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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
フィンク大陸編
134/300

第134話 クグツ

 衝撃が広がり、ライの体は弾き飛ばされる。

 横たわっていたキエンは何が起こったのか分からず、ただ目を見張った。

 弾かれたライの体はごつごつとした岩肌の壁へと衝突し、骨の砕ける痛々しい音が響く。

 仰向けに倒れたライの体の上へと、僅かに瓦礫が積もり、辺りは静まり返る。

 地下には膨大な魔力が広がり、空気が濁っていた。

 うつ伏せに倒れるクロトへと小さな足音が近付き、その手の先に転がる美しい魔剣を拾い上げる。オレンジの腰まで届く長い髪が揺れ、切れ長の眼差しがクロトへと向く。


「良く頑張った。後は私に任せろ」


 黒衣に身を包んだ小柄な少女が、クロトの前に片膝を着き、そう告げた。そして、左手でその頭を撫で、ゆっくりと立ち上がる。右手には美しい魔剣を手にして。

 金色の瞳が向くのは先程ライが飛ばされた場所。目に映るのは僅かな魔力の波動だけ。だが、それでもライが生きている事を確信し、少女は軽く跳躍しライの方へと近付いた。

 瓦礫に埋もれ、僅かな土煙に包まれるライへと、少女は静かな口調で告げる。


「あの程度では死なないだろ」


 少女の静かな声に、瓦礫が音を立て崩れる。瓦礫の中からライの右手が飛び出し、遅れて完全に首が折れうな垂れた頭が瓦礫から飛び出した。

 首が折れても尚動くライの姿を目の当たりにし、キエンは驚きの声をあげる。


「な、何だ! ど、どうなってる!」


 驚くキエンへと、少女は僅かに視線を向け、答える。


「アレはクグツだ。所詮、人形に過ぎん」

「クグツ? そんなバカ!」


 少女の言葉にキエンは声を荒げる。そんな事が出来るわけが無い。そう言いたげなキエンに、少女は肩に魔剣を担ぎ言い放つ。


「ありえんと思うか?」

「ありえない! 人格、能力、全てをここまで精巧に作りあげるなんて!」

「そのありえない事が出来る奴らがお前らの敵なのだと考えた方がいい。実際に目の前に存在しているんだ。自分の目で見た事は信じるに値するだろ」


 少女のその言葉に、キエンは息を呑む。

 彼女の言う通りだった。実際に目の前に存在しているのだ。その精巧に作られたライのクグツが。それは紛れも無い事実で、彼女の言葉を疑う余地などなかった。

 立ち上がるライは、折れた首を直す様に両手で頭を掴み角度をあわせる。僅かに軋む音が響き、やがて何かがかみ合う音が響いた。

 首が元通りに戻り、ライの頭が左右にゆっくりと動く。黒く染まった白眼の中心で金色の瞳が輝き、その瞳がゆっくりと少女へ向けられる。


「お……ま……え……は?」


 ぎこちない声でライが尋ねる。すると、少女は肩に担いだ剣を静かにライの方へと向け、金色の瞳で睨みつけた。


「私は魔剣ベルヴェラート。我が主を傷つけた償いは取ってもらうぞ」

「魔剣……」


 ライは眉間にシワを寄せる。魔剣と言っておきながら、人の様ななりをしているベルに対する当然の疑問だった。

 そんなライの疑問を悟ったのか、ベルはフッと肩の力を抜き、穏やかな笑みを浮かべる。


「お前と同じだよ。土人形。私も魔力によりこの姿を保っているんだよ」

「…………そうか。なら、やる事は簡単だ……」


 ライはそう告げると、両手にナイフを抜き走り出した。

 その動きを予期していたのか、ほぼ同時にベルも動く。

 二人の視線が交錯し、やがて二人は放つ。ベルは魔剣を、ライは二本のナイフを。

 刃が激突し、衝撃が広がる。だが、ベルは微動だにする事無くその場に止まり、ライは激しく後方へと弾かれた。

 小柄な体とは思えぬベルの怪力により、ナイフの刃が砕け、ライの体を激しく斬りつける。そして、ライの体は二度、三度と激しく地面を横転し、壁へと背中から激突する。

 背骨が砕ける嫌な音が大々的に広がり、キエンはその音に表情をしかめた。

 一方、表情一つ変えないベルは、静かに魔剣を構えなおすと駆け出した。

 その足音に、ライの目が輝く。そして、その手に抜いたナイフを一瞬でベルへと投げつける。だが、そのナイフは明らかにベルから逸れていた。意図的に行ったであろう攻撃にベルは眉間にシワを寄せる。


(何か来る?)


