第14話 セラのドジ
「何考えてるんスか……。一気に全部飲ませるなんて……」
ベッドで横たわるクロトを横目に、ミィが吐息を吐いた。完全に呆れていた。あの薬は酔い止めでは無く、万能薬。この世界でも結構高価な物で、中々入手出来ない程のモノ。噂ではドラゴンの血から作られた、どんな病にも効く薬で、ミィもこれを入手するのに随分危ない橋を渡ってきていた。
「まぁ、助けてもらった恩もあるッスから、責めないッスけど……激臭・激マズ・激薬なんて呼ばれてるんスから、気をつけるッスよ?」
「あぁ……」
まだ、ボンヤリする意識の中で、クロトがそう返事を返した。目の上に左腕を乗せ、「あー。あー」と、小声で唸る。万能薬だが、用量を守らなければ単なる毒になると言う事だった。
部屋の外からそんなクロトを見据えるセラは、「はうぅ」と小さく声を上げると、そのままその場を去ってしまった。
「それじゃあ、一応毒消し……用意するんで、今度はちゃんと用量守って飲むんスよ?」
ミィはそう言いながら、自分のリュックから小さな小瓶を一つ取り出した。液体の入った茶色の小瓶を軽く振り、
「まぁ、今回はこの瓶に入ってる量を一気飲みするだけッスから、問題ないと思うッスけど……」
呆れながらそう呟いたミィは、その小瓶を机の上に置き、小さくため息を吐く。
「暫くは安静にしてるッスよ?」
「あぁ……」
クロトの返事を聞き、ミィは部屋を後にした。クロトの携帯を片手で弄りながら。この世界には無いその小型の機器がよっぽど気になるのだろう。ボタンをプッシュしては「うおおっ」と声を上げているのがクロトの耳にも届いた。
操舵室で舵の前に座るケルベロスは、その狭い部屋の片隅に膝を抱えて座るセラへと目を向けた。時折、「はううっ」と声を上げては、小さくため息を漏らすセラに、ケルベロスは小さく吐息を漏らし、仕方なく話を聞く事にした。
「どうかなさったんですか? 先程から、ずっとその調子ですが?」
丁寧な口調だが、何処か面倒くさそうなケルベロスに、セラはジッと真っ直ぐ目を向ける。そんな真剣な目を向けられ、ケルベロスはもう一度小さく吐息を漏らし、自らの態度を改め、今一度問う。
「どうしたんだ? セラ様らしくないですよ」
と、いつも通りの態度で。そんなケルベロスに、セラは「ふぅ」と息を吐き、
「私って、ドジ……だよね?」
と、静かに聞く。そんなセラの言葉にケルベロスは思わず、「そうですね」と即答しそうになったが、その言葉をギリギリで飲み込んだ。そんなケルベロスに不思議そうに首を傾げたセラは、弱々しく苦笑した。
「やっぱり、ケルベロスもそう思ってたんだよね? 今の反応でなんとなく分かっちゃった」
「い、いえ、決してそんな事……」
「いいよ。別に気を使わなくて。それにさ、そんな丁寧な話し方じゃなくて、もっとクロトと話す時みたいに言っていいんだよ?」
苦笑しながらそう言うセラに、ケルベロスは小さく息を吐くと、
「分かった。なら、これからはセラ。そう呼ぶし、クロトと同じ――とまでは行かないが、対等に話す」
多少、刺々しいケルベロスの返答に、セラは「うん。そうして」と微笑した。ケルベロスとしても、城を出た後もこんな堅苦しい喋り方などしたくなかった為、セラの申し出は嬉しいモノだった。
「それで、ドジかって話だったな。まぁ、はっきり言って。ドジだ」
「うわぁーっ。ハッキリ言うね……」
「城に居る時から、常々思っていた。超が付くほどのドジだ」
「何か、ハッキリ言い過ぎじゃない? 今度は」
あまりにハッキリと物を言うケルベロスに、ジト目を向ける。だが、ケルベロスは「これが俺の素だ」と、言うと背を向けた。セラがデュバルの娘だから、こんな態度だが、もしそうでなかったらもっと冷たくあしらわれているだろう。
