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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
フィンク大陸編
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第117話 セラの父と母

 エメラルドは静かに語った。

 デュバル、ロゼ、プルートと言う三人の魔王との修行時代を。まだ幼く力の使い方も分からない頃の話を。

 そんなエメラルドの話に興味津々だったのは、セラだった。セラの父であるデュバルは、基本的に自分の過去を話したがらなかった。その為、父デュバルの幼い頃の話を聞くのは新鮮な物だったのだ。

 目を輝かせるセラに、エメラルドは妖艶な笑みを浮かべ語る――


 一緒に修行したメンバーの中で、一番出来が悪かったのはデュバルだった。その為、デュバルはいつも一人遅くまで修行をしていた。魔力の練り方、体術から剣術、槍術、ありとあらゆる術をその身に刻み込んでいた。そうしなければいけない程、デュバルは他の誰よりも劣っていたのだ。

 ロゼとプルートの二人はその中でも別格だった。そして、当時からこの二人の仲は最悪で、事あるごとに喧嘩をし、師匠に罰を与えられていた。

 エメラルドはプルートの付き人としてついていっただけなのだが、結局彼女も一緒に修行に励んだ。最初は嫌々だったが、いつしかエメラルドも修行に没頭していた。それは、下から凄まじい勢いで成長し、力を付けていくデュバルの存在があったからだ。彼に抜かれたくないと言う一身で、エメラルドもその厳しい修行に耐えられた。

 だが、結局デュバルは修行したメンバーの中で一番力をつけ、別格だったロゼ、プルートの二人と肩を並べるまで成長した。いや、師匠の下から旅立つ時、すでにデュバルは二人を越える程、強くなっていた。

 それだけ、デュバルは人一倍努力したのだ。


 話を聞き終えたセラは、少々不満そうに唇を尖らせていた。もっと父の恥ずかしい話が聞けると期待していた分、落胆は大きかったのだ。

 そんなセラの顔にエメラルドはやはり妖艶な笑みを浮かべる。


「本当、あなた、母親ソックリね。その不満そうな表情は、特に」

「えっ? 母も知ってるんですか?」


 驚いた様子のセラに、エメラルドは「えぇ」と僅かに頷き、静かに語る。


「あなたの母親とは、一度話した事があるわ。すっごくいい子で、正直、デュバルには勿体無いって思ったくらいよ」


 冗談っぽくそう言うエメラルドに、セラの目が輝く。デュバルは自分の過去よりも、セラの母について一切話そうとしなかった。セラが何を聞いても、はぐらかせ話を摩り替える。とても口の上手い男だった。

 故に、セラは母の事を知らない。だからこそ、エメラルドが語る母の話に興味があった。

 しかし、セラと違い、そんな話に全く持って興味の無いケルベロスはものすごい形相でエメラルドを睨んでいた。

 背後から漂う異様な殺気に表情を引きつらせるクロトは、とりあえずこの場をどうにかしようと挙手した。


「す、すみません!」


 クロトの声にエメラルドが不思議そうな表情をむける。


「どうかしたのかしら?」

「と、とりあえず、その話は後にして、今は本題からお願いしていいですか?」


 丁寧にそう発言するクロトに、エメラルドは微笑し頷く。


「そうね。じゃあ、ファイ。あなた、セラの代わりに彼らと一緒に王都に向かいなさい」


 エメラルドの突然の発言に、その場に居た者達は目を丸くする。一瞬全てが凍りついた様に沈黙が漂う。そして、一気にその沈黙を破る様に声が響く。


「ええーっ!」


 セラが驚きの声をあげ、


「な、な、な、何故、私が!」


 今まで存在すら消し、無と化していたファイが空色の髪を振り乱し、驚きの表情を向ける。初めて大きく表情を変えたファイにエメラルドは妖艶に微笑む。


「あらあら。あなたが、こんなにも表情を面に出すなんて、どれ位ぶりかしら?」

「な、何、冗談を――」

「バカバカしい! 貴様の冗談に付き合っている暇は無い!」


 ファイの声を遮り、ケルベロスの怒声が轟く。その怒声にクロトとルーイットがその眼差しをケルベロスへと向けた。言いたい事はクロトも何となく分かる。何故、セラをここに残すのか、と言う当然の疑問だった。

