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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
フィンク大陸編
136/300

第136話 実験生物

 ドクン――……ドクン――……


 静かで弱々しい鼓動が、シャルルには聞こえた。


「クロトさん?」


 思わず声をあげたシャルルに、返答など返って来るわけも無く、静寂が洞窟内を包む。

 水音だけが静寂を際立たせる様に何処までも響き渡る。

 胸の前で祈る様に組んだ手を離し、シャルルはゆっくりと立ち上がった。

 しかし、立ち上がっただけでその場から動こうとはしない。

 クロトにここで大人しく待っている様に言われたからだった。

 その言いつけ通り、シャルルは暫く待ち続ける。その表情に不安を浮かべ、俯きながら。

 数十秒、いや、数秒が長く感じられる程の静寂の時の中、シャルルは意を決する。

 胸の前で二つの拳を握り締め、小声で「ごめんなさい」と呟きついに足を踏み出した。

 ザワメク胸の鼓動に、脳裏に感じる不快な気配に、シャルルは闇の中を歩き出す。

 ただでさえ最悪の足場のその中を、盲目の少女が一人で。

 何度も転び、膝を擦り剥き、手の平を切りつけ、血を流しながらもシャルルはすぐに立ち上がり、ただ弱々しいそのクロトの気配へと向かい足を進める。

 何度も転び、何度も穴に落ちそうになりながらも、シャルルはようやく、洞窟の出口へと辿り着いた。

 もちろん、盲目の彼女に光は届かないが、それでも空気の違い、風の匂いでそこが出口だと気付いた。


「クロト……さん?」


 洞窟の出入口からヒョコンと顔を出し、辺りを見回す様に頭を動かす。

 当然だが、彼女には周りの様子など見えていない。倒れる兵士の姿も、労働させられていた魔族の姿も、そして、血まみれで倒れるクロトの姿も。

 だが、彼女は気付く。倒れるクロトの姿に。

 目が見えなくなった為、彼女の魔力を感知する力は誰よりも優れていた。その為、すぐにクロトを発見する事が出来たのだ。


「クロトさん!」


 思わず大声を上げたシャルルが駆け出す。

 その声にいち早く気付いたのはキエン。それに遅れて、ベルも声に気付き振り返る。

 それと同時に、キエンは表情を歪め、叫ぶ。


「止めろ! シャルル! その力は――」


 キエンの制止する声など、シャルルには届かず、シャルルは魔力を体内へと練り込む。

 魔族で唯一シャルルのみが使える癒しの力。その力を発動する為の魔力が溜まりきると、シャルルは大きく息を吸い込み魔力と空気を合わせ、一気に吐き出す。


“ヒーリングブレス”


 クロトだけではない。辺り一帯、全ての者へと対し、彼女は放つ。癒しの吐息を。

 優しく、暖かく、慈愛に満ちたその力が、その場の全ての者を包み込む。傷が癒され、細胞が活性化されていく。その感覚にベルは違和感を感じる。

 そして、その力で癒されながらも険しい表情を浮かべるキエンは、その拳を地面へと叩きつけた。


「くそっ!」


 明らかに反応の違うキエンに、ベルは眉間にシワを寄せ尋ねる。


「何だ? 彼女の力に何かあるのか?」

「彼女のあの力は……」


 キエンがそう告げようとした時、突如空気が一変する。

 禍々しく重苦しい体に絡みつく様な不気味な気配に、ベルは思わず魔剣を構えた。それは、本能的に行った行動で、魔力が残り僅かな事すら忘れる程の恐ろしい気配だった。


「な、何だ! こ、この禍々しい魔力は!」

「この国で行われた実験の結果がアレだ……。彼女は、実験生物にされたんだ……」


 キエンが静かにそう告げる。その言葉にベルは眉間にシワを寄せた。

 禍々しい気配はその場へと漆黒の蒸気を噴出し、辺りを包み込む。そして、空気中に含まれる魔力を次々と吸収し、やがてシャルルの体へと圧縮される。


「グガアアアアアアッ!」


 おぞましい野太い遠吠えが轟き、大地を――大気を――激しく揺らす。

 地響きより天井が崩落しツララ状の岩が降り注ぐ。


「くっ! 全員、ここから逃げろ!」


 キエンが叫ぶ。だが、シャルルの力で多少なりに癒されたとは言え、皆、重傷者ばかり。動ける者など存在しなかった。

 そして、何より重傷者であるクロトの意識は未だに戻っていなかった。この状況でここが崩壊するの非常にまずいと、ベルは内心焦っていた。

 そんな中、闇に包まれていたシャルルの体がようやく姿を見せる。漆黒の不気味なドラゴンと化したその姿を。

 潰れた両眼を持った双頭。片方がドラゴンの頭をしているが、もう片方は不気味でもうドラゴンと言う頭をしていない。半分以上鱗の剥がされた体も、不気味にうごめいていた。


“グゥゥゥゥゥッ……ガァァァァァァッ……”