でも、セラもハッキリそう言われ、少しだけ嬉しかった。城でそんなにハッキリ言うのは、デュバルとクロウの二人位なものだったから。
思わず笑みをこぼすセラに、振り返ったケルベロスは、「気持ち悪いぞ」と、目を細めた。
「き、気持ち悪いって! それ言い過ぎ!」
「…………ふっ」
セラの言葉に対し、そんな風に鼻で笑うともう一度背を向け、右手を上げ、
「もう用が無いなら、出て行け。邪魔だからな」
と、右手をシッシッと振った。あまりに素っ気無い態度に、ブスーッを両頬を膨らしたセラは、「もういい!」と、操舵室を後にした。そんなセラを見送り、ケルベロスは静まり返った操舵室で一人息を吐く。
「全く……今更、自分がドジな事に気付くとは……。今まで無自覚だったのが恐ろしいな」
幼い頃からセラを知るケルベロスは、今まであった数々のセラの起こしたドジっぷりを思い出し、静かに笑った。
城の掃除をすると言って次々と高価な花瓶を割ったり、お菓子を作ると言って砂糖と塩の量を間違えたり。それはもうワザとやっているんじゃないかと思わせる程だった。他にも色々あるが、どれを思い出しても笑えてくるモノばかりだったが、ケルベロスにとってそれは迷惑な事に過ぎない。
この先もそのドジが続くなら、いずれは城に戻そうと、考えていた。
クロトの寝ている部屋。
そこにセラの姿があった。
ベッドの横に膝を抱えて座るセラは、腕を顔の上に乗せて横たわるクロトに向かって、「ごめんね。クロト」と小声で呟く。その声にクロトの左腕がゆっくりと持ち上がり、セラの頭に手が乗せられた。
「く、クロト?」
驚くセラの頭をクロトの左手が優しく撫でる。綺麗な茶色の髪が指の間をすり抜ける。
「気にするなよ。セラ。セラの所為じゃないから」
クロトが優しく頭を撫でながら弱々しく微笑む。そんなクロトの優しさに、セラは僅かに目を潤ませる。
「それに、失敗は誰にでもある事だろ? その失敗を次に活かせばいいんだから」
今にも泣きそうなセラにそう告げ、頭を優しく二度叩いた。こんな風に女の子を撫でるのは随分久しぶりで、クロトも少しだけ恥ずかしかった。昔は良くやっていた事を思い出して、こうしてみたが、今やってみると随分と照れくさいモノだった。
頭を撫でられ俯くセラ。何処か子供の様な扱いをされていると思いながらも、セラの心は何故か安らいだ。こんな風に撫でて貰うのは幼い頃以来だったからだろう。
僅かに顔を赤くしながら、ブーッと頬を膨らせるセラに、クロトは不意に幼い頃の事を思い出し、クスクスと笑った。
「な、何がおかしいのよ!」
「いや。ちょっと、昔の事を思い出して」
「わ、私、子供じゃないんだから!」
耳まで真っ赤にして、両腕を振り上げ叫ぶセラに、ますますあの頃の事を思い出し、不意にクロトの脳裏に一人の少女の顔が思い出された。幼い頃は良く遊んだ一人の少女の顔が。そんな少女とセラが何処か被って見えた。何処か似通った所があるのだろう。
クスクスと笑うクロトに、ムスーッと両頬を膨らしたセラは「もういい!」と言って勢い良く立ち上がった。その時、腰を机にぶつけ、机がガタッと音をたて、セラは「イタッ!」と声を上げた。
「大丈夫か? ちゃんと周りを見て――」
クロトが言い終える前に、何かが割れる音が聞こえ、急に部屋の中が静まり返った。
「あ、アレ? な、何の音かな?」
恐る恐るセラは視線を床へと向ける。その行動にクロトの表情も引き攣った。セラの足元には割れた瓶の欠片と、床に広がる透明な液体。そして、机の上からはミィが置いていった毒消しが入った瓶が消えていた。
「…………」
「…………」
沈黙の後、二人の視線が交差する。「あはは」と失笑するセラに、クロトは小さく吐息を漏らすと、
「とりあえず、ミィに毒消し貰ってきてくれ……俺が手を滑らせて落としたって言って」
「ご、ごめんなさーい!」
セラは謝りながら部屋を後にした。