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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
フィンク大陸編
141/300

第141話 死者に祝福を

 雪が抉れ、茶色の線が一本雪原に伸びていた。

 折れた木々の破片がそこらに散らばり、その先には雪に埋もれるケルベロスの姿があった。

 鼻の右の穴から血を流し、咳き込むと同時に血が口から飛んだ。

 獣魔族であるシオの一撃に、頭はモウロウとしていた。

 獣化したシオの一撃を受けるのは初めてだが、魔力を解放し肉体を強化したお陰か、何とか生き延びる。

 普通なら死んでいてもおかしくない程の破壊力だった。

 ゆっくりと体を起こしたケルベロスは、色あせたその真っ白な髪を揺らし、立ち上がろうと足へ力を込める。

 だが、膝が震え力が入らない。


「ぐっ……」


 眉間にシワを寄せるケルベロスは、そのまま前に手を着き肩を落とす。

 あと数分は粘れるそう思っていたが、どうやらその考えは甘かった様だった。

 ダメージを受け過ぎたと言う事もあるが、元々、魔力を多く消費した後の魔力解放。それにより、効果は半減し、持続時間も短いものとなってしまったのだ。

 大きなリスクだけを犯し、無駄に魔力を消費してしまったと、ケルベロスは後悔する。だが、それでも、奥歯を噛み締め、震える膝へと力を込め立ち上がった。

 今にも落ちてしまいそうな程、膝は揺れる。

 大きく開いた口から吐き出される熱を帯びた息は、冷たい空気に触れ一瞬で真っ白に染まった。


「あぁー……腰が、イテェ……」


 何の前触れも無くケルベロスはそう呟いた。

 この緊迫した空気の中で、何故そんな事を呟いたのかは、ケルベロスにも分からない。

 ただ、自然と出た言葉がこれだった。

 実際、何度も背中を木々にぶつけた為、痛みがあったが、今言うセリフではないなと、自分でも思い静かに笑みを零した。

 そして、息を吐き出すと、真剣な顔つきで前を見る。


「百メートル程……飛ばされたか? 流石、獣魔族の獣化と言った所か……」


 呼吸は大分整い、肩の揺れも幾分落ち着いていた。

 視点がまだ少々ぶれるが、ケルベロスは気にせず震える膝に力を込め足を進める。一歩踏み出し、体がよろめく。それでも、ケルベロスは倒れる事はせず、ひたすら足を進めた。



 場所は移る。

 国境の南方へと。氷の破片が散乱するその場所に、一人の男が佇んでいた。

 長い黒髪を揺らし、赤と黒のオッドアイを静かに横たわるファイへと向ける。

 その口元に不適な笑みを浮かべた男は、静かにその手の感覚を確かめる様に拳を握っては開くを繰り返す。


「くっ……くくっ……。バカな連中だ。この俺が“不死身”のアーバンと呼ばれている事も知らずに……」


 凍えていた体はようやく体温が戻り、砕けたはずの顔は無数の傷を残し再生されていた。

 同じくはねられたはずの首にも僅かに傷跡だけを残しキッチリと体に戻っていた。

 これが、不死身と言われるアーバンの力だった。

 地面に落ちた自らの剣を静かに右手で拾い上げ、アーバンは横たわるファイへと足を進める。


「さっきは散々言ってくれたな……。この首の傷も……」


 左手で首の傷を触りながらそう呟く。

 そんな時だった。突風が吹き荒れ、空から大きな氷の鳥が降り立つ。


「な、何だ……」


 アーバンは訝しげな眼差しを向け、剣を構える。

 冷たい風が吹き抜け、アーバンの長い髪が激しく揺れた。

 そんな突風を巻き上げる氷の鳥は、静かに地上へと降りると、大きな翼をたたみ、透き通る氷の目をアーバンへと向ける。

 静寂だけがその場を支配し、やがてその背中から一人の女性が降り立った。

 着崩した蒼い着物から肩を肌蹴させ、白く美しい肌を露出していた。

 穏やかな表情に、ふっくらとした紫がかった唇が艶かしく微笑する。