 喉を鳴らす不気味なドラゴンの姿に誰もが息を呑む。


「あ、アレが……龍化なのか!」

「違う……。アレは彼女の体に与えられた薬品や移植された細胞による暴走だ。彼女は、今まで自分の魔力、癒しの力で正常な自分の細胞を活性化させ、この力を制御していたんだ!」


 キエンがそう言うとベルはその視線を化物と化したシャルルへと向けた。

 まさか、この様な悪意のある実験を、人間が行っているとは信じがたかった。

 だが、目の前の真実を受け止め、ベルは奥歯を噛み締める。


「キエン……とか、言ったな」

「えっ? あぁ……」

「お前、動けるな?」


 ベルがキエンへとそう尋ねる。

 その言葉に、キエンは訝しげな表情を浮かべながらも、静かに頷いた。


「あ、あぁ……動けるが……何をする気だ?」

「奴を私がひきつける。お前はクロトを回収してくれ」

「待て! もう魔力も無いんだろ。そんな状況で――」

「安心しろ。魔力を失っても姿を保て無くなるだけだ。死ぬわけじゃない」


 ベルはそう言い、魔力を剣へと注ぐ。体が僅かに薄れるが、それは、肉体を保つだけの魔力が不足しているからだった。

 それでも、気力で消えるのを堪え、ベルは強く地を蹴った。

 ベルに遅れ、キエンも駆ける。目的はもちろんクロト。

 だが、その化物は二人の動きに気付き、右の頭をゆっくりと動かす。そして、大きく口を開くと、その口の中に光を圧縮する。


(マズイ! 咆哮か!)


 瞬時にその危険さに気付き、ベルは叫ぶ。


「私の後ろに隠れろ!」


 そのベルの声にキエンはすぐにベルの後ろへと移動する。

 ――直後、


“グオオオオオオッ!”


 咆哮と共に暴風が化物の口から放たれた。地面が――天井が――軽々と抉れ、眩いほどの閃光が周囲を照らす。

 迫る咆哮へと、ベルはその剣を振り下ろした。

 凄まじい衝撃が刃を押し返し、踏みとどまるベルの小柄な体は軽々と後方へと押される。それでも、奥歯を噛み締め、ベルは耐え続けていた。

 だが、限界はすぐに訪れる。魔力が遂に途切れた。姿が消滅し、剣だけが宙へと舞う。それでも、衝撃だけは両断し、後ろに居たキエンは無傷で済んだ。

 咆哮が鳴り止むと、辺りを土煙が包み込み、地形は大きく変化していた。そんな中をキエンは駆ける。ベルが作り出したこの僅かな隙を活かす為に、クロトの方へとただ必死に走り続けた。

 しかし、そんなキエンを土煙の中から飛び出した強靭な尻尾が横殴りにする。左の脇腹へと深く減り込み、骨が軋む。


「うぐっ!」


 まさかの攻撃にキエンの表情は歪んだ。


(くそっ! そうだった……シャルルは目が見えないから、他の感覚が……)


 尻尾で弾かれようやくキエンはその事に気付いた。

 地面を激しく横転し、再生された体がまた傷付き血が流れ出す。

 呼吸を乱し体勢を立て直したキエンは、荒々しく肩を上下に揺らした。

 また、咆哮でも来るだろうと、身構えその場に待機するキエンだが、どうにも化物の動きがおかしい。

 何かを探す様に双頭を動かし、ゆっくりと足を進める。

 そして、その両腕も何かを探す様に動き、僅かに喉を鳴らす。

 その様子にキエンは訝しげな表情を浮かべ、呼吸を整える。それから、ゆっくりと立ち上がり、足音を立てないように静かに足を動かす。

 隠密行動に長けたキエンにとって、自分の気配、足音を隠すなどと言う事は容易い事で、その隠密行動でゆっくりと化物へと近付く。


「がぁぁぁぁ……がぁぁぁぁぁ……」


 悲しげにその口から発せられる低い声。

 大きく開かれた口からは唾液を滴らせていた。

 そんな化物の右手が横たわるクロトへと触れる。


(マズイ! クロトが――)


 キエンがそう思った瞬間だった。突如、化物はその背中に生えた大きな翼を広げ、突風を巻き上げる。


「クロト!」


 キエンが叫ぶが、その声すらかき消すほどの雄たけびを上げ、化物は舞う。

 激しく土埃が舞い上がり、化物は天井を突き破り、外へと飛び出し、大小様々な砕石が降り注いだ。

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