット王国国王ヴァルガは、距離を取る様に後方へと飛んだ。

 一方、キセルを口に銜えた女性は、白髪混じりの長い黒髪をなびかせ、静かにその口から煙を吐いた。

 リングを描く煙が冷たい風に吹かれ消滅すると、僅かにシワの入ったその顔をヴァルガへと向ける。


「さて……どれ位振りになるかね?」

「な、何の事だ……」


 女性の言葉にヴァルガは息を呑み、思わず右足を退いた。

 その動きに、女性は静かに笑う。肩を小刻みに揺らして。


「相変わらず変らないねぇー。テンパると思わず後退り。なんだい? 私が出て来ないとでも思っていたのかい?」


 僅かにしゃがれたその声でそう告げ、赤い瞳を真っ直ぐに男へと向けた。

 威圧的な魔力の波動が、ヴァルガの肌をピリピリと刺激する。

 分厚い黒衣に身を包んだ女性は、一歩踏み出すと、自分の斜め後ろに佇むみずぼらしい姿の少年へと呟く。


「デューク。あんたは下がってな」

「はいっ、師匠」


 デュークと呼ばれた少年は元気に返答すると、顔まで覆う程の汚れた髪を揺らし女性から離れた。

 一方で、クマは目をパチクリさせ、持っていたアックスを下ろしその女性を見つめる。


「ど、どど、どうして、ご主人様がこちらに!」


 驚きの声をあげるきぐるみクマに、その女性は怒鳴る。


「うろたえるんじゃないよ!」

「は、はいぃっ!」


 背筋をピンと伸ばし、クマはハキハキとそう返答した。

 この一連の行動から、クマとその女性は主従関係にある事が分かる。そして、クマが「ご主人様」と呼んだ事から、彼女がクマの主人である。

 そんな彼女は、キセルを口に銜えたまま、ゆっくりと右手を前に出した。


「さて……久しぶりだね。こうして戦いに参戦するのは……」


 懐かしそうにそう呟いた女性は、右手を握り締めると魔力を練り込んだ。

 僅かな輝きが拳を包み、やがてその手の中に土が集まり一本の大きな鎌を生み出した。彼女の身長を悠々と超える長さの柄が現れ、美しい三日月型の刃が煌く。

 穏やかな表情の女性はその鎌を回転させ柄を腰へと回した。


「久しぶりだよ。この大鎌を使うのも……」


 静かに呟いた女性は真っ直ぐにヴァルガを見据える。

 その眼差しにヴァルガの額から薄らと汗が滲む。


「だ、誰だ……貴様……」

「おや? まだ、芝居を続ける気かい? それならそれで構わないよ。私はね」


 口元へと薄ら笑みを浮かべる女性はすり足で右足を前へと出し、腰を落とす。

 彼女の動きにヴァルガもその手に携えた剣を構えた。

 対峙する二人を見据えるクマは、トテトテとデュークと呼ばれた少年の下へと移動する。


「デューク様。どうしてコチラに?」

「あっ、クマー。うん。師匠がね、頼まれたんだよぉー」


 舌足らずな口調のデュークにクマは首を傾げる。


「頼まれた? 一体、誰にですか?」

「うーん……。昔のぉー……お弟子さん?」


 何故か疑問詞で返すデュークにクマは苦笑し、静かにその眼差しを女性とヴァルガの方へと向けた。


 緊迫した空気に包まれ、冷たい風が足元を吹き抜ける。

 嵐前の静けさと言うべきなのか、辺りは非常に静まり返っていた。

 赤い瞳を輝かせる女性は、銜えたキセルから煙を噴かせると、笑みを浮かべ走り出す。


「さぁ、来い馬鹿弟子!」


 軽い足取りで彼女はヴァルガとの距離を詰める。


「くっ!」


 その動きにヴァルガは声を漏らすと、剣を構えた。

 しかし、その女性は右足を踏み込むと、構わず大鎌を振り抜く。

 鋭い風音を響かせ、刃は一閃され、金属音と激しい火花が後に広がった。


「ぐっ!」


 表情を引きつらせるヴァルガの体は軽々と弾かれる。そして、その美しい金色の鎧が僅かに砕け、鮮血が噴出した。

 一方、大鎌を振り抜いた女性も、表情を歪める。

 衝撃が柄を握る手を襲い、その体は大きく後方へと弾かれた。

