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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
フィンク大陸編
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第127話 シャルルの暴走

 激しい衝撃が広がり、爆音が地下に響き渡る。

 壁へと叩きつけられたクロト。その喉元をシャルル――いや、それはもうシャルルの手ではなく、黒光りする何か別の生き物の手が、押さえつける。

 壁には深い亀裂が走り、天井からは土の粉が降り注いでいた。

 現状を未だ把握出来ていないクロトは、苦しそうに表情を歪める。そして、閉じられた瞼を薄らと開き、目の前の生物へと視線を向けた。

 目玉のない不気味な顔がクロトの視界に一番最初に張り込んだ。一瞬で気付く。この化物がシャルルなのだと。

 続けて、大きく裂けた口から覗く鋭い牙が視界へと入り、耳の付け根から飛び出す角は強靭で大きなモノへと変っていた。


(こ、これが……龍化!)


 クロトは一瞬そう考えたが、すぐに疑問が生じる。シャルルの姿は龍には見えなかったからだ。

 美しく輝きを放つ瑠璃色の髪。それは、周囲に漂う魔力を吸い上げ、自らのモノへと循環させていた。それにより、シャルルの体は更なる変貌を遂げようとしていた。

 脈々と続く腕の血管。それは、腕と共に更に膨れ上がり、やがて漆黒の鱗が皮膚を裂き浮き上がる。

 皮膚が裂けたことにより血が迸り、その血はクロトの顔に付着し、血生臭い臭いが鼻に届いた。


「ぐっ……な、何だ……こ、こい……」


 喉元を押さえつけられている所為か、意識が徐々に霞んでいく。それでも、クロトは何とか意識を保ち、奥歯を噛み締める。

 手首に付けられたリングの所為で、魔力が使えないクロトでは、どうする事も出来ない状況だった。


(ぐっ! 何とか……しないと……)


 鼻筋にシワを寄せ、意識を集中しクロトは周囲を見回した。何とかできないか、どうすればいいのか、酸素不足の脳をそれでもフル回転させ、考える。

 しかし、酸欠状態ではいい案も浮かばず、意識だけが薄れていく。

 その最中、耳に届く。数人の兵の声。


「居たぞ!」

「くっ! すでに、暴走状態だ!」

「殺さぬ程度に発砲を許可する!」


 その声に遅れ、数発の破裂音が響く。鈍い音に遅れて鮮血が迸り、化物と化したシャルルの腕の力が緩む。それにより、ようやく解放されたクロトは床へと落ち、大きく息を吸い込む。体内へと、脳へと、酸素を一気に送り込んだ。

 霞んでいた視界が一気に開け、僅かな痺れをきたしていた腕に力が篭る。脳もゆっくりとだが考えをめぐらせ、やがてクロトは叫ぶ。


「逃げろ! コイツは危険だ!」


 だが、すでに遅い。勢い良く兵達へと振り返った化物は、長い鱗に包まれた尾を揺らし、鉄格子の扉へと向かって突っ込んだ。

 激しい衝撃に遅れ、壁が崩れ落ちる音が轟く。土煙が舞い、それよりクロトは咳き込んだ。


「ゲホッ! ゲホッ!」


 目を伏せていたクロトは、静かに瞼を開く。そして、目の前の光景をその視界に捉えた。

 兵士の一人は鉄の鎧を裂かれ、胸から腹部に掛け血を流し、もう一人は壁に体を押さえつけられていた。最後の一人は、その強靭な足に潰され、吐血を繰り返す。


「あが、がはっ!」


 血を吐き、やがて絶命するその男の姿に、クロトは瞼を閉じ、拳を握る。

 化物の背中に刻まれた無数の弾痕。しかし、その傷跡から鉛球が零れ落ち、傷は徐々に塞がっていく。

 その再生力に驚くクロトは、右手で喉を擦り眉間にシワを寄せる。


(ど、どうする……魔力も使えない今の俺じゃ……止められないぞ……)


 表情を歪めるクロトは荒く息を吐き出し、ゆっくりと立ち上がった。

 張り詰めた空気に、濁り絡みつく様な気配。足が重く感じるのは、その気配の所為だった。

 胸を上下させ、息を整えるクロトは瞳を激しく左右に動かす。

 逃げる為の道は化物の体で塞がれている。だから、クロトは立ち向かうしかないのだ。魔力を使えない状態で。

 額から大粒の汗が零れ落ちる。静寂が場を支配し、時が止まったかの様に化物は動きを止めていた。

 緊迫に脈が速まり、鼓動が体全体へと響き渡る。クロトの荒い呼吸音だけが僅かに響き、時折水音が静かにこだまする。

 その音に反応する様に化物と化したシャルルの耳が僅かに動いた。視覚が失われた分、聴覚が優れているのだと、クロトは直感する。

 そして、なるべく音をたてぬ様に右足を半歩前へと出した。その僅かな音に化物の耳がピクッと動き、その体がゆっくりとクロトの方へと向けられる。


「がぁぁぁ……がぁぁぁぁ……」


 喉の奥から吐き出されたおぞましい声に、クロトは足を止め、息を潜める。


(ぐっ! だ、ダメだ……。少しの物音でも気付かれる!)


