第10話 黒き破壊者
広大な海にポツリと浮かんだ木造の船。
その傍らには大口を開き横たわりながら浮かぶ巨大な魚の姿あった。風穴の開いた額から大量の血を海へと広げ、その血の臭いに誘われ、沢山の肉食魚類が集まっていた。
魚と言うには大きすぎるその生物に、ようやく船の上へと戻る事を許されたクロトは甲板に横たわり空を仰ぐ。大きく胸を上下に揺らしながら呼吸を繰り返すクロトに、セラは歩み寄る。
「大丈夫?」
「あ、あぁ……」
弱々しくそう返答する。濡れた服が体にピッタリと引っ付き気持ち悪かったが、あまりの疲労に横たわったまま動く事が出来なかった。
眉間にシワを寄せ、舵を握るケルベロスは、横たわるクロトを睨む。クロトが出した黒い雷。あんな物を見るのは、ケルベロスも初めてだった。アレが何だったのか、何故あんな物をコイツが使えるのか、そう言う疑問が脳内を巡っていた。
「ほら、確りしてよね」
セラがタオルを差し出す。それを受け取ったクロトは、ゆっくりと体を起こし右手で頭を抑えた。少しだけ、頭がズキッズキッと痛んだ。
「悪い。それより、さっきのアレって……」
自分が出した黒い雷について聞こうとしたが、セラも腕を組み、
「何だったのかな? 私もあんなの見るの初めてだよ。お父さんもあんなの使った事無いし……」
と、不思議そうな顔で言うので聞くのをやめた。自らの拳を見据えるクロトは、不安になる。この世界の人が知らない力に。それでも、この力が無ければ、今頃あの巨大な魚の腹の中だと言う事を考えると、少しだけ安心した。
肩の力を抜き、やっと一息ついたクロトは、壁に寄りかかりながら濡れた髪をタオルで拭く。長い時間海に入っていたので、大分体が重く感じていた。瞼を閉じれば、すぐに眠りに就いてしまいそうだったが、それを堪えながら手すりを掴むと立ち上がり、ケルベロスの方へと目を向けた。
コイツにだけは聞きたくない。そう思いながらも、自分の身に起きている事を把握しなければならないと、思い仕方なく問う。
「なぁ、あんたは知らないか? さっきの黒い雷について?」
「…………」
返答は無い。相変わらずの態度に、クロトも不機嫌そうな表情を浮かべる。こう言う態度を取るだろうと、予測はしていたが、あからさまなその態度に、少しだけカチンときた。
そんなクロトの感情を悟ったのか、セラは苦笑しながら、変わりにケルベロスに尋ねる。
「ねぇ、ケルベロス。何か知らない? さっきの雷について」
「俺も、初めて見るので。分かりません」
「だって」
「ったく、何だよあいつは」
苦笑するセラに、クロトは仏頂面を見せた。
濡れた服を着替えたクロトは、動き出した船の揺れに耐えられず、部屋でダウンしていた。乗り物は元々苦手だったが、海は陽が暮れ始めると荒れ出し、大きく揺られていた。この揺れに、流石のセラもぐったりとし、唯一舵を握るケルベロスだけが平然としていた。
「全く。この程度の揺れで、ダウンとは……」
「ううっ……ケルベロスはどうして平気なのよぉ」
「俺はこれでも何度かあの島から出ているので、慣れているんです」
丁寧だが、何処か棘のある言葉に、セラはソファーに横たわり「結局慣れじゃん」と、呟き右腕で顔を覆った。相当気分が優れなかったのだ。横たわるクロトとセラに、聞こえる程の大きなため息を吐いたケルベロスは、荒れ狂う中で進路をジッと見据え舵を切っていた。
深い森林にそびえるピラミッド型の建造物。