 両足を地に踏み締め勢いを止めた女性の白髪混じりの黒髪が激しく揺れる。

 足元に雪煙を巻き上げ、女性はすり足で右足を前に踏み出した。


「流石だねぇー。教え子の中でも鬼才と呼ばれ、才気溢れるだけの事はあったね」

「何の事だ? 私はあんたなど――」

「まだ、芝居を続ける気かい? それとも、そのまま私に殺されるかい?」


 彼女の両目が赤く輝き、膨大な魔力が大鎌の刃を包む。

 その瞬間、ヴァルガの表情が変る。明らかにその顔に焦りが生まれた。


「さぁ、行くよ。上手くかわすんだね」


 女性がそう言い、大鎌を振り上げる。

 切っ先が地面を僅かに裂き、土煙を巻き上げた後、大きく空へと向く。

 直後だった。空間を裂き、女性とヴァルガの間に一人の青年が姿を見せた。

 左腕には肘まで届く手甲をし、右手には銃を握り締めている。

 不気味なオーラを出すその青年に、女性は何か妙なものを感じ、同時に叫ぶ。


「デューク!」

「は、はいっ!」


 突然、名前を呼ばれ、デュークは挙手し返事をする。

 そんなデュークに彼女は低い声で告げた。


「デューク。あの子はあんたに任せるよ」

「えっ? で、でも、師匠! 僕は戦闘禁止で……」

「解禁だよ。全力でおやり。自分がどれ位のレベルなのかを知る為にもね」


 意味深にそう告げた女性の声に、デュークと呼ばれた少年は髪の奥に隠れた目を輝かせる。

 すると、隣りに佇むクマもその丸っこい手を挙げた。


「クマも戦いたいです!」

「あんたはダメだよ」

「くきゅぅーっ……」


 女性に即答され、クマはそんな声をあげて俯いた。

 そんなクマを尻目に、みずぼらしい格好のデュークは口元へと笑みを浮かべ、一気に地を蹴る。

 爆音が轟き、地面が砕ける。その一蹴りで起きた衝撃は凄まじく、隣に居たクマは横転し地面を転げた。


「クママ!」


 驚き声を上げるクマは転げ、木に頭をぶつけた。

 一方で、地を蹴ったデュークは一気に青年との間合いを詰める。

 目を覆っていた髪が風で後方に流れ、赤く不気味に輝くデュークの両眼があらわとなった。

 その殺気に、青年は振り向く。だが、反応するよりも速く、デュークの右手が青年の顔を鷲掴みにし、そのまま頭を地面へと叩きつけた。

 轟く轟音に、ヴァルガは目を見開く。


「ケリオス!」


 その声に女性は薄らと口元へと笑みを浮かべ、


「さて、白銀の騎士団最強にして天才と言われているお前の切り札と、私の全霊を注ぎ込んだ最後の弟子。どちらが上かね?」


 と、疑問を投げ掛けた。

 その言葉にヴァルガは奥歯を噛み締め、表情を強張らせる。

 二人の視線は交錯し、暫しの時が過ぎる。

 激しい爆音が幾重にも重なる。ケリオスと呼ばれる青年と、彼女の弟子であるデュークが激しい戦いを繰り広げているのだ。

 そんな中で、女性の方が先に動く。


「大刈り!」


 女性が大鎌へと魔力を注ぐと、その刃へと土が集まり更にその刃を大きなモノへと変える。

 そして、彼女はそれを力強く振り抜いた。

 凄まじい太刀風が吹き荒れ、彼女の手から放たれた大鎌は回転しヴァルガへと迫る。

 重々しい風音を奏でるその大鎌に、ヴァルガは奥歯を噛み締め大剣を振り上げた。


「舐めるな! この程度の攻撃!」


 迫る大鎌へとヴァルガは一直線に大剣を振り下ろす。

 鈍く重い金属音が轟き、金色の破片が宙へと舞う。

 振り下ろされたヴァルガの剣は地面を叩き、切っ先が深く地面へと突き刺さっていた。

 そして、女性が放った大鎌はその刃を避ける様に自らの刃をヴァルガの右脇腹へと突き刺していた。

 神々しい金色の鎧は砕け散り、やがてヴァルガの膝が地面へと落ちる。

 しかし、女性は不快そうな、気に食わないという顔で、その姿を眺めていた。

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