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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
バレリア大陸編
109/300

第109話 魔族の人権の為に

 それは、突然訪れた。

 歓喜に湧く魔族の下に重々しい鉄音を響かせ、ラフト王国の騎士団が現れたのだ。

 総勢千人近いラフト王国騎士団の登場に、歓喜に湧いていた魔族達は沈黙した。

 暴君であるバルバスの死に浮かれ、防衛がおろそかになっていたのだ。

 そんな最中に現れたラフト王国騎士団に、魔族達は警戒心を強めていた。

 病室にいたクロトにも、その情報は伝わり、まだ痛む体を引き摺る様に広場へと急いだ。

 現在、この地にいる魔族は殆どが非戦闘員で、武力の無い者達ばかりだった。その為、騎士団の前に佇むのはケルベロスただ一人だった。

 吹き抜ける静かな風が、葉を揺らしケルベロスの黒い髪を撫でる。千人もの騎士と対峙しながらも、ケルベロスは威風堂々とした態度で、物静かな空気を漂わせていた。

 暴君と呼ばれたバルバスと対峙し、拳を交えたからだろう。千人もいる騎士に対しても、全く恐怖を感じなかった。それ程、バルバスは脅威だったのだ。

 包帯を巻いた腕を組み、ケルベロスは切れ長の眼差しを向ける。すると、騎士達は静かに道を開く様に左右へと分かれた。その行動にケルベロスは気を引き締める。道を開いたと言う事は、この隊を率いる者が前に出ると言う事を示しているとケルベロスは理解していた。

 バルバスの死後、誰が国王になり、一体何の目的でこの場所に兵を率いたのか、ケルベロスは疑問に思っていた。そもそも、国王の死後一週間程だ。バルバス以外に王族などいない中、こんなにも早く国王が決まるなどとは思えない。

 それに、この国に仕える兵の大半がバルバスの暴力に屈指従っていた者達だ。バルバスの死は何よりも嬉しく、魔族以上に喜びを感じていたはずだった。今頃、ここ以上に王都は歓喜に溢れかえっているはずだ。なのに、何故、こんな時にと、ケルベロスは目を細めた。

 開かれた兵達の真ん中を、一人の若い男が歩み進む。赤と青の毛が混ざり合った髪を揺らすその男は、温和な雰囲気を漂わせる。にこやかなその表情に、ケルベロスは警戒心を強めた。

 相手が何を考えているのか分からなかったからだ。

 拳を握り、殺気を漂わせるケルベロスに、左右に分かれた騎士達はその手に剣を抜こうとする。しかし、若い男はそれを左腕を横に伸ばし制止した。

 その指示に騎士達は何も言わず静かに隊列へと戻る。微笑む若い男は、左腕を下すと小さく会釈し、その黒い瞳を真っ直ぐにケルベロスへと向けた。


「誰だ? 何しに来た?」


 ケルベロスは低い声で問う。全神経を研ぎ澄まし、殺気を広げるケルベロスへと、若い男は困り顔で返答する。


「僕は、ケイト。新生ラフト国の第二席です」

「新生……ラフト国? 第二……席?」


 聞きなれない言葉に、ケルベロスは怪訝そうに眉をひそめた。すると、ケイスと名乗った若い男は穏やかな笑みを浮かべ、「はい」と声を張った。

 妙に明るいケイスの態度に、ケルベロスは僅かに後退りした。こう言うタイプは少々苦手としていたのだ。


「どうかしたのか? ケルベロス」


 戸惑うケルベロスへと助け舟を出したのはグレイだった。松葉杖を着き、集まった民衆の間を縫い姿を見せたグレイへと、ケルベロスは顔を向ける。

 すると、ケイトもグレイへと目を向けた。右足に痛々しく包帯を巻くグレイは、そんなケイトの眼差しに小さく首を傾げ、眉間へとシワを寄せた。

 暫し場の空気が凍り付く。皆が硬直する中で、グレイがいち早く動く。松葉杖を投げ捨てたグレイは、右足を地面へと力強く着くと、声を上げる。


「いってぇぇぇぇっ!」


 いつものクールな感じとは裏腹に大声を上げるグレイは、蹲り右足を両手で押さえた。その光景にケルベロスとケイトは呆れた眼差しを向け、民衆も意外なグレイの一面に呆然としていた。


「え、えっと……彼は?」

「あぁ……この町の代表……て、所だ」


 呆れた様に左手で額を押さえ、ケルベロスが答えた。

 苦笑するケイトは「そ、そうですか……」と表情を引きつらせていた。

 その後、数分ほどでのた打ち回っていたグレイが、落ち着きを取り戻す。僅かに目尻に涙を浮かべるグレイは、座り込んだままケイトを睨んでいた。

 険悪な空気を出すグレイに、ケイトは困り顔で頭を掻く。そして、静かに騎士達の方へと体を向け告げる。


「僕は、彼らと話がある。ここまで付き合ってくれた君達には申し訳ないと思うが、帰ってくれ」

「なっ! 何を言っておられるのですか! 我々はあなたの護衛で――」


 騎士の一人がそう言うと、ケイトは小さく頭を左右に振った。


「護衛は良い。僕らは争いに来たわけじゃないんだ」

「そうかもしれませんが……ここは魔族の――」

「会議で決めただろ。暴君バルバスの様に力で縛り付ける様なマネはしないと。

 僕らは同じ過ちを繰り返してはいけない。人間と魔族が手を取り合うべきだ」


 ケイトのその言葉に、ケルベロスとグレイは表情をしかめる。いや、二人だけではない。その言葉が聞こえたであろう民衆は、皆表情を険しくしていた。

 人間に対する不信感から、魔族側からは疑いの眼差しだけが向けられる。ケルベロスもグレイも同じような眼差しを向けていた。それ程、この大陸での魔族と人間の溝は深いのだ。

