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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
バレリア大陸編
105/300

第105話 青雷の異名を持つ男

 土煙が激しく舞い上がる。

 弾けた茨の蔓は、激しく地面を叩き、砕く。

 轟音の様な遠吠えを吐くバルバスに、ケルベロスとアオ、ライの三人は表情を歪める。

 ケルベロス、アオの両者による全力の一撃。それすらも防ぐ鋼鉄の肉体に、驚かざる得ない。とても老いたとは思えぬ程の肉体だった。

 膝を落とすライは、ほぼ無傷のバルバスの姿にただただ苦笑する。


「化物……か……」


 そう呟き、ライの意識は途切れた。受けたダメージと疲労で、限界だったのだ。

 地面にうつ伏せに倒れるライに、クロトは視線を向ける。体中ボロボロで、出血も多い。この状態で数十秒とは言え、あのバルバスの動きを拘束した事に、クロトは聊か驚いていた。と、同時に自分自身に怒りを覚える。

 作戦とは言え、皆が戦っている間、何もせずジッと魔力を練っているだけ。この時間がとても長く感じ、苛立ちだけが募る。


(落ち着け。怒りで集めた魔力は、ただ大量に消失するだけだ。冷静になれ)


 奥歯を噛み締めるクロトへ言い聞かせる様にベルの声が脳内に響く。もちろん、クロトもそんな事は分かっている。その為、奥歯を噛み締めたまま静かに深呼吸を繰り返す。

 怒りは心の奥底に溜め込み、静かで純度の高い魔力のみをベルへと集中する。ゆっくりとクロトの瞼が下り、完全に瞼は閉じられる。鼻から息を吸い、薄らと開かれた口から吐き出された。静かな呼吸音だけがクロトの耳に残り、やがて胸の奥で一定のリズムを刻む心音のみが体へと響き渡る。まるで体中へと波紋を広げる様に。

 その全ての音が聞こえなくなり、クロトは瞼を開く。落ち着き払った冷めた瞳が、ただ一点を見つめる。僅かに舞う土煙の中央に佇むバルバスのみを。

 クロトの体をまとう魔力は薄く、乱れる事無く静かなモノだった。そして、高い純度を表す様に少しだけ輝いていた。

 すでに全ての準備は整い、後はアオの合図を待つだけだった。



 バルバスの咆哮が轟く中、眉間にシワを寄せたアオは唇を噛み締める。まだ、手が痺れていた。それでも、すり足で左足を前へ出し、重心を落とす。

 土煙の向こうに僅かに見えるバルバスの姿に、アオは静かに息を吐き出した。精神力を刃へと注ぎ、それを魔力へと変換する。青雷が刃を包み幾度も弾けた。

 雷の属性はアオが最も得意とする属性だった。

 基本的に、属性には全て特性がある。

 火は全てを焼き尽くす爆発的な破壊力を持ち、最も扱いやすい。

 水は癒しと広範囲に渡る全体攻撃。しかし、やや破壊力に欠ける。

 風は時に荒々しく、時に静かに吹く疾風の太刀で、怒涛の連続攻撃が可能。

 土は鉄壁の守りと最も応用力の利く万能型で、使用者次第でどの属性よりも圧倒的な力を発揮する。

 そして、雷は貫通力に優れた破壊力と目にも止まらぬ光速の一撃。ただし、連続して放つ事が出来ず、タメが必要な最も扱い難い属性でもある。

 アオがこの扱い難い属性を得意とするのは、元々彼自身に雷属性の才能と特性があったからだ。

 刃に迸る雷をやや抑え、アオは深く息を吐いた。全てを込めた一撃を放つ為に意識を集中していた。

 跪くケルベロスは、膝を震わせ立ち上がる。右拳の出血は酷く、焼け爛れた皮膚が痛々しく、力を入れようとすると激痛が走った。

 震える右手を半開きにし、ケルベロスは荒く呼吸を繰り返す。視線の先に土煙に包まれたバルバスを捉えていた。

 左拳に蒼い炎を灯したケルベロスは、震える膝を折り重心を落とす。

 自らの血で顔面を赤く染めるバルバスは、喉の奥から熱気のある息を吐き出した。おぞましい声が響き、ケルベロスとアオは背筋を凍らせる。

 舞う土煙を裂く様にバルバスは大剣を横一線に振り抜く。その風で土煙は吹き飛び、ケルベロスとアオの視界にハッキリとバルバスの姿が映った。

 それが、合図だったのか、ケルベロスとアオが地を蹴る。だが、二人よりも先にバルバスが跳躍し、その影が二人の姿を覆う。


「なっ!」

「ちっ!」


 アオが驚き声をあげ、ケルベロスが小さく舌打ちした。

 赤いマントが大きく広がり、二人には一層バルバスの体が大きく映る。だが、バルバスが跳躍したのは、二人にとって好都合だった。空中では避ける事など出来ないからだ。

 身を低くし、アオは右足を踏み込んだ。青雷の迸る刃が激しく発光し、その切っ先が地面へと触れる。


「雷鳴剣!」


 アオが叫ぶと、雷鳴が轟き閃光が辺りを包み込んだ。一瞬にして地を割き、振り上げられたアオの剣から放たれる雷撃。それが、バルバスの体を貫いて天へと昇った。

 だが、バルバスは皮膚を焦がしただけで殆ど無傷だった。覇気の無いバルバスの瞳が、剣を振り上げたアオを見据える。無傷のバルバスにアオは表情を歪め、目を細める。すると、バルバスは右手に持った剣を振り上げ、口を開く。