「あらあら。こんな所で眠っちゃって……」


 大人びた声で、そう呟いた女性は、右手を頬へあて首を傾げた。

 悩ましい仕草の女性に対し、アーバンは訝しげな眼差しを向け、やがて苦笑する。


「誰だかは知らないが、一体何の用だ」


 刺々しいアーバンの言葉に対し、女性は目を細めるとその長い白い髪を揺らし、困った様に微笑む。


「私? そうねぇ……その娘を連れて帰ろうと思うんだけど、ダメかしら?」


 女性の言葉に、アーバンは静かにファイへと視線を向ける。

 そして、肩を揺らし静かに笑うと、鋭い眼差しを女性へと戻す。


「ダメだね。コイツは、俺の首を落とした。同じように首を切り落とす」

「あら? それは困ったわねー。でも、首を落とされたあなたが、どうして生きているのかしら?」


 艶かしく尋ねると、アーバンは静かに笑う。


「ふっ……俺は、白銀の騎士団“不死身”のアーバン。首を落とされた位では死なない!」


 力強くそう言い放つアーバンに対し、女性は「そっ」と素っ気無く答え、顔を伏せる。

 やがて、その体から膨大な魔力が迸り、殺気が辺りを包み込んだ。


「はわわっ! え、エメラルドさん! な、何してるんですか!」


 一人の少女がそう叫び、氷の鳥から飛び降り、エメラルドと呼んだ女性の下へと駆けつける。

 すると、エメラルドは静かに息を吐き出し、少女に答えた。


「彼は、龍の血を啜った人間。あの目は、魔人族から奪った目。恐らく、その体も――」


 エメラルドのその言葉に、アーバンは不適に笑う。


「ほぉーっ。まさか、その事に気付く者がいるとは驚きだな。普通の奴なら、魔族の混血だと安易に決め付けるんだがな」


 黒髪をなびかせるアーバンは額に僅かに汗を滲ませ、そう答えた。

 彼の体がエメラルドの放つ魔力の強大さに、無意識に反応を示していた。

 だが、当の本人はその事に気付いていない。と、言うより、魔力を感知出来ていないのだ。

 それ故に、強気な態度、強気な口調で、安易にエメラルドへと歩み寄った。


「なら、殺されても何も問題は無いわよね?」


 ニコッと笑みを浮かべ、そう告げたエメラルド。

 その瞬間、アーバンは得も言えぬ恐怖を覚える。

 しかし、もう遅い。逃げる事など出来ず、彼の視界はくぐもった。

 体を包む冷気。そして、次の瞬間には氷結。意識など一瞬にして断たれた。


「知っているかしら? 人の体の殆どは水分らしいわよ?」


 エメラルドがそう告げると、その肉体は砕け散る。まるでガラス細工の様にいとも容易く。

 細胞まで凍らせた為、二度と再生する事などない。いや、再生させる気などエメラルドにはなかった。

 悲しく儚げな眼差しを向けるエメラルドは、瞼を閉じると静かに祈った。


「死者に祝福を……」

「え、えっ? し、死者に?」


 困惑する少女が首を傾げると、エメラルドは振り返り微笑む。


「えぇ。多くの死者が生まれたわ。だから、せめても願いよ」


 エメラルドがそう言い少女の頭を優しく撫でる。

 褐色の肌で、茶色の髪を揺らす少女は、彼女の言った言葉の意味があまり理解できず、小さく首を傾げた。

 そんな少女に、エメラルドは優しく微笑んだ。


「さぁ、ファイを連れて行きましょう。ちょっと、遠回りになっちゃったし、急がないと……」


 エメラルドはそう言い、氷の犬を一体生み出した。その犬は横たわるファイの体を器用に背中へと担ぐと、ワンと鳴き駆け出す。


「任せるわよ。ファイの事」


 そう言い、エメラルドは上品に右手を振り、ゆったりとした動きで氷の鳥へと戻った。

 少女も、何度も首を捻りながら氷の鳥へと戻った。

 二人が背に乗ると氷の鳥は大きく翼を広げ、静かに空へと飛び立った。

 その鳥の羽ばたきで起きた突風は散った氷の破片を吹き飛ばし、その破片が空を煌びやかに彩った。

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