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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
バレリア大陸編
106/300

第106話 クロトの全力

 蒼い稲光が周囲を幾度と無く包み込み、青白い火花が鮮血と共に何度も散った。

 アオが稲妻を纏い、すでに三分が過ぎようとしていた。

 頑丈だったバルバスの体には幾つもの赤い線が刻み込まれていた。だが、それでもバルバスは仁王立ちし、決して膝を落とす事はなかった。王としての意地なのか、強者として弱者の前に跪きたくないと言うプライドからなのか、それは分からない。しかし、その行動がバルバスの気力と精神がまだ断ち切れていない事を示していた。

 その為、アオは止まる事無く、何度も地を蹴り、バルバスを切りつける。地面を蹴る度に地面は派手に砕け、雷鳴の様な音を轟かせる。そして、その衝撃によって生まれた土煙は完全に二人の姿を覆い隠していた。

 それでも、土煙の中に閃く青白い閃光で、アオが攻め続けているのは分かる。

 息を呑むケルベロスは、唇を噛み締めていた。人間にこれ程までの術を生み出す者が居ると言う事に驚き、尚且つ肉体強化と言うモノがこれ程まで凄い力を生むのだと理解した。そして、今、自分に何が足りないのか、と言う事を改めて痛感した。

 魔力だけに頼りきっては到底届かぬ領域の戦いに、拳をただ強く握り締める。その戦いを繰り広げるのが、魔族ではなく、人間同士と言う事が悔しくてならなかった。

 魔力を練るクロトは、深く息を吐き出す。体は少しだけだるいが、魔力は一定のリズムで放出され、同時に体内へと圧縮される。体内を巡る血液が高熱を体中へと広げる感覚と、骨、肉が燃える様な感覚は薄れ、意識はハッキリとしていた。そして、自分が妙に落ち着いている事に、クロトは僅かな疑念を抱いていた。

 こんな状況で、どうしてこんなに落ち着いているのか、自分自身不思議だったのだ。こんなにも体は熱いのに、噴出していた汗は完全に引き、吐き出される吐息だけが熱を帯びていた。


(大丈夫か? 体は)

(ああ……。大丈夫。妙に落ち着いてるよ)


 土煙の向こうを見据えるクロトは、頭の中に聞こえたベルの声へと返答する。クロトのその目にはハッキリと見えていた。土煙の中で駆けるアオの姿も、切りつけられるバルバスの姿も。それ程、今のクロトの目は鮮明に全ての動きを捉えていた。苦しそうなアオのその表情も全て。


「はっ……はっ……」


 アオは足を止め、大きく開かれた口から荒い呼吸を繰り返していた。額から溢れる大量の汗がアオがどれ程疲弊しているのかを物語っていた。

 もうすぐ五分が経とうとしているが、未だバルバスは膝を落とそうとしない。流石のアオにも焦りが見えていた。


「くっ……と、とっとと……倒れろ!」


 踏み込んだ右足へと力を込める。だが、その瞬間、膝から力が抜け、アオの体が落ちる。纏っていた青雷がプツリと途切れ、アオの意識も揺らぎ薄れる。


(ま、まだ――立ち止まるわけには――)


 アオの願いは一瞬でかき消される。不適な笑みを浮かべ、この時を待っていたと、言わんばかりに右足を踏み出し大剣を振り上げたバルバスによって。


「アオ!」


 思わずクロトが声をあげ、駆け出す。初速で地面が砕け散り、二歩目で空気を切る。そして、一瞬にして土煙の中を突っ切り、クロトの足は急ブレーキを掛けた。


「くっ!」

(この感覚、以前に――)


 右足でブレーキを掛けながら、クロトは一瞬で以前の事を思い出す。それは、ローグスタウンで初めて魔剣ベルを使用した時だ。あの時は、ベルがクロトの力の一部を解放し、凄まじい力を発揮した。その当時のクロトにそれを制御する力はなかったが、今は別だった。

 吹き飛ぶ事無く右足の裏には土が盛り上がり、クロトの動きは止まる。激しく土煙がクロトの足元を包み込む。

 急ブレーキを掛けたクロトの左腕に、うな垂れたアオが抱きかかえられていた。これは、先程土煙へと突っ込んだ時にクロトが助け出したのだ。あの一瞬の内に。

 大量に巻き上がった土煙の中、クロトはその腕に抱えたアオを地面へと寝かせた。深く息を吐いたクロトは、ゆっくりと体を反転させ、その赤と黒の瞳を真っ直ぐに土煙の中へと向ける。

 立ち込めていた土煙が徐々に晴れていき、バルバスの姿が土煙の中からあらわとなる。その姿を見据えるクロトの体から湯気が放出されていた。体内を流れる高熱の血によって引き起こされた作用だった。

 僅かによろめくクロトは左手で額を押さえる。高熱により、頭はボンヤリとしていた。思考は低下しているが、それでも体は軽く動きやすかった。

 クロトとバルバスの視線が交錯する。鮮血に染まったバルバスは警戒しているのか、ジッと佇み動かない。本能的に分かったのだろう。今のクロトが危険な存在なのだと。

 ジリッと右足を前に出すバルバスに対し、クロトは地面に寝かせたアオから距離を取る。そして、瞬時に地を蹴り、バルバスとの間合いを詰めた。

 一瞬の事にバルバスは驚く。クロトはその一瞬でバルバスの懐へと潜り込んだのだ。


「ぐおおおおおっ!」


 一瞬で懐へと入られた事で焦り、バルバスは声をあげ、振り上げた大剣を振り下ろす。地面へとその刃を叩きつける様に。

 だが、クロトにはその刃の軌道がハッキリと見えていた。その為、瞬時に体を右回転させ、バルバスの右側面へと移動し、そのまま背後を取る。遅れてバルバスの刃が地面を砕き、爆音を轟かせた。砕石は飛び散り、土煙が舞う。しかし、広がった風圧で、すぐに土煙は晴れる。

