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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
バレリア大陸編
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第101話 暴君バルバス

 歓喜の声がこだまする。

 暴君と言うべき存在だった国王バルバスの死に、その場に居た兵と言う兵が声をあげ、喜びを分かち合う。

 抱き合う者達、握手を交わす者達、泣き崩れ嗚咽を吐く者達。皆が皆、様々な形で喜びを表現していた。本当に解放されたのだと、暴君バルバスは死んだのだと、皆が実感し心の底から出た感情だった。ようやく、恐怖から解放されたのだ。自由なのだと皆は思っていた。

 だが、次の瞬間、その場は凍りつく。嗚咽を吐き、泣いていた者達の顔は驚愕に歪み、抱き合う者も、握手を交わす者も、皆目を見開き、瞳孔だけを広げていた。


「ふふふっ……残念。本当の恐怖はここからだよ」


 漆黒のローブをまとう男がそう呟く。

 皆の目の前には信じられない光景が映っていた。確かに頭を撃ち抜かれたはずのバルバスが、そこには立っていた。額にはくっきりと銃創を残して。

 そこから、顔へと血は流れ、深いシワを伝い、ボトボトと地面に落ちた。閉じられていたその瞼は、ゆっくりと見開かれ、白ヒゲは赤く染まる。

 殺気がその一帯を包み込み、皆の恐怖心を一気に呼び覚ます。自然と体が震え、兵士達は顎を震わせ歯がカタカタとぶつかり合った。

 アオも、遠い昔、奴隷だった時の事を思い出し、瞳孔を広げその場に蹲る。それ程、バルバスの放つ殺気は恐ろしいモノだった。


「貴様! 何をした!」


 重々しい重圧の中で、ケルベロスがそう声をあげる。険しい表情を浮かべ、僅かに震える膝に力を込めるケルベロスに、漆黒のローブをまとう男は静かに顔を向ける。フードの奥に見える口が緩み、白い歯を見せた。


「解放したのさ。彼の中に潜む闇を」

「闇? 一体、何の事だ!」


 ライが腰にぶら下げたナイフに手を伸ばし叫ぶ。すると、男は静かに肩を揺らす。


「憎悪さ。この男がこの世界に抱く憎悪。それを解放した。今のコイツは全盛期の頃よりも強い。

 さぁ、貴様らでコイツを止められるかな? ふふふっ。まぁ、無理だろうけど」


 男が言い終えると同時に、ライは腰にぶら下げたナイフを逆手で抜き、そのまま投げる。一直線に漆黒のローブをまとう男へとナイフは飛ぶ。だが、そのナイフは叩き落される。バルバスの右手に握られた剣によって。

 澄んだ金属音を奏で、火花を散らせナイフは地面へと刺さった。


「くっ!」


 表情を歪めるライは、その視線をバルバスへと向ける。バルバスの瞳に覇気は無く、色あせていた。やはり、額を撃ち抜かれ一度死んだと言うのは間違いない様だった。

 拳へと蒼い炎を灯すケルベロスは、奥歯を噛み締め横目でライを見据える。


「ライ。お前、この宮殿の構造は知っているか?」

「まぁ、元々ハンターだから、おおよその分析は出来ている。だが、精確ではない」

「いや。出口が分かっていればいい。どうだ?」


 ケルベロスの言葉に、ライは薄らと口元へ笑みを浮かべた。ケルベロスが何を言おうとしたのか、理解したのだ。


「じゃあ、こっちは任せるぞ?」


 小さく頷きそう呟いたライに、ケルベロスは「任せた」と呟き、視線をバルバスへと向けた。

 その言葉を聞き、ライは走り出す。出口を目指して。クロトは不思議そうに走り出したライの背を見据える。すると、ケルベロスが静かにクロトへと告げる。


「安心しろ。ここに居る連中を逃がすだけだ」

「あ、ああ……そうなのか」


 ライを気にしながらも、クロトはケルベロスへと目を向けた。そして、その手に錆びれた剣を転送し、ゆっくりと構える。

 静かに流れる風が、足元に土煙を巻き上げた。漂う殺気に、クロトとケルベロスは息を呑み、やがて僅かに脚を動かす。

 漆黒のローブを纏った男は、不適に笑うと、銃口をクロトの方へと向けた。


「怪我の完治していないキミ達で何が出来るかな?」


 そう告げ、男は姿を消す。同時にその気配は完全に消え、クロトの右目にもバルバスの黒いオーラしか映っていなかった。だが、その黒いオーラは今まで以上に強く激しく周囲へと広がっていた。

 静かに息を吐くクロトはその手に握った錆びれた剣へと魔力を注ぐ。錆びれた刃は美しい輝きを放ち、鍔、柄も美しく様変わりする。美しいその剣を片手に、クロトはゆっくりと重心を落とす。遅れてケルベロスもその重心を低くし、眉間にシワを寄せた。

 ぎこちなく体を動かすバルバスが、その剣を大きく振り上げる。それと、同時にその場にライの声が轟く。


「死にたくないなら、逃げろ! この宮殿の出入口の鍵はすでに壊してある!

