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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
フィンク大陸編
133/300

第133話 クロト対グラス

 ヴェルモット王国の地下、奴隷労働施設。

 グラスと対峙するクロトは、一歩、また一歩と落ち着いた足取りで歩みを進める。

 シトシトと僅かにこぼれる水滴が波紋を広げる様に水音を響かせ、捕らわれた魔族達はそんな二人の姿に息を呑む。

 恐ろしく静まり返り、グラスの額からは大粒の汗がこぼれた。だが、流石は白銀の騎士団と言った所だろう。臆す事無く拳を構えると、すぐに臨戦態勢へと入った。

 その瞬間に拳を覆う鋼鉄の手甲が赤く輝いた。


(クロト! 来るぞ!)


 ベルの声が脳内に響き、クロトはそのまま低い姿勢で突っ込む。その行動にグラスは不適に笑んだ。

 接近戦こそ、グラスの得意とする距離。爆拳と呼ばれるその拳は、触れたものを爆発させる強力な破壊力を誇る。故に、グラスにとって突っ込んでくる者はカモでしかなかった。


「死ねっ! 爆拳!」


 大きく振り上げられた右拳が真っ直ぐに突っ込むクロトへと振り下ろされる。だが、その瞬間、クロトはその拳へと向かい魔剣を振り抜く。


(馬鹿め! 我の拳に触れた瞬間に吹き飛べ!)


 勝ちを確信し、口元が緩むグラス。

 しかし、その笑みはすぐに凍りつく。澄んだ金属音が響き、拳が後方へと大きく弾かれた事によって。

 何が起こったのか理解出来ていないグラスの目の前を、僅かな火花が舞う。

 巨体がゆっくりと後方へと流れる。そんなグラスの左目に飛び込むクロトの姿。その姿に奥歯を噛み締めたグラスは、右足を後ろに着き倒れそうになる体を支える。


「ふざけるな! 小童が!」


 声を荒げ、左足へと力を込めると、そのまま左拳をフック気味に振り抜いた。

 突っ込もうとしていたクロトは、体を右へと捻ると、グラスの左拳を魔剣で受け止めた。


(今度こそ! 吹き飛べ!)


 そう思いグラスは力を込める。だが、やはり爆発は起こらず、鈍い打撃音だけが響き、クロトの体を弾き飛ばした。

 弾かれたクロトは二度、三度と横転すると、体勢を整える。僅かに息を切らせるクロトは、落ち着いた面持ちで息を吐くと、ベルへと目を向ける。

 一方、グラスは驚きを隠せず、目を丸くしていた。


(な、何故、爆発しない! この爆拳と呼ばれる我の拳が!)


 と、手甲に包まれた自らの拳を見据える。

 しかし、その手甲が悪いわけではない。爆発しない理由は、クロトの扱う魔剣ベルが関係していた。

 肩を僅かに上下に揺らすクロトは、驚くグラスへと目を向け、静かに呟く。


「本当に……爆発しなかった……」


 その言葉にベルの声が頭に響いた。


(当然だ。私は魔力を吸収し、今の形を保っていると前に話しただろ?)

「いや……確かに聞いてたけど……相手の魔力を奪えるなんて聞いてないぞ」


 引きつった笑みを浮かべ、ベルへとそう答える。

 そう、グラスの拳が爆発しなかったのは、ベルがその手甲に集めた魔力を、触れた瞬間に奪ったからだ。

 元々、人間であるグラスが爆発を起こす程の攻撃が出来るのは、魔法石の練り込まれた手甲を経由し自らの精神力を魔力に変換し蓄えていたからだ。

 もちろん、蓄えられた魔力を一瞬で全てを奪う事は出来ない。だが、極少量、それだけ魔力を奪えれば十分だった。

 グラスの使う爆拳には、二つの要素が必要不可欠だった。

 一つ目は強靭な肉体。その爆発に耐えうる程の肉体でなければ、一発放つだけでその身は反動で破壊されてしまうだろう。

 二つ目は膨大な魔力。グラスが常に手甲を両手にしているのは、その魔力を生み出す為に常に少量ずつ精神力を魔力へと変換し続けているからだった。

 これらの要素を持つグラスだからこそ扱える代物だった。

 しかし、それは溜め込んだ魔力を限界まで膨張させ爆発を起こす為、少しでも魔力が減ってしまうと爆発は起きないのだ。


「まさか、そう言う原理だったとはな……」

(まぁ、アイツがそれを理解しているのかは定かでは無いがな)


 ベルがそう告げ、クロトは「ふーん」と小さく頷いた。

 クロトが見る限りグラスはその事に気付いている様には見えなかった。その為、クロトはここが攻め時だと柄を握る手に力を込める。


(いいか。気をつけろ。奴の手甲には)