 それと同時に、バルバスの背後へと回ったクロトが右足を踏み込む。踏み込んだ足を中心に広がる亀裂が地面を隆起させる。


「焔一閃!」


 モウロウとする頭に浮かんだ言葉を叫び、クロトは魔剣ベルを横一線に振り抜く。赤黒い炎と共に。

 三日月を描く様に左から右へと流れる様に振り抜かれた魔剣ベル。赤黒い閃光だけが瞬き、衝撃と共に業火が広がる。

 鈍い手応えをクロトは感じる。そして、鮮血が僅かにその頬に付着した。もちろん、それはクロトの血ではない。今、クロトの目の前に佇むバルバスの血だった。

 しかし、バルバスの体には血は付着していない。その理由は簡単だった。バルバスを斬った刃が纏った赤黒い炎が、その傷口を焼き塞いだのだ。ただれた皮膚で。

 肉は裂けたが、その強化された背骨は切れず、傷はまだ浅かった。その為、クロトは思わず声を漏らす。


「くっ!」


 奥歯を噛み締めるクロトの眉間にシワが寄った。今の一撃で決められなかった事は、クロトにとって厳しい状態だった。僅かに震える右手に力を込め、もうろうとした意識を保とうと、気力を振り絞る。節々が軋み、体を襲う痛みにクロトの目から自然と涙がこぼれた。だが、すぐにそれは汗と混ざり合い区別は着かなくなる。

 今の一撃で魔力を大分消費した。これで、決める、そう強く思っていたからだ。まさか、頑丈に強化された背骨に防がれるとは思っていなかった。いや、骨まで強化されているとは考えていなかったのだ。

 衝撃でクロトの手は痺れていた。それでも、クロトはそれを我慢し、柄を握りなおし唇を噛み締める。

 次の一撃で決着を着ける為に、全魔力を注ぐ。魔力により薄らと魔剣の刃が輝く。そして、赤黒い炎がまた刃を包み込んだ。


「うぐっ……ぐぐっ……」


 背中を斬られ、鈍い動きで動くバルバスは、僅かによろめきクロトの方へと体を向けた。恐ろしい表情をし、口角から血を流すバルバスの顔を、クロトは見上げる。そのおぞましい目を見据え、クロトは奥歯を噛み締めた。


「ぐぐっ!」


 練りこむ魔力で刃を包む炎が強まる。だが、まだ魔力が足りない。


(もっと、もっと……)


 もうろうとする意識を集中し、ありったけの魔力を注ぐ。そんなクロトに、腰の痛みに奥歯を噛み締めるバルバスが、右腕を振り上げる。その刃が精神力を纏い輝くのを、クロトは目視し、その右目でハッキリと見た。黒い霧がその刃から噴出している事に。

 一目見て分かる。それが危険だと。今すぐにその場を離れろと、脳が信号を出すが、クロトの両足は動かない。確りと地面へとその足の裏を着け、力を込めていた。


「クロト!」


 ケルベロスが叫ぶ。二人の周りに散っていた赤黒い炎が消え、ようやく外に居たケルベロスにもクロトとバルバスの姿が見えたのだ。

 剣を振り上げるバルバスの姿に、思わず叫んだケルベロスだったが、クロトのその表情、その後姿にそれ以上は口を開かなかった。

 それは、ケルベロスが感じ取ったからだった。クロトの背中から強い意志を。だから、ケルベロスは息を呑み、今、ここで起ころうとしている事を、その目に焼き付ける様に眼を見開いた。

 踏み出した左足へと重心を移動したクロトは、右腰の位置に構えた魔剣ベルの柄を強く握り締める。激しく燃え上がっていた赤黒い炎は、突如として静まり、刃だけを包むベールとなった。緊迫した空気の中、ベルが告げる。


(来るぞ!)

「業火――」

「粉砕」


 クロトよりも早くバルバスの腕が下りる。だが、瞬時にクロトは地を蹴り、バルバスの左方向へと回り込む。今度は背後には回らず、そこで足を止めたクロトは、足元に土煙を巻き上げ、左足へと力を込める。

 それに遅れ、バルバスの振り下ろした大剣が地面を砕く。激しい衝撃と共に散る砕石が数発、クロトへと迫る。だが、クロトはそれに気を取られる事無く、踏み込んだ足へと力を込めた。そして、腰の位置で構えた剣を素早く頭上へと振り上げる。

 刃を包む赤黒い輝きが、残像を残し美しい光の線を描いた。


「爆炎斬!」


 クロトは叫び、振り上げた剣を一気に振り下ろす。それと同時に放たれる刃を包んでいた業火が、激しい爆音を轟かせ、爆風に乗り前方へと放たれる。

 放たれた業火の斬撃はバルバスを呑み込み、そのまま地面を抉り赤黒い炎を広げながら前方へと突き進んだ。そして、後に残ったのは抉れた地面と赤黒い炎の線だけだった。

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