第110話 レベッカが選んだ道
ケイトが魔族に六傑会の打診し、二週間が過ぎようとしていた。
魔族達は会議の末、ケイトの申し出を受ける事にした。
その理由は後からやってきたロズヴェルの
「この大陸の魔族を守りたいなら、六傑会に所属するべき」
と、言う一言だった。
五つの地域をまとめる人間と、魔族の町を合わせて六傑会。それは、魔族の主張を人間に伝える事が出来、バルバスが統括していた時の政権を変える為にも必要な事だと、ロズヴェルは言った。
ロズヴェルはこの大陸を五つに割った北側の代表を任され、席は第三席。ケイトは王都に居た為、中央地帯の代表で第二席となっている。
そして、魔族の代表グレイが第一席の座に着く事となった。
「ふざけるな! 何故、魔族なんぞに、第一席の座を渡さなければならないのだ!」
各代表が招集され、円卓を囲んでいた。そんな中で大陸東地区を担当する第四席に所属する一人の男がそう声を上げる。
現在、円卓を囲むのは第一席から第五席の代表と、その側近計十人だけだった。
「やめないか」
「しかし!」
声を荒げる男を静めたのは、その男の所属する第四席代表リアス。元ラフト王国第二部隊隊長を務めた男で、歳は三十半ば。物静かで頭が切れ、バルバスからは参謀の様に扱われていた。最もバルバスの身近におり、一番バルバスに苦しめられた人物だった。
それ故、彼はこの会に賛同し、ロズヴェルとケイトの魔族参入の申し出も快く承諾した。部下達はまだ納得していない様だが、それ以上リアスは発言させようとはしなかった。
リアスの行動にグレイは小さく会釈する。そして、グレイの右側に座るロズヴェルは安堵の息を吐き、左側に座るケイトはただただ苦笑した。
場の空気はまだ重い。やはり、魔族がこの場に居ると言う事がその原因だろう。
その証拠に、リアスの右側に座る南地区担当の第五席グライデンは腕を組み不服そうにグレイを睨んでいた。能力はこの中で一番低いが、グライデンの人望、統率力はそれなりにある為、代表と言う地位が与えられた。元々、この国で力を持っている者は、殆どがバルバスに賛同していた者達だった。その為、この会を発足するのに反対したのだ。結果、グライデンしか代表を任せられる人物が居なかったと、言うのが正直な所だった。
「しかし、死刑囚の分際で代表などありえんだろ」
沈黙するその空気の中で、グライデンがそう述べ、ロズヴェルへと目を向けた。その発言に肩を竦め笑みを浮かべるロズヴェルは小さく頭を左右へと振る。
「それは、お互い様だろ? バルバスが生きていれば、お前も間違いなく死罪だ。いや、ここに居る全ての人間がな」
「ぐっ!」
ロズヴェルの言葉にグライデンが苦虫を噛み殺した様な表情を浮かべ、目を伏せた。ロズヴェルの言う通り、バルバスが生きていれば、この場の人間は全て処刑されていただろう。当然だ。この王宮に侵入者が出たのだから。
静まり返ったその中で、ロズヴェルは小さく息を吐き空席となった自らの右隣の席を見据える。そして、その眼差しをケイトへと向けた。
「おい。アイツにはちゃんと連絡したのか?」
「えっ? あぁ……一応、遠征中の彼には連絡を取ったのですが……」
赤と青の入り混じった髪を掻き毟り、ケイトは苦笑する。すると、グライデンは不満そうに腕を組み、空席を見据え口を開く。
「それで、その空席の第六席は一体、誰が――」
「僕だよ? グライデンくん」
突然、穏やかな声が室内へと響く。その声に、グライデンは椅子から転げ落ちそうな程跳びあがった。
「な、なな、な、何でき、きさ、きさ、きさ――」
「遅かったですね。キースさん」
「いやいや。遅くなってすまないねぇ」
穏やかな口調でそう述べたキースと呼ばれた男は、伸びきったボサボサの黒髪を振り乱し空席だったその椅子へと座る。汚れた茶色の服に身を包んだキースはあははと、口を大きく開け笑う。場の空気を読まず、大らかに笑うキースに、ロズヴェル、ケイト、リアスの三人は苦笑する。
元ラフト王国第一部隊隊長を務めた男。それが、キースだ。最もバルバスから信頼されていた人物だった。そして、最も奴隷として長くバルバスに仕えた人物でもあった。
だからこそ、ケイトは彼を六傑会のメンバーに選んだのだ。
「ここに来たと言う事は、六傑会に参加してくださるんですか?」
「まぁ、そうだね。それで、僕の席は当然第一席だろ?」
当然だと、言わんばかりにそう言うキースに、ロズヴェルとケイトの表情が曇る。
急に空気が変った事に、キースは困った表情を見せ、その目を静かにグレイへと向けた。
