奏でる楽譜どおりに。
ちょいと首をかしてもらおう。
時が過ぎて。
春。目覚めの季節。
高校の部活。新入部員。
私は、私は、楽器を買った。
部活で必要だから。有り金はたいて。
ヴァイオリン。
ぎこぎこ音がする。
私のヴァイオリン。
物語の始まる、のこぎりの音。
楽器はおいしい。
私は楽器が好きだ。
空腹を私は楽器で満たす。
嘘だ。
昼休み、憧れの先輩と、音楽室で練習。
先輩は早弁。私は空腹。
先輩の空気を感じられればいい。
私はそれだけで、おなかいっぱいになるから。
「せんぱい、どうですか?」
「うむ。なかなかだね。」
私の音楽はめきめきと上達していった。
「おんがくはすきです。」
「僕もだよ。これほどに素晴らしいものを、僕はほかに知らないだらう。」
彼は、先輩は音楽が好きだ。
私は先輩と同じ楽器を買った。
先輩の楽器が憎かったのだ。先輩を知らない私よりも先輩を知っている。
ヴァイオリンの音は女の声。私を愚弄するかのような、かなきりごえ。
私は大嫌いなその楽器の魂柱を、こっそりと捨ててしまった・。
彼は気付かない。
魂の抜かれたその身体で奏でる、陳腐な、失恋した女の叫びを、彼は何も想わずに聞いている。
「どうしたんだい?」
「いいえ、すこしおもいだしてしまいました。」
くすくすくす。
「いったいどうしたんだい、きみらしくないなあ。」
思わず笑ってしまう。
君らしくないと言われた。すこし、心が痛む。
「わたしらしくないですか?」
ふりをする。
「いいや、きのせいだらう。きみはきみだ。」
先輩に頭を下げる。先輩は私の頭をなでる。
「きみはかわいい。」
先輩が。うれしい。
「ずっと、こうしていたい。」
わたしもですよ。
「しかし、そうながくはつづかない。」
なぜ?
「僕は、受験生だ。もうすぐ。7月からは、新しいレッスンを受けに行かないといけない。」
私は?
「君はもう十分にいいだらう。潮時というものだ。」
「わたしをおいていってしまうのですか?」
いいや。
「そういうことになるだらう。君には部を率いてもらいたい。将来的に。」
「わたしはせんぱいのことがすきなのです」
「薄々は感づいていたよ。」
しかし、
「しかし、僕には音楽が聞こえるんだ。だからもうすこし、僕を信じて待つていてくれないか?」
「はい。よろこんで。」
「勝手で済まない。僕はいずれ戻ってくる。」
先輩は楽器を抱えて部屋を後にする。
先輩は気付かなかった。弓を私が持っていることに。
慌てて戻ってくる。
「おっといけない。忘れ物をしてしまつた。」
先輩は戻ってきた。
ふふふ。
なんだって。思いどおりね。
なにが起こっても、それは私の掌の上で踊る、フィドル。
あなたは、私と協奏曲を奏で続けるのよ。
その日私は、私の5番目の指を、魂込めて、ぎいこぎこ。
魂柱は、私の真心込めた、きっと、素晴らしい音を奏でます。
先輩の大好きな、甘く切ない、時に攻撃的な、ストリングスの音。
楽器にはコンピューターがついている。
音を機械的により分ける機械。
私の一部は機械で、機械の中に組み込まれて、よい機械になるだろう。
メカではなく人体の一部、そして動物の一部が使われるようになった現在。
音楽。music of my heart.
感想を頂けたら嬉しいかもしれんないです。
ありがとう。