 すでに宮殿内部の人には状況を知らせてある。あとは、ここに居る奴だけだ!」


 ライの言葉に、震えていた兵達は我に返る。そして、我先にと大慌てで出入口へと駆け出す。その波に逆らい、ライはクロトとケルベロスの方へと走り出した。

 息を呑むケルベロスは、斜め後ろに居るクロトへと視線を向ける。


「俺が突っ込む。お前は援護しろ」

「分かった……」


 クロトは頷き、ベルを構えなおす。が、そこで気付く。援護しろと言われても自分には遠距離から攻撃するだけの術が無いと。だから、すぐにケルベロスへと視線を戻した。しかし、その時にはすでにケルベロスは走り出していた。


「うえっ! ちょ! ケルベロス!」


 慌てた声をあげ、クロトも走り出す。

 バルバスは、ケルベロスの動き出しを見て右足を踏み出した。その動きにケルベロスは眉間にシワを寄せる。そして、その視線はバルバスの右手に握られた剣へと向く。一瞬の判断ミスが命取りとなる。だからこそ、ケルベロスは感覚を研ぎ澄ます。

 しかし、そんなケルベロスの感覚すらも狂わせる様に、バルバスの右腕が振り下ろされる。まだ、その間合いには入っていないはずなのに――と、ケルベロスは訝しげな表情を浮かべる。

 だが、その瞬間、ケルベロスは我が目を疑い、そのまま後方へと跳躍した。大きな衝撃と共に、その刃が地面を砕く。激しく舞う土煙と砕石に、ケルベロスは足を滑らせ、勢いをとめるとすぐに顔を上げる。

 広がる衝撃がケルベロスの黒髪を揺らし、その拳に纏った蒼い炎は火の粉をあげた。突然のケルベロスの行動にクロトは動きを止め、ケルベロスの方に顔を向ける。


「ど、どうしたんだ? 今、全然当たる距離じゃなかったけど……」


 ケルベロスが飛び退く瞬間を、クロトは後ろから見ていた。間違いなくバルバスの剣はケルベロスには届いておらず、後ろに下がる必要などなかった。

 もちろん、ケルベロスも頭では分かっていた。だが、考えていたのと実際に目の当たりにするのとでは違う。あの剣は明らかにケルベロスに届いているの様に感じたのだ。まさにバルバスの殺気による錯覚だった。

 息を切らせるケルベロスは、ゆっくりと立ち上がる。


「だ、大丈夫だ……それより、気をつけろ……」

「あ、ああ……」


 額に汗を滲ませるケルベロスに、クロトは違和感を感じていた。まだ、互いにぶつかり合ってもいないのに、ケルベロスが大分消耗している様に見えたのだ。

 何故、そんなに消耗したのかクロトには分からない。だが、このバルバスと言う男はそれ程危険な相手なのだと理解する。

 地面を砕いた剣が静かに持ち上がり、バルバスの視線はクロトへと向く。その眼差しにクロトは思わず身構える。クロトも対峙して初めて感じるバルバスの闘気に、足はすくんだ。


(大丈夫か? クロト)


 萎縮するクロトにいち早く気付いたベルが、脳内へと声を掛ける。その声にクロトは引きつった笑みを浮かべた。


「いや……多分、ヤバイかもしれない……」


 震える膝へと力を込め、クロトは深く息を吐く。

 そして、同じ言葉を頭の中で繰り返す。


(俺は帰るんだ……皆の下へ、元の世界へ……こんな所で死ぬわけにはいかないんだ……)


 強く願い、想う。すると、自然と膝の震えはおさまり、心が落ち着いた。

 真っ直ぐにバルバスを見据え、クロトは走り出す。自分に出来るのは、結局突っ込む事だけだからと。ベルの刃に赤黒い炎を灯し、クロトは踏み込む。それと同時に、バルバスも振りかぶった大剣を垂直に振り下ろす。

 クロトもケルベロス同様に感じる。その剣が妙にでかく。そして、真っ二つにされると、直感する。だが、それでもクロトは奥歯を噛み、振り下ろされる大剣を迎え撃つ様に魔剣ベルを下から振り抜く。力負けしない様に両手で握り締めたベルの切っ先が地面を裂き、土煙を舞い上げる。

 やがて、二つの刃は直撃し、激しい衝撃が重々しい金属音と共に広がった。土埃が二人の姿を覆い隠す。

 クロトは無事なのかと、ケルベロスは目を凝らす。深い茶色の霧は緩やかな風で消え、やがて、二つの影を生み出した。一つは大柄なバルバスの、もう一つは標準型のクロトの。両者共に、剣を交えたまま、動きを止めていた。


「ぐっ……」


 力は圧倒的にバルバスに分があった。しかも、剣を振り下ろした為、落ちる力も加わり、その威力は倍以上になっていた。それでも、クロトは――いや、魔剣ベルはその衝撃に耐え、美しい刃を煌かせていた。

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