「うーん……もしかして、第一席なのは、魔族の彼の方かい?」
穏やかな声でそう述べたキースに、ロズヴェルは息を吐き口を開く。
「ああ。彼が、第一席だ」
「そっかそっか。一番って数字は僕の数字だと思ってたんだけど……しょうがないね」
笑顔でそう言うキースに、ケイトは苦笑する。キースが一と言う数字にこだわりを持っていると、ケイトは知っていた。だからこそ、苦笑してしまったのだ。
「まぁ、それは良いとして、僕は一体、何処の地区を担当するんだい? 中央地区かい?」
「いえ。キースさんには、西地区を担当してもらいたいんです」
「西? けど……西は海じゃないか?」
聊か腑に落ちないと、言った感じでキースはそう述べた。キースの言う通り、このバレリア大陸は三日月型の大陸で、西側は大きく抉れ海が広がっているのだ。
「えぇ。それで、あなたにはこの大陸の海域の入り口である二つの岬を担当してもらいたいんです」
「ふむ……それは、海域全てを守って欲しいって事かな?」
「はい」
ケイトがそう言うと、キースは腕を組み頷く。
「じゃあ、今朝出航した船とかのチェックもした方がいいのかな?」
「今朝出航した船は、大丈夫だ。アレに乗ってるのは、俺達の知り合いだ」
「知り合い? それは是非とも紹介して欲しかったな」
キースがニコッと隣りに座るロズヴェルへと笑みを見せた。
今朝、出航した船は、丁度、大陸の両端である岬で狭まれた海域を通過しようとしていた。両方の岬にある灯台を見送りながら、船は静かに進んでいた。
波は非常に穏やかで、船も揺れる事無く静かだった。
そんな船の甲板にクロトは座り込んでいた。壁に背を預け、青い空を見上げて。
ぽかぽかと暖かな日差しに、優しい潮風。こんなにも穏やかな気持ちになるのは、久しぶりだった。
のほほんとするクロトの隣りに、セラがちょこんと腰を下ろした。
「大丈夫かな?」
膝を抱えたセラがクロトと同じように空を見上げ呟いた。
その声に、クロトは穏やかな表情で「何が?」と聞き返す。
妙に上の空なクロトの態度に、セラはムスッと頬を膨らすと鼻から息を吐く。
「レベッカちゃんの事!」
「レベッカ? うーん……。大丈夫……じゃない? ロズヴェルも居るし……」
のんびりとそう告げると、セラは「もう!」と声をあげ立ち上がった。
その声とセラの行動に、クロトは怪訝そうな眼差しをセラへと向ける。
「クロトは心配じゃないの?」
「えっ? いや……そんな事無いけど……」
「なんだか、他人事みたいじゃない……」
赤い瞳を潤ませるセラが、胸の前で手を組み唇を噛み締める。そんなセラの表情にクロトは小さく吐息を漏らすと、視線を落とした。
そんなクロトの態度に、セラは更に不満そうな表情を浮かべる。すると、クロトはゆっくりと立ち上がり背筋を伸ばす。
「んんーっ。あのさ、セラ」
「な、何?」
肩の力を抜き、ホッと、息を吐いたクロトは、穏やかな眼差しをセラへと向けた。僅かに赤みを帯びたクロトの瞳を、セラは真っ直ぐに見据え、息を呑む。
それと同時に、クロトの右手がゆっくりと持ち上がり、セラの頭をポンと優しく二度叩いた。
「うぐぅっ」
「気持ちは分かるけど、俺達が心配してもしょうがないだろ? それに、彼女が望んだ事なんだから」
クロトがそう言い、優しくセラの頭を撫でる。
そう、レベッカはあの地に残った。それは、彼女がロズヴェルと一緒に居たい、そう望んだからだ。彼女が自分でそう決めたのならと、クロトもケルベロスも止めなかった。その事をセラもルーイットも納得していなかったのだ。
「でも……」
「大丈夫だよ。ロズヴェルがいるんだから」
クロトがそう言い微笑むと、セラはそれ以上何も言えなかった。レベッカがロズヴェルと一緒に居たい。その気持ちはセラも分かっていた。けど、辛い想いをした大陸にレベッカを残しておきたくないと言う気持ちもあったのだ。
そんなセラの気持ちを悟ってか、クロトは静かに述べる。
「嫌な想いをした場所かも知れないけど、それと同じ位大切な思い出の詰まった場所でもあるんだ。
だからさ、レベッカが出した答えを、信じてあげよう」
クロトの暖かな声、優しい言葉に、セラは小さく頷いた。
そして、その言葉をドアの向こうで聞いていたルーイットは、ドアノブから手を離し俯いた。丁度、甲板に出ようとした時に、クロトとセラの話し声が聞こえたのだ。盗み聞きするつもりなどなかったが、聞こえてきたその言葉に、ルーイットもただ頷いた。
クロトがレベッカの意志を尊重した理由を理解して。