 警戒するベルだが、刹那だった。ベルの横を過ぎたナイフの柄頭から光り輝く茨の蔓が伸び、ベルの体を拘束する。

 それにより、ベルの体は後方へと引かれた。


「ぐっ!」


 表情を歪めるベルは両足を踏み締め、何とか勢いを殺す。

 だが、そんなベルに対し、ライは地を蹴り、二本のナイフを構え突っ込む。


「疾風連牙!」


 両腕を広げ回転し、ライはベルへと迫る。しかし、ベルは一瞬自分の体を消し、茨の蔓から逃れ、また自らの体を具現化する。その間僅か数秒。一瞬空中に残された魔剣が二度程輝き、同時に大量の魔力を放出した。

 ベルが自らの肉体を具現化する際、魔剣に蓄積された魔力を大量に消費する。その為、ベルに残された魔力も残りが少なかった。

 それでも、ベルは右足を踏み出すと回転し近付くライへとその手に握った剣を振り抜く。

 金属音が響き、力でベルはライを押し返す。火花が何度か散るが、やはり力ではベルに分があり、ライの回転は止まりよろよろと後退する。


「くっ!」

「はぁ……はぁ……」


 額に薄らと汗を滲ませるベルのオレンジの髪がゆらりと揺れる。

 苦しそうに呼吸を繰り返すベルは右目を閉じた。魔力を蓄えていたとは言え、二度の肉体具現化はやはり無理があった。

 膝を落とし、魔剣を突き立て何とか状態を保つベルは、深く息を吐き出していた。

 一方で、ライもその体に亀裂が生じていた。強靭に作られたその肉体だが、流石にこれまでのダメージが蓄積され、限界を迎えようとしていた。

 ボロボロと崩れるライの皮膚。右頬まで亀裂が走り、右目の輝きは失われつつあった。

 崩壊の始まるライだが、表情は相変わらず無だった。所詮、土人形ゆえに、死への恐怖など感じないのだ。

 お互いにもう限界が近いと分かっているのか、重い体を奮い立たせゆっくりと動き出した。


「さぁ……て……。お互い、もう限界か……」

「ぐ、ぐぐ、ぐ……」


 すでに言語機能に障害をきたすライは、二本のナイフを構え、体勢を低くする。

 その体勢を見たベルは、顔を上げると天井を見上げ肩の力を抜くように息を吐き出した。


(ここは、クロトの技で終わらせるか……)


 そう思いベルは瞼を閉じる。自分では魔力を生み出せないベルは、僅かに宙に漂う魔力を全身へと集めた。漂うと言うよりも、ベルが具現化する為に散った魔力なのだが。

 少なからず魔力が集まり、ベルは静かに瞼を開く。そして、ゆっくりと魔剣を頭上へと構えた。


「決着だ……」


 ベルがそう言い放つと、頭上に構えた剣の刃が紅蓮の炎に包まれる。クロトと違い、ベルには地獄の炎である業火は使えない。その為、今回は通常の炎で代用していた。

 螺旋を描き刃を包む紅蓮の炎が、キラキラと輝きを放ち、ベルの魔力をドンドン消費していく。

 そんなベルへと、ライは駆ける。だが、この時すでに勝負は喫していた。

 踏み込んだベルが、声を上げ、剣を振り下ろす。


「爆炎斬!」


 紅蓮の炎をまとった刃は振り下ろされると同時に、その炎を前方へと噴出す。螺旋を描いた炎は地面を抉り、一気にライの体をも呑み込む。

 炎は空気中の酸素を大量に取り込み、地下はとてつもなく息苦しかった。そして、意識があった者達は、酸欠状態へと陥り、皆意識を断たれた。



 場所は国境付近へと変る。

 空はいつしか闇に包まれ、地平線の向こうは薄らと明るみ始めていた。

 ケルベロス達は林の中へと身を隠し、夜が明けるのを待っていた。

 寒さも大分厳しくなり、ケルベロスの口から吐き出される息はすぐに凍りつく。


「くっそ……はぁ……はぁ……」


 白い息を吐き出すケルベロスは表情を歪める。

 現在、ルーイット、ファイ、ティオの三人とはぐれていた。白銀の騎士団、断絶のギーガを相手に分担させられたのだ。

 奴が切れるのは人だけではなかったのだ。魔力、空気、空間、何でも裂く事が出来たのだ。それにより、四人は分断されたのだ。

 ファイとティオの二人は実力的にも心配していないが、ルーイットは大丈夫だろうか、とケルベロスは不安になる。

 白銀の騎士団が相手と言う事もあるが、それ以上に獣魔族であるルーイットにはこの寒さは厳しいだろうと考えたのだ。


「まさか……こんな力をもった奴が居るとは……」


 ケルベロスは息を吐き、周囲を見回す。辺りに人の気配は無い。と、言うよりも、自分が一体どこまで飛ばされたのか、その疑問について考えていた。

 そもそも、空間転移は相当の魔力・精神力を消耗する。その為、幾ら空間を切る事が出来ると言っても、移動できる範囲は半径十キロ圏内だと、ケルベロスは予想していた。

 転移を目的としたアオの空間転移と、空間を裂く力であるギーガのそれとでは、空間を移動する距離が大幅に違うはずだと、ケルベロスは考えたのだ。

 その為、時折あたりの魔力の波動を探りながら、ケルベロスは林の中を移動していた。

 そんな折だった。林の向こうで、突如として爆音が轟いた。その音のする方にケルベロスは走り出す。白い息を吐き、肩を僅かに上下させながら。


(まさか、誰か戦ってるのか?)


 訝しげな表情を浮かべるケルベロスが林を抜ける。

 辺りを包む雪煙。そして、声が響く。一人ではない。大勢と大勢のぶつかり合う声。

 その声に、ケルベロスの表情は一層険しくなり、その視線は自然と辺り一帯を見回す。ようやく雪煙が消え、ケルベロスの視界に入る。数百の龍魔族の部隊と、数万のヴェルモット王国軍が激しくぶつかり合うその瞬間が――。

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