第1話 登録
その日、黒兎裕也は、授業をサボり、屋上で昼寝をしていた。
別に、授業が嫌いと言うわけではなく、今日はたまたま調子が悪かっただけ。
この頃、学校に着けば腹痛を起こし、保健室に通うと言う事の繰り返しだったが、流石に何日も続けば、保険医が心配するので、それを避ける為に屋上に来ていた。
別に病気と言うわけでもなく、精神的なモノの為、休んでいればすぐに痛みも引く。
「ふぅ……痛みも大分楽になったか……」
起き上がり、そんな事を呟き、空を見上げる。
「今日も青天か」
雲一つ無い――と、言えば嘘になるが、それ位今日は晴れていた。緩やかに流れる小さな雲が時折太陽を隠すが、それでも日差しは強く照り付けている。
ぼんやりと空を見上げていると、非常口のドアが開き、一人の女子生徒が入ってきた。黒髪に真っ赤なカチューシャをしたその女子生徒は、周囲を見回し、
「全く、黒兎の奴、何処行ったんだ?」
独り言の様に呟く女子生徒を、給水タンクの下から覗く。
「ヤベェ……なんで、白雪の奴が……俺を探してるんだよ?」
隠れる様に身を屈め、ブツクサと呟く裕也はゆっくりと、その場を移動する。
「黒兎の奴、ここに居るって情報があったんだけど……」
彼女は白雪冬華。裕也とは向かいに住んでおり、いわゆる幼馴染と言う関係に当たる。ただ、裕也も冬華も互いにあんまり干渉しない為、幼馴染と言ってもそこまで仲が良いと言うわけでもなかった。顔を合わせれば挨拶をする。その位の関係だ。親同士は仲が良いが、裕也にとって彼女は苦手なタイプの人間だった。
「おーい! 黒兎! 居るんだろ! 十秒待ってやるから、出てこーい! いーち……にーい……」
数を数えだす冬華。身の危険を感じる裕也は、今の状況を打破する為に策を張り巡らせる。
「……ろーく……なーな……」
その間も、刻々と刻まれるタイムリミット。
腕を組み、必死に考え込む裕也だが、結局策は浮かばず、渋々冬華の前に姿を見せた。が、その時丁度冬華の口から「じゅうっ!」と、告げられ、同時に二人の視線が合う。
「時間切れ」
言葉の後ろに音符でも付くんじゃないかと言う程、笑みを浮かべる冬華に、表情を引き攣らせる裕也。ゆっくりと裕也に近付く冬華は、拳を握り締めると、
「随分探しちゃった。今まで、一体何処に行ってたのかなぁ?」
「何処って……ちょっと腹が痛くて……」
「だったら、保健室に居ようよ。私、凄く走り回っちゃったよ?」
笑顔の威圧と言うのはこの事を言うのだろう。目の奥が笑っていない冬華に、ニコッと無理矢理笑みを浮かべ右手を上げ、
「それで、俺に何の用?」
と、さり気無く尋ねると、思い出した様に冬華は声をあげる
「そ、そうだった! あんた、今日日直でしょ! ちょっと、来なさいよ! 準備するモノがあるんだから!」
「日直? ……そう言えば、そうだったような……で、何で、白雪が?」
「私も、日直だからよ」
怒りのこもった声の冬華が拳を振るわせているのを見て、苦笑した裕也は「そうだったの……」と、小さく呟いた。
「全く……ほら、パソコン室行くわよ」
「パソコン室? 何で? 今日、パソコンを使う授業は無いはずだろ?」
今日の時間割を思い出し、不思議そうな顔をする裕也に対し、冬華も眉間にシワを寄せ、
「知らないわよ。熊谷が使うって言ってたんだから、熊谷に聞きなさいよ」
「先生を呼び捨てにしていいのか?」
「いいのよ。私、アイツの事嫌いだから!」
腕を組みソッポを向く冬華に、裕也は苦笑する。
熊谷とは、二人の担任の先生で、歳は四十ちょっと過ぎの小太りの男性教諭だ。冬華がどうして、そこまで熊谷を邪険にするのかは知らないが、裕也もどちらかと言えば熊谷を嫌っていた。
「しょうが無い……何かと文句を言われる前に、準備しておくか……」
「全くね。はい。鍵」
冬華が裕也にパソコン室の鍵を手渡し、それを何気なく受け取った裕也は、不意に小首をかしげ、
「……鍵を渡して、お前はどうする気だ?」
「もちろん、教室に――」
「おい。俺に、全部させる気か」
「そ、そんなわけ無いじゃない! と、トイレよ。トイレ」
疑いの目を向ける裕也に冬華はそう告げ、一人足早に屋上を立ち去った。
あとに残された裕也は小さくため息を吐くと、「行くか」と、屋上を後にした。
第三校舎の三階奥のパソコン室の鍵を開けると、暗がりに一台だけ起動したモニターを発見した。
「ったく、何処のクラスだ? ちゃんとシャットダウンしろよな……」
部屋の電気をつけ、起動したパソコンの前へと移動した。モニターには『ワールドオブレジェンド』と、デカデカとトップで映っていた。
ネットゲームの類なのだろう。裕也もこの手のネットゲームな何度か挑戦した事があるが、挫折した。基本的にこの手のゲームはお金をかけなければ強くなれないからだ。
「誰かが、ここでネットゲームしてたんだなぁ……。全く、何考えてんだよ……」
モニター前の椅子に腰を下ろし高さを調節する。プシューと音を立て、裕也の体がスッと落ちる。別に背が低いわけでは無いが、パソコン室の椅子に座ると、ついつい一番下まで下げてしまうのだった。
何度か、椅子で遊んだ後、モニターに向き直った裕也は、マウスを握り画面をスクロールする。
「エーッと、どんなゲームなんだ?」
モニターにかかれた登録無料と言う言葉に、思わず好奇心が生まれた。元々ゲームは好きな為、無料なら少し位やってみたいと、思ったのだ。
ゲームのストーリーを軽く読み、システムとゲームの流れを読む。
特にややこしい設定とかは無く、勇者率いる人間軍と魔王率いる魔族に分かれて戦うシンプルなアクションゲームの様だった。
部屋のホワイトボードの上に立て掛けられた時計に目を向け、まだ時間に余裕がある事を確認した裕也は、そのままゲームスタートのボタンをクリックした。
ゲームが起動し、タイトルとパスワード入力画面が映る。
「えっと、俺は新規登録と……」
新規登録のボタンをクリックすると、キャラ作成画面へと移動する。
「んじゃ、ユーザーネームはクロトで、いいだろ。性別は男! 背丈は標準かな? 戦闘タイプか。とりあえず、接近戦タイプでいいかな。髪型は――目は――口は――」
と、慣れた手つきでキャラを作成する。
そして、最後に二つの選択肢が映し出される。勇者率いる人間軍か、魔王率いる魔族かだ。
暫くその画面を見たまま、裕也は悩み、結果魔族を選択した。理由は簡単だ。好奇心だ。ネットゲームは幾つもやって来たが、モンスター側になって勇者と戦ってみたいと、思った。
「よし。これでオッケー! 登録完了!」
登録完了のボタンをクリックすると同時に、突如モニターが強い光を放った。
「うわっ! な、何だ!」
『登録完了しました。これより、ゲートを開きます』
「げ、ゲートって!」
驚きの声をあげると、突如モニターに丸い穴が開いた。真っ暗で奥が全く見えないその空間に、思わずたじろぐ裕也が、その場を離れようとした瞬間、その穴が勢いよく裕也の体を吸い込み空間を閉じた。
そして、部屋には静けさとモニターのついたパソコンだけが残された。