 ケルベロスが今ここに居る理由は、セラの護衛。故に、彼女の発言に苛立ちと怒りのみが湧き上がる。

 好戦的な眼差しを向けるケルベロスへと、氷の椅子に座っていたエメラルドが静かに立ち上がった。


「冗談? バカバカしい? ふふっ。あなた、彼女の事、何も分かっていないのね」


 エメラルドのその言葉が引き金となった。怒り、炎を灯すケルベロスが、地を蹴る。怒りからかいつもより明らかに炎の質が雑になり、魔力が分散し火力のみが轟々とその拳を覆う。

 突然の事に、クロトもルーイットも反応が出来ず、二人の間をケルベロスは駆け抜ける。


「ケルベロス!」

「ちょ、何考えて――」


 クロトが名を呼び、ルーイットはその動きを目で追い怒鳴る。だが、ケルベロスは止まらない。クロトも駆け出そうとしたが、その刹那ファイの視線が目に入った。いつも通り無表情のファイの目が、動かなくてもいいと、クロトに告げていた。

 その為、クロトは二歩、三歩と僅かに足を動かし、動きを止めた。ケルベロスの背へと眼差しを向けて。


「うおおおおっ!」


 腹の底から吐き出したケルベロスの声が、広い氷の部屋へと響く。しかし、エメラルドは妖艶に笑みを浮かべるだけで、仁王立ちしたまま動く気配がなかった。

 そんなエメラルドへと、ケルベロスは左足を踏み込む。体を捻り、大きく右拳が振りかぶられる。その動きにエメラルドは左手を静かに体の前に出す。まるでここを狙って打ち込んで来いと、言っている様だった。

 挑発的なその行動に、ケルベロスは奥歯を噛み締め、鼻筋にシワを寄せる。


「望み通り、打ち込んでやる! 蒼炎――」


 だが、次の瞬間、エメラルドは薄らと開かれた唇から静かに息を吹き掛ける。冷気を伴ったその吐息はやがて粉雪へと変り、ケルベロスの体を拘束する。氷と言う絶対的な監獄の中へと。ファイがケルベロスに行ったそれとは違い、ケルベロスに意識はあり、その拳の炎も消える事無く燃え続けていた。だが、氷に覆われた体は動かす事が出来ず、ケルベロスは表情を歪めていた。


「ケルベロス!」


 思わず声をあげ、クロトが駆け寄ろうとする。だが、それをファイが制した。クロトの隣りに佇み、その右腕をクロトの前へと出して。足音も無く気配すらも感じさせないファイの動きに、クロトは聊か驚いた。いや、注意力が完全に散漫になっていた。油断していた――と、言うよりも、安心しきっていた。ここが魔族の土地で、エメラルドもファイも敵では無いと。

 そんな気持ちから反応の遅れたクロトに、エメラルドの刺す様な眼差しが向けられる。息を呑むクロトの足は自然と半歩後退りした。


「あなた、ちょっと自覚が足りないんじゃない?」

「じ、自覚?」


 クロトが僅かに震えた声で答えると、エメラルドは艶やかな青白い唇に笑みを浮かべる。


「そっ。あなた、自覚が足りないわ。今、この瞬間、あなたは私とファイに四回以上は殺されてる事になるわ」

「くっ!」


 エメラルドの言葉に、返す言葉がなかった。確かに自覚が足りなかった。自分達が戦うべき相手の恐ろしさを目の当たりにしたはずなのに、何処かで何とかなるだろうなどと、考えていた。そんな考えではあの化物じみた者達と渡り合うなど出来ない事なのだと、改めて理解する。

 俯き唇を噛み締めるクロトの拳が震えていた。悔しげなそんなクロトの姿にエメラルドは微笑し、ゆっくりと氷の中のケルベロスへと視線を戻す。


「あなたも、ちょっと彼女を過小評価し過ぎじゃないかしら?」

「ぐっ……ふざけ……るな……」


 途切れ途切れのケルベロスの言葉に、エメラルドは呆れた様にため息を吐く。そして、頭を左右に振った後に、鋭い眼差しを向けた。


「ふざけてるのはあなたよ。彼女は仮にも現在最強の名を持つ魔王デュバルの娘よ? それに……あの子の娘でもあるわ」


 一瞬もの悲しげな表情を見せた。その顔にケルベロスは下唇を噛み締める。

 ケルベロスの表情に、エメラルドは静かに微笑む。


「セラはもう守られているだけの子じゃないわ。それに……近い内に必ず、彼女の力が必要な時が来る。間違いなく……ね」


 意味深に呟いたエメラルドに、ケルベロスはただ唇を噛み締め、目を伏せた。その手に灯していた炎はいつしか消え、ケルベロスを包み込んでいた氷も完全に溶けていた。

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