 魔族が人間を信じられない様に、騎士達も魔族を信じられずにいた。その為、騎士達も鋭い眼差しを魔族へと向け、その腰にぶら下げた剣へと手を伸ばしていた。


「うぉーい……一体、何の騒ぎだぁー」


 痛みの残る体を引き摺る様に歩くクロトが、民衆達を掻き分けながらそう声を上げた。

 その声にケルベロスは民衆の方へと顔を向け、その目を激しく動かし、民衆の中からクロトを発見する。

 体中に包帯を巻き、黒髪を揺らす優男の姿に、ケルベロスはジト目を向けた。


「ああ。何でも、新生ラフト国の第二席、ケイトが話があるとやってきて……」

「あぁ? 新生ラフト国? 第二席?」


 ケルベロスと同じ反応を見せるクロトに、ケイトは苦笑し肩を落とした。


「や、やっぱり、そう言う反応なんですね……」


 その後、ケイトの説得により、騎士達はこの町への唯一の通路である洞窟前まで撤退した。一方で、ケイトの願いにより、その場にはクロト、ケルベロス、グレイの三人だけが残り、他の者達は町へと散った。

 町の出入口で座り込む四人を、セラ、ルーイット、レベッカの三人は離れた位置から見据えていた。不安そうな表情で。


「だ、大丈夫かな?」


 セラが茶色のセミロングの髪を揺らし、隣りのルーイットへと顔を向ける。すると、ルーイットは紺色の髪の合間から覗く獣耳をパタパタと動かすと、瞼を閉じ鼻から息を吐いた。


「大丈夫よ。幾らクロトやケルベロスが怪我人だからって、三対一で負ける程やわじゃないわよ」

「そ、そう……だよね」


 ルーイットの言葉にセラは安堵した様に小さく頷く。そんなセラの服をギュッと握り、背に隠れたレベッカは唇を噛み締めていた。人間に対する不信感はあるが、それでもロズヴェルの安否が気になっていた。アオはバルバスが死んだから処刑は無いと説明したが、聊かその言葉を信用できなかったのだ。

 三人の眼差しを浴びながら、四人は円を作るように座っていた。クロトの正面にケイス、ケルベロスの正面にはグレイが腰を据えていた。

 重く緊迫した空気にクロトは目を細め、口元には引きつった笑みを浮かべていた。この場から早く逃げ出したい、そう思うほど、空気は重かった。

 胡坐を掻き腕を組むケルベロスは瞼を伏せる。背をやや丸めるグレイは両足を投げ出し伸ばして座っていた。一方で、ケイトは正座し真剣な表情をクロトへと向け、静かに口を開く。


「まずは、バルバスの死後の王制廃止をお伝えします」

「お、王制廃止だと!」


 グレイが声をあげ、クロトとケルベロスは先程感じた違和感を理解する。


「王国ではなくなったと言う事か」

「そっか……それで、新生ラフト国か」


 静かに瞼を開いたケルベロスに続き、クロトが小さく頷いた。その二人の言葉にケイトは「えぇ」と、静かに答えた後、言葉を続ける。


「それで、僕らはこの大陸を六つの地域に分け、その地域の代表達で国を統括しようと考えています」

「六つの地域に? それじゃあ、お前は――」

「はい。僕はその六つの地域の一つを任された代表の一人で、席は第二席となっています」


 声を発したケルベロスへと、ケイトはそう述べた。穏やかなケイトの口調に、グレイは奥歯を噛み締める。


「ふざけるな! 王制じゃなくなっただと! どっちにしろ、お前達人間がこの国を統括している事に変りは無いだろ!」

「えぇ……。今のままではそうかもしれません。ですので、僕らは第一席を、ここに住む魔族の方に補って欲しい。そう思っています」


 ケイトの言葉に、ケルベロスは眉間にシワを寄せ、グレイは俯き拳を握り締めた。そして、クロトは怪訝そうにケイトを見据える。


「それって……ケイトの考え? それとも……その代表皆の考え?」


 クロトの問いに、ケイトの表情が曇る。その表情で、クロトは理解した。これは、代表達の考えではなく、ケイトの一存であると。

 それを知り、グレイは鼻筋にシワを寄せ怒鳴る。


「ふざけるな! お前だけの考えで、その代表達が納得するのか!」

「それは……だが、僕は必ず説得する! その為に、第一席を空位にしているんです!」

「この国の人間が、魔族にしてきた事を知っているのか? 彼らの人間に対する想いはそう簡単に変るもんじゃない。

 それに、王制じゃなくなったにしろ、人間側にはバルバスの意志に賛同した者が少なからずいたはずだ。

 そんな連中がいる以上、少数派の魔族には何の人権も無いのと一緒だろ」


 ケルベロスが冷静にそう述べると、ケイトは俯き唇を噛み締めた。ケルベロスが言っている事は殆どあっていたからだ。

 だが、その言葉を否定する様に、その声はケイトの背後から響いた。


「だからこそ、その席にお前達魔族の代表が座るべきなんだろ? 魔族の人権を守る為に、この地を魔族の住む地として認めさせる為に。

 でなきゃ、いつまでたっても、この地は人間の地として認識され、魔族は蔑ろにされる」


 静かな足音と共にそう言葉を発した男は、紫の瞳をクロト、ケルベロスへと向け、穏やかに笑う。

 そして、その男の姿に、セラの服の裾を握り締めていたレベッカの手が離れ、その足は自然とその男に向かって駆け出していた。


「ロズヴェル!」


 愛らしい声と共に、レベッカは呆然とするクロト達四人の前を駆け抜け、佇むロズヴェルへと抱きついた。

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