「一刀――」

「蒼炎拳!」


 バルバスよりも早く、ケルベロスが左拳を突き出す。そして、拳から放たれた蒼い炎が、真横からバルバスの体を叩いた。

 激しく蒼い炎は燃え上がり、バルバスは衝撃にバランスを崩し右肩から地上へと落下した。赤いマントが燃え上がり、灰となる。だが、ゆっくりと起き上がったバルバスにはやはり傷はなかった。

 表情を歪めるケルベロスだが、そんな中でアオだけが訝しげな表情を浮かべていた。


(幾ら鋼の様な肉体だって言っても、これはおかしいだろ……。アレだけの攻撃を受けて無傷など、ありえない。

 そもそも、バルバスは人間だ。幾ら鍛え上げられた鋼の肉体でも刃を弾くなんて……)


 一瞬でそこまで考えたアオは、それと同時に一つの答えに辿り着いた。


「ケルベロス! 下がるぞ!」

「下がってどうするんだ!」

「いいから下がれ!」


 怒声を響かせるアオに、ケルベロスは渋々従い下がった。

 ケルベロスの右拳から滴れた血が地面へと点々と血痕を残し、土へと染み込んでいく。

 乾いた風が僅かに流れる。距離を取ったケルベロスとアオは、呼吸を乱し肩を揺らす。精神的に大分消耗していた。それ程、神経をすり減らしていたのだ。

 深く息を吐くケルベロスは、黒髪を揺らし鋭い眼差しをアオへと向けた。何故、下がらせたのかを問おうとするその眼差しに、アオは黒の短髪を左手で掻き揚げる。そして、乱れる呼吸を整える様に静かに息を吐いた。


「おかしいと思わないか? あの男の頑丈さ」

「そりゃ……」


 アオの言葉に不満そうにケルベロスがそう言う。すると、アオは真剣な顔でバルバスを見据え、不適に笑みを浮かべる。


「カラクリがあんのさ。あの頑丈な体には」

「カラクリ? ……まさか!」


 アオの言葉でケルベロスも同じ答えへと行き着く。そして、眉間にシワを寄せ、唇を噛み締めた。まさか、こんな簡単な事に気付かないで無駄に魔力を消耗していたなんて、と思い、ケルベロスは怒りを覚える。

 そんなケルベロスの拳に力が篭り、僅かに震えていた。怒りを滲ませるケルベロスに対し、アオは落ち着いた口調で静かに告げる。


「落ち着け。アレが肉体強化だと分かったんだ」

「だが、のんびりしているわけにもいかんだろ! クロトは魔力を練っているんだ!」


 ケルベロスが怒鳴ると、アオは静かに鼻から息を吐き口元に笑みを浮かべる。その笑みにケルベロスはイラッとし、目を細めた。

 くくくっと笑うアオは、ケルベロスを横目で見据える。そして、自信満々の態度で口を開く。


「俺に任せろ」

「…………こんなにも不安にさせるのは、何故だろうな」


 ケルベロスがジト目を向けて深くため息を吐いた。

 だが、その瞬間、アオの体を青白い光が包み込む。一瞬、目の錯覚かと、ケルベロスは我が目を疑うが、それは紛れも無くアオの体が発光していた。


「何をした?」


 ケルベロスが訝しげな表情で静かに尋ねる。すると、アオは白い歯を見せ笑った。その笑みに何処か余裕の様なモノが見え、ケルベロスは一層不思議そうな表情を浮かべた。

 青白く輝くアオの体の周りで僅かな稲妻が弾け、短い髪はゆっくりと逆立つ。


「雷火。俺の使える唯一の肉体強化の術だ」

「雷火? 待て、肉体強化は精神力で行うモノだ。その名だと明らかに魔力の属性変化が加わっているじゃないか」

「ああ。これは、俺のオリジナルだ。精神力で肉体の内面を強化し、更に雷属性の魔力で神経伝達力を強化する。

 もちろん、高いリスクが伴うが、五分以内であれば、問題は無い」


 アオがそう説明する。体を覆う稲妻が先程よりも強く輝き弾けていた。その様子に驚愕するケルベロスはただ息を呑んだ。

 アオのオリジナルの術、雷火は、恐らくアオ以外誰も使用する事は出来ないだろう。それは、精神力と魔力を完璧にコントロールしなければならない。それに、魔族と違い人間は魔力を使うのに、二倍、三倍の精神力を消費する為、膨大な精神力も必要になるのだ。

 乱れていた呼吸も整い、アオの表情は引き締まる。握り締めた剣を静かに構え、やや腰を落とし重心を下げると、その視線を起き上がるバルバスへと向けた。


「俺は必ず隙を作る。クロトのサポートを任せるぞ」


 アオがそう告げ、ケルベロスの返答を聞く前に地を蹴る。と、同時にケルベロスはアオの姿を見失う。それ程の眩い閃光が辺りを包んだのだ。

 それにやや遅れ地面が砕ける音が雷鳴の如く轟いた。そして、アオは空から降り注ぐ稲妻の如く地を駆け、閃光が瞬く一瞬の後にバルバスの体を斬りつけ、その後方へと姿を見せた。

 誰もがその目を疑う。何が起こったのか分からず、ただバルバスの鋼の肉体に赤い線が斜めに刻み込まれているのだけが分かった。


「ここから五分。もう、お前は俺の動きを捉えられない」


 バルバスの背後でそう告げたアオがまた地を蹴る。稲光の様に閃光が輝き、雷鳴の如く轟く足音。そして、雷の如く大気を裂き、アオの剣がまたバルバスの体を斬りつけた。

 この光景にケルベロスは理解する。アオがどうして“青雷”と言う異名を持つのかと、言う理由を。

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