 神経を研ぎ澄ませ、気配を消す。化物の目が見えていないのが唯一の救いで、その化物は辺りを探るように頭を左右に動かしていた。


(ど、どうする! どうすればいい!)


 脳をフル回転させ考える。だが、考えれば考える程、最悪なイメージしか頭には浮かばなかった。

 しかし、その時だった。突然、静かな声が響く。


「おやおや? 騒がしいと思えば……こんな所で暴れていたんですか?」


 音も無く、その青年は姿を見せる。穏やかで静かな声に、クロトは瞳孔を広げ、化物は声の主を探す様に体を反転させた。

 しかし、その刹那、その化物の体の脇をすり抜け、青年は牢の中へと足を踏み入れた。それは、存在すら感じさせぬ異様な存在だった。

 目の前に現れた青年の姿に、クロトは目を見張り息を呑む。

 直感した。この男は危険だと。

 身構えるクロトに対し、青年はにこやかに笑みを浮かべ、穏やかな口調で告げる。


「安心していいよ。私はこれを止めに来ただけだから」


 いつ抜いたのか、その手には銃が握られ、その銃口が化物のコメカミへと当てられる。


「止めろ!」


 クロトが叫ぶより先に、引き金が引かれ、甲高い破裂音が轟いた。放たれた弾丸が皮膚裂き、コメカミへと減り込んだ。

 その瞬間、化物は超音波の様な悲鳴を上げる。広がる悲鳴に、クロトは両手で耳を塞ぎ、表情をしかめた。耳をふさいでも尚、脳に響くその音に、自然とクロトの膝が床へと落ち、動く事が出来なくなった。

 どれ程の時間、その音が響いていたのかは定かではない。だが、クロトが音を感じなくなり、顔を上げた時にはそこに青年の姿も化物の姿も無くなっていた。


「シャルル!」


 まだ耳の中にキーンと音が響き、音が聞き取り難い中で、クロトはそう叫び、駆け出した。

 横たわる裸の少女。その体には白銀の上着が被せられ、汚れた瑠璃色の髪は僅かな血で染まっていた。


「だ、大丈夫か! シャルル!」


 声を上げ、シャルルの体を抱き上げる。弱々しくその小さな胸を上下させ、咳き込むと同時に血が口から吐き出された。


「シャルル! 確りしろ! くっそ! 今、何とか――」

「……じょ……です……」


 その時、途切れ途切れのシャルルの声がクロトの耳に届いた。僅かに開かれたシャルルの目にクロトの顔が映る。

 そして、シャルルは心配そうなクロトへと弱々しく微笑する。その笑みがクロトの胸を締め付ける。


(こんな状況でも……)


 瞼を堅く閉じたクロトは、奥歯を噛み締める。


(どうして……そんな風に笑えるんだよ……)


 肩を震わせるクロトは、涙を浮かべ俯いた。

 そんな静かな地下へと足音が響く。一つ……二つ……いや、もっと多い。先程の悲鳴が聞こえたのだと、クロトは理解する。

 だが、その場を動く事が出来なかった。いや、動くわけにはいかなかった。

 今のクロトにはシャルルに何もしてやれないからだ。だから、ここで待つしかなかった。ここに来るであろう兵士達を。そして、彼らに託すしかないのだ。傷付いたシャルルの事を。

 その場に座り、覚悟を決めるクロトに、何処からとも無く声がする。


「おい! おい!」


 若い男の声だった。だが、その声が何処からするのか分からず、クロトは辺りを見回す。

 と、その時、岩を積み重ね作られた壁の一部が開かれ、洞窟が姿を見せる。


「なっ……」

「こっちだ!」


 雄々しい声に導かれ、クロトはシャルルを抱き上げ立ち上がる。そして、その開かれた洞窟へと走り出した。

 真っ暗な闇の中に飛び込み、大きな物音と共に完全に光は遮られる。

 そんな闇の中でクロトは深く息をし、気配を探る様に意識を集中していた。


「落ち着け。俺は味方だ」


 闇に響く落ち着いた声に、クロトは目を凝らす。しかし、その視界には誰の姿も映らなかった。

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