海の宝石
ここまで読んでいただきありがとうございます。
正直に言うと、まだ感想が来ていなくて、手応えがあまり掴めていません。
自分でも、説明や感情の描写がうまくできていない気がしていて、読みにくくなっていないか少し不安があります。
キャラクターも、まだ完全に固まっているとは言えず、書きながら探っている状態です。
その分、話ごとに少しずつ輪郭がはっきりしていく形になると思います。
もし読んでいて気になる点やわかりにくいところがあれば、教えてもらえると助かります。
短い一言でも大丈夫です。
引き続き、よろしくお願いします。
海まで送り届けることになった。
水槽車をノアが押し、私が荷物を持って浜辺へ向かう。朝の霧が薄く残り、海との境界が白く滲んでいた。
「ミィさん、海の近くで生活しているんですか」ノアが水槽車を押しながら聞いた。
「うん。いつもはもっと沖にいるけど」
「沖? 一人でですか」
「なかまがいる」ミィが言った。「でも、あんまり会わない」
「あんまり?」
「みんなずっと沖にいるから」
人魚族は緩やかな群れ構造だと文献にあった。個体間の距離が大きく、めったに接触しないのだろう。ミィが陸に近い場所にいることも、何か理由があるのかもしれない。
砂浜に出ると、波が静かに寄せていた。朝の浜辺には人影がなく、打ち上げられた海草と貝殻が点々と並んでいる。
あの夜、ミィが横たわっていた場所を、私は何となく確認した。
何も残っていなかった。
水槽車を波打ち際まで運ぶ。
「じゃあ、ここで」
ミィが水槽の縁に手をついて、海を見た。
波が来て、引いた。また来て、引いた。
ミィの目が、少し細くなった。
「……うみだ」
小さな声だった。独り言のような声だった。
ノアが水槽の水ごとミィをそっと波打ち際に移した。尾びれが砂に触れた瞬間、歌が漏れた。言葉ではない、音だけの歌。それでも意味があるように思えた。
波が来た。
ミィの体が海水に触れた瞬間、鱗の色が変わった。青銀色が一気に鮮やかになる。灯りの下で見ていたときとはまるで違う。本来の色だったのだろう。
——記録しておきたい。
「先生」ノアが小声で言った。
「わかっています」
メモ帳は出さなかった。
ミィが振り返った。ノアを見て、私を見た。
「ノア」
「はい」ノアが膝をついて目線を合わせた。
「ありがとう」ミィが言った。「ふわふわのこと、さわらせてくれて」
ノアの耳がぴんと立ち、それからゆっくりと下がった。
「どういたしまして」
「またさわっていい?」
「……来るたびに触っていいですよ」
ミィが小さく笑った。初めて見る表情だった。
「ゆーり」
「はい」
「またくる」ミィが言った。「やくそくだから」
「待っています」
ミィが海へ向き直った。尾びれを砂に滑らせながら、ゆっくりと波の中へ入っていく。膝丈まで海水が来たとき、ミィが一度だけ振り返った。
それから、海の中へ消えた。
次の瞬間、水面の下で青銀色の光が走った。
尾びれが朝の光を受けて虹色に弾け、波の揺れとともに遠ざかっていく。鱗が光を屈折させるたびに、色が移ろい、また元へ戻る。
ふと、文献の一文が頭をよぎった。
——人魚族は「海の宝石」と呼ばれることがある。
読んだときは比喩だと思っていた。
確かに、と思った。
綺麗だ。
その光がゆっくりと遠ざかり、霧の中に溶けていった。
波が来て、引いた。また来て、引いた。
ミィの姿はもうなかった。
しかし遠くから、かすかに歌が聞こえた
ノアが立ち上がり、砂を払った。
「……行っちゃいましたね」
「また来ます」
「そうですね」ノアが海を見た。耳がゆっくりと前を向いた。「来てくれるといいですね」
私は何も言わなかった。
来る。約束したから。
それだけで十分だった