「分かってる」


 クロトはそう答え走り出す。その足音に、グラスは気付き、体をクロトの方へと向けた。


「くっそっ! もう一度だ!」


 グラスは右拳を振り上げる。魔力を帯び赤く輝く手甲が今にも破裂しそうなほど魔力を膨張させていた。

 赤く輝くクロトの右目にはその魔力の波動がはっきりと見える。その為、対処するのも簡単だった。すぐにベルを下段に構えるクロトは、振り下ろされる拳にあわせる様に剣を切り上げる。

 金属音が響き、火花が散った。やはり爆発は起きず、グラスの拳は弾かれる。

 一方、クロトの体も衝撃で僅かに後退するが、すぐに飛び出す。

 だが、その刹那――


――ドスッ


 鈍い音がクロトの体を突きぬける。

 一瞬何が起こったのか分からなくなり、クロトの視界が徐々に地面へと近付く。背後から何か鈍い衝撃を受けたのだ。

 何が起こったのかクロトは理解できぬまま、地面へと平伏す。二度、三度と体はバウンドし、次第に背中から腹部に掛け痛みが走った。


「うぐっ……」

『クロト!』


 表情を歪めるクロトの耳にベルの声が響く。その手から転がり落ちた魔剣ベルが地面を転がる。

 地面へと広がる鮮血は、クロトの腹部から溢れ出ていた。そして、その腹部からは鋭利な切っ先が僅かに突き出していた。


「な、何……が……」


 左手で腹部に触れその事に気付いたクロトは、同時に激しく吐血する。

 突然、倒れたクロトの姿にグラスは眉間にシワを寄せた。やがて、その目はゆっくりと暗がりに浮かぶ一つの影へと向く。


「誰かは知らぬが、助かった……感謝――ぐふっ!」


 突如、グラスの体は後方へと弾かれる。口から吐き出される血の混じった唾液が散った。一瞬で間合いを詰められ、その腹部を殴打されたのだ。

 巨体が激しく地面を横転し、グラスは腹を押さえ蹲る。一瞬、茶色の髪が見えた。だが、その顔ははっきりと見る事は出来なかった。

 蹲るグラスは表情を歪めながら顔をあげる。揺らぐ視界に飛び込む小柄な男の姿。その男の冷めた眼差し、金色の瞳にグラスは苦悶の表情を浮かべやがて意識を失った。

 そんな折だった。激しい衝撃音が轟き、無数の兵を吹き飛ばし、細道からキエンが姿を見せた。血に塗れた右拳を震わせ、右肩を垂れ下げるキエンは、肩を僅かに上下させる。二度目となる“尖弾”を痛む右手で打ち出した為、もう右拳に感覚はなかった。

 半笑いで倒れる兵を見据えるキエンは、その視線をゆっくりと動かしクロトを探す。もうクロトも片をつけただろうと。

 だが、その視界に入ったのは背中に深くナイフを突き立てられうつ伏せに倒れるクロトの姿だった。


「く、クロト!」


 声を上げ駆け出すキエンは、その瞬間に目にする。腹部を押さえ丸くなる様に倒れるグラスの巨体を。それと同時に何かの気配に気付き、急ブレーキを掛けその場を飛び退いた。

 すると、キエンの進行方向に二本のナイフが突き刺さった。


「くっ! 誰だ!」


 低い姿勢で動きを止めたキエンは、ナイフの飛んできた方へと顔を向ける。

 だが、その瞬間キエンの表情は驚きへと変った。そこに居た人物をキエンは知っていたのだ。


「お、お前……ここで……何をしてるんだ! ライ!」


 キエンがそう叫ぶと、ライと呼ばれた茶髪の少年は、小柄な体を生かした素早い動きでキエンへと迫る。その途中で地面に突き刺さった二本のナイフを抜き、そのまま地面を切りつける。

 奥歯を噛み締めるキエンは、感覚の無い右手に力を込めた。だが、拳を握る事も出来ず、腕も上がらない。


(くっ! このままじゃ――)


 そう思った矢先だった。突如、ライの後方で眩い光が溢れる。膨大な魔力の波動が辺りへと広がり、やがて収縮される。衝撃により、キエンもライも弾かれ、何度も地面を横転する。

 転がるたびに右腕に激痛が走り、キエンは呻き声を上げその場で蹲っていた。恐らくもう立つ気力すらないキエンの耳に、瓦礫が崩れる音が聞こえた。そして、その視界の端にライの姿が映る。

 土埃で汚れた茶色の髪を右手で叩くライは、静かに息を吐き出すと、その手に持ったナイフを振り上げキエンへと金色の瞳を向けた。

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