その壁の所々にコケや植物のツタがへばり付いた、古ぼけた建造物の奥深くに玉座は在った。光も届かぬ闇の中で、薄らと一つの影が動いた。僅かな風でさえも揺れる金色の美しいタテガミを揺らしながら、その巨体がゆっくりと動き、玉座の肘掛に右肘が置かれた。
周囲には何の気配も無いが、彼は静かに閉じられた瞼を開くと、眉間にシワを寄せしゃがれた声で問う。
「何の用だ。こんな時間に」
静かで穏やかな口調とは裏腹に、好戦的な態度を見せるその男に、柱から姿を見せたのはデュバルだった。ニコヤカに右手を上げながら、歩み寄るデュバルを、鋭い視線で睨み付ける男は威嚇する様に喉を鳴らした。
「相変わらずだな。ロゼ」
デュバルが苦笑すると、ロゼと呼ばれた男は静かに玉座から立ち上がる。数段程、立ち位置が違うだけだが、ロゼの体格はデュバルの数倍の大きさに映る。それほどまで威圧感、威厳が漂っていた。
対照的な両者だが、これでも魔王としての格はデュバルの方が上だ。その為、こうして城に侵入したデュバルに対して、ロゼは全く手を出す事は無かった。
「貴様こそ、相変わらず突然現れるな。今日は何の用だ? 貴様が来るとロクな事が無い」
腕を組みデュバルを見下ろす。そんなロゼを見上げながら、デュバルは笑みを浮かべると、
「今日来たのは、娘の事でな」
「何だ? ようやく、ワシに嫁入りさせる気に――」
「ふざけんな。ぶっ飛ばすぞ」
笑顔ながらも威圧感たっぷりにそう言い放つと、ロゼも静かに口元に笑みを浮かべた。
「何だ? ワシはいつでも嫁に貰うぞ?」
「はっ! お前は、私を父上って呼べるのか? 気色悪い」
「…………確かにそうだな」
デュバルの最もな意見に、ロゼも頷いた。
そして、デュバルは話を本題へと戻す。
「黒き破壊者が現れた」
「黒き破壊者……。そうか。ならば、白き英雄も?」
「ああ。確証は無いが……」
「また、戦争になるやもしれんな」
俯き眉をひそめたロゼに、いつに無く真剣な表情を浮かべデュバルは告げる。
「あの時の比では無い程の被害が出るだろう。奴等も、この時を待っていただろうからな」
「そうか。貴様の所も……」
「対抗する手段はある。その為に、私の娘が島を出た」
「…………貴様の事だ、悪い予感しか思い浮かばんな」
「ああ。もしもの時は娘を頼む」
深々と頭を下げたデュバルを制する様に、ロゼは右手を向ける。
「やめろ。覇王と呼ばれる貴様らしくもない。それに、ワシと貴様は仲だ。何かあれば、ワシが出向く」
「出向くって、お前は自分の城を守れよ。人の心配してる場合じゃないだろ」
「その口ぶりだと、まさか!」
ロゼの言葉にデュバルは頷き、
「白き英雄はこの大陸に居る」
「貴様……こんな所に、娘を送って来るとは、バカなのか!」
「私に言うな! 進路を決めたのは私ではなく、娘の方なんだから」
「はぁ……。そうだった。アイツの娘でもあったな……」
右手で頭を抱え、首を振るロゼに、デュバルは苦笑し、
「悪いな。アイツの血の方が濃いみたいでな」
「仕方あるまい。アイツには借りがある。貴様の娘はワシが全力で守り抜く」
「ああ。それから――」
デュバルはロゼに何かを告げ、姿を消した。
そのデュバルの言葉に、ロゼは暫し呆然と立ち尽くしていたが、意図を理解した時、彼は静かに笑った。誰にも知られる事無く、静かに玉座の前で。
暫く、『ゲート~黒き真実~』の更新が滞ると思います。
いや、まぁ、いつも滞っているんですが、クライマックスが近い『クロスワールド』の方を中心的に更新していきたいと思っているしだいです。
申し訳ありません。