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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
フィンク大陸編
115/300

第115話 雪女

 クロト達の前を進むケルベロスとセラ。

 猛吹雪で視界は最悪、暴風の様な風の音で、クロトが戦闘を行う音も聞こえていなかった。

 そして、その異変にセラが気付いたのは、クロト達が戦闘を開始して十分程後の事だった。

 不意に足を止め、セラは振り返る。特に理由があったわけじゃない。ただ、クロトとルーイットの事が少しだけ気になったからだ。

 だが、振り返った先に二人の姿はなかった。そこで、セラが初めて二人がついて来ていないと気付いたのだ。


「ケルベロス! 二人がいない!」


 暴風の中、セラが叫ぶ。

 その声が聞こえたのか、ケルベロスも足を止め振り返る。激しい吹雪で、殆ど何も見えない状況。そんな中でも、ケルベロスは目を凝らし、蒼い炎を灯した右手をゆっくりと左右に振る。この真っ白な世界で、その青白い光が目印になればいいと、考えたのだ。

 だが、暫く待ったが、クロトとルーイットがそこに姿を現すことはなかった。


「くっ! 完全にはぐれたか!」

「ど、ど、どうしよう! わ、私が、わ、私が……」

「落ち着け。クロトが居るから、凍死の心配はない」


 責任を感じ慌てるセラを落ち着ける為、ケルベロスは落ち着いた口調でそう言った。その言葉にセラは僅かに涙ぐみ、唇を噛み締める。


「で、でも、このままじゃクロトやルーイットが!」


 明らかなうろたえに、ケルベロスは眉間にシワを寄せる。

 この状況にケルベロスも焦りを感じていた。その為、気付けなかった。自らの背後に迫る一つの足音に。

 やがて、吹雪の中に静かな声が聞こえる。


「ここで、何をしているのですか?」


 猛吹雪の中で鮮明に聞こえた澄んだ静かな声に、ケルベロスはすぐさま振り返る。

 吹雪の中に佇む一人の少女。空色の長い髪が激しい風ではためき、淡い青色の瞳が真っ直ぐにケルベロスを見つめていた。吹雪の中だと言うのに、その少女は薄い白装束だけだった。透き通る様な真っ白な肌をした少女の姿に、ケルベロスは訝しげな表情を浮かべ、やがて、身構える。


「何者だ?」

「今は、私が質問をしているのですが? 答えていただけませんか?」


 ケルベロスの問いに対し、やはり彼女の声はハッキリと耳に届く。まるで直接頭に話しかけられている様に鮮明だった。

 眉間にシワを寄せ、ケルベロスは険しい表情を見せる。異様でまさに不気味な存在。もしかすると彼女が雪女の正体なのではないか、とケルベロスもセラも何処かで感じていた。だが、その確証が持てず、その事を口にする事はなかった。

 無表情の彼女は、警戒心を強めるケルベロスに対し、目を伏せる。そして、相変わらずの感情の篭っていない声で告げる。


「この地で、あなたが私に勝つ事などありえません。大人しく立ち去りなさい」


 彼女の言葉に、ケルベロスは更にその眼光を鋭くする。


「やってみなれば――」

「分かりますよ。すでに、あなたは私の……」


 ケルベロスの意識はそこで途切れた。完全に凍り付けにされていた。この吹雪で感覚が鈍っていたのだろう。まず足の先が凍り付き、そこからは一瞬で体全体を――。

 恐らくケルベロスは何が起こったのか理解出来ていない。目の前で起きた現象に、セラはただ目を丸くし恐怖する。だが、その刹那、氷が砕け、ケルベロスの体から蒸気が噴く。


「き、貴様……い、いったい……な、何をした……」


 青ざめた唇を噛み締め、僅かに体を震わせる。右手に灯していた炎が消え、殆ど感覚が失われていた。

 小刻みに震える手に魔力込める。そして、体内へと魔力をめぐらせ、蒼い炎を体内から放出する。それが全身を巡り冷たくなっていた体を温めた。

 湯気を上げるケルベロスの体に、その少女は小さく頷く。


「いい考えですね。ですが、無駄な努力ですね」


 少女が呟き、右手を差し出す。すると、突風が吹き荒れ、ケルベロスを襲う。


「ぐっ!」


 表情を強張らせるケルベロスは、両拳に炎を灯し、右足を踏み込んだ。



 その遥か後方で昆虫の様な巨大な化物と戦うクロト。

 すでに十分程が過ぎようとしており、クロトの疲労もたまりつつあった。寒い雪の中での戦いで、クロトは大分体力を奪われていた。ただでさえ、視界と足場が悪い。それに加え、クロトには雪の中での戦闘経験がない。それが、明らかにクロトの動きを鈍らせていた。

 幾ら、相手の動きが見えても、自分が動けなければ何の意味もなかった。


「くっ!」

「クロト! 上から来るよ!」


 ルーイットが叫ぶ。その耳を研ぎ澄まし、あの化物の羽音に意識を集中して。

 その声に、クロトは顔を挙げ、視線を向ける。赤く輝く右目が相手の動きをスローで捉えていた。眉間にシワを寄せ、奥歯を噛み締めるクロトは、足へと力を込める。だが、積雪の所為で足が滑り、体は傾く。


「ぐっ!」

(ダメだ! 踏ん張りが利かない!)


 奥歯を噛み締め、表情を歪める。完全にバランスを崩すクロトへと、頭上から化物が突っ込む。轟音が轟き、その鋭い角が地面へと突き刺さる。

 衝撃にクロトは地面を横転する。ギリギリで雪の上を転げ、直撃は避けたのだ。雪に塗れるクロトの頭に被っていたフードが取れ、黒髪が激しく揺れる。白い息が吐き出され、額から零れた汗がすぐに氷結した。

 体は熱いのに、皮膚は刺す様な痛みを感じる。膝が小刻みに震え、乾燥した唇が裂け血が滲んでいた。

 肩を激しく上下させるクロトは、左目を閉じ、意識を右目だけに集中する。

 積雪に頭を埋めた化物は、六つの足をぎこちなくガチガチと動かし、地中から頭を引き抜く。そして、ゆっくりと体をクロトへと向ける。


「はぁ……はぁ……」

『大分、息が切れてるな』

「環境に適合出来てないから……かな?」


 ベルの声に、クロトは薄らと口元へと笑みを浮かべそう答えた。その言葉をベルは鼻で笑い、静かに告げる。


『アレは本来南のゼバーリック大陸に生息するモンスターだ。甲虫類で、寒さに弱く基本的なサイズは三〇から五〇センチと言われてる』

「へ、へぇー……三〇から五〇……俺の見間違いか? 明らかに三メートル……いや、五メートルはあるんじゃないか?」


 失笑したクロトが呟き肩を揺らした。

 訝しげなベルは、静かに呟く。


『私も、おかしいとは思っている。そもそも、何故、寒さに弱いコイツがここに……』

「誰かが持ってきた? そう言いたいのか?」


 真剣な表情でクロトが尋ねる。すると、『ふむっ』とベルはクロトの意見を肯定する。

 そんなベルの言葉に、クロトは深く息を吐き出し、真っ直ぐにその化物へと目を向けた。


「モンスターか……」


 そこでクロトは思い出す。自分がこの世界に来るキッカケとなったゲームの事を。そして、頭の端に僅かに浮かぶ。この世界はもしかするとそのゲームの世界なのではないだろうかと。だが、体に感じる痛み、その手に残る感触は紛れもない現実。故にこれがただのゲームの世界と言うわけではないのだと、改めて感じ取った。

 吐き出した熱の篭った吐息が瞬時に凍り付き、白く染まる。その中で、また高音の羽音が響く。


『来るぞ』

「クロト! 正面!」


 ベルの声とルーイットの声が重なる。その声に、クロトは気を引き締め、右足を踏み込んだ。だが、刹那だった。耳に甲高い羽音と暴風以外の風を切る音が耳の横を過ぎる。

 一瞬何なのか分からず、クロトは思わず振り返った。しかし、振り返ったその瞬間にまた背後で音が響く。今度は悲鳴の様な高音の声が。


「な、何が――」


 クロトがもう一度正面へと顔を向け、絶句する。そこにはツララ状の鋭い氷に体を貫かれ、緑の飛沫を噴く昆虫型のモンスターの姿があった。何が起こったのか全く理解出来ていないクロトに対し、ルーイットは叫ぶ。


「誰か来る!」


 その声で、クロトは振り返り、目を凝らす。確かに見える。薄らとだが魔力の波動が。しかし、右目を酷使し過ぎた所為か、目が霞み、やがて闇に包まれる。その為、静かに左瞼を開き、意識を集中する。

 そんなクロトの視界に飛び込んだのは一人の若い女性だった。穏やかな表情で、艶かしく着崩した着物を着た女性。僅かに紫がかったその唇に薄らと笑みを浮かべる女性は、ゆっくりと右手を差し出す。


「いらっしゃい。歓迎するわよ。私の城に」


 艶かしく大人びたその声に、クロトは身構え、ルーイットも思わず後退りした。危険な香りを感じたのだ。

 警戒する二人を気にした様子も無く、彼女は手招きする。


「彼らも私の城に呼ばれているわ。それに、あなた達には話す事があるから」


 彼女の言葉に嘘偽りがないと、クロトは直感し、ベルを消した。その行動にルーイットは訝しげな表情を浮かべていた。

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