表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

もしもし、こちらもち丸電話交換室

作者: 白黒西瓜
掲載日:2026/02/05

 サバトラのあみちゃん

 初めて飼った猫、一人暮らしの部屋にやってきた。

 ご飯の時も、寝る時も、歯磨きも、着替えも、たまにはトイレも、いつも一緒にいてくれた。

 帰りが遅くなっても、玄関に出迎えてくれた。


 壁紙はボロボロ、カーテンもガリガリにされて、初めのうちは泣きたいくらい途方に暮れたけど、だんだんあみちゃんペースに巻き込まれて、猫なんだから仕方ないって思えた。

 あみちゃんがいることが極々当たり前で、こんな日がずっとずっと続くと思ってた。


 ある日、あみちゃんはご飯を食べなくなった。心配になって病院に行くと、検査結果が良くなくて入院することになった。

 毎日会いに行ったけど、仕事中も寝てる時もずっとずっとあみちゃんが心配で、心と体が押しつぶされそうだった。

 そして、仕事中に電話が鳴った、電話を受けて、急いで動物病院へ向かった。

 病院に着いた時には、あみちゃんはもう虹の橋を渡ってしまった後だった。


 信じられなかった。

 ずっと一緒だと思い込んでいたから。こんな日が来るなんで考えてもいなかったから。

 火葬して小さな骨壷に入ったあみちゃんを家に連れて帰った。

 あの日から、ずっと私の心の真ん中だったり片隅に、あみちゃんへの罪悪感が住んでいる。

 思い出しては、ごめんねと言いながら、一人で泣いた。


 病院で一人で寂しい思いをさせてごめんね。

 もっと早く病気に気づいてあげられなくてごめんね。

 もっといい病院があったかも

 専門の先生を探せば、助かったかも

 もっと遊んであげる時間を作ればよかった

 もっと一緒に出かけて、思い出作ればよかった

 もっと、もっと、何かしてあげられることがあったはず

 ごめんね、ごめんね、ごめんね、、、


 それでも日常はつづく、外では何事もないような顔で仕事をして、友達に会って、楽しく過ごして。

 でも、ふと一人になると、考えちゃう。

 ごめんね、ごめんね、ごめんね、、、

 もう聞き飽きたよね、私のごめんね、、、

 ごめんね。


 そんなある日、ポストに一枚のチラシが。


 もち丸電話交換所

 虹の橋を渡った犬や猫たちと電話をお繋ぎします。

 料金無料(通信費別)

 午後10時から午前6時まで対応

 電話:XXX-XXX-0000

 代表:もち丸


 このアパートがペット可と知って、こんなイタズラするなんて酷すぎる!

 徐々に怒りが込み上げた。

 でも、エントランスに捨てるわけにもいかず、丸めてポケットに押し込んだ。

 部屋に戻って、上着をハンガーに掛けて、コーヒーを淹れた。

 コーヒーを啜りながら、ふとあみちゃんの写真の方に目をやった。

 あみちゃんどう思ってるんだろう?

 一人で寂しい思いをさせたこと、怒ってるかな?

 助けてあげられなかったこと、怒ってるかな?


 あのチラシのことを思い出すと、腹が立った。

 こんな気持ちを悪用して、何がしたいんだ!!


 チラシのことは本当は気になったけど、きっと宗教とか押し売りとかの類だろうと思って、忘れることにした。


 ストレスとか年齢のせいで、一人イライラしたり悲しくなったりする時がある。

 今夜はそんな日らしい、こういう日は諦めて、自分の気持ちと向き合うしかない。

 そして、どうしてもあのチラシが気になってしまった。まだ、あのジャケットのポケットにあったはず。

 広げて読んでみる。

 胡散臭いことこの上ない。

 電話するなんて、アホすぎる。


 そう思って、再び丸めてゴミ箱へ投げ入れた。

 友達からは、あみちゃん幸せだったね。愛されてたね。とか慰めの言葉を言われたけど、そんなのあみに聞かなきゃ本当のことなんかわからない。

 わかってる、側から見たら本当に可愛がってたように見えただろうし、本当にそう思ってくれていることも。

 でも、他の人がどう思うかじゃなくて、あみがどう思うか、それが一番大事なこと。


 でも、もうわからない。

 涙が出る。

 泣いてちゃダメ、あみも悲しむかもしれない。

 やっぱり気になる。もち丸電話交換所。


 チラシを拾い上げ、スマホを片手に電話をする。


「はい、もち丸電話交換所です。お待ちしてました、胡桃沢さん」

 子どものような声が応対した。しかも、私の苗字を知っている。


「あのー、どうして名前を知ってるんですか?」


「わかるんです。ふふふ」


 バカにされている、電話したことを後悔した。

 でも、こちらの情報がばれている。これは警察に連絡したほうがいいな。何らかの形で私の個人情報が漏れて、ターゲットにされたのかも。何があるかわからないご時世だ。


「違いますよ」

 そう言って、電話を切ろうとした。


「あみちゃんにお繋ぎします。三者通話で料金無料、通話費は国内料金です。あ、あみちゃんが入られました。どうぞお話しください。」


「え?」


 あみが電話に出ている?


「あみ?あみ?そこにいるの?」


 返事はない。

 いるわけない。

 バカにされてるだけだ。


「こんな冗談やめてちょうだい。切ります。」


 そう言って、電話を切ろうとした。


「にゃー」


 微かな声が聞こえた。

 猫の鳴き声、あみかどうかなんてわからない。

 もち丸と名乗る子どもが、鳴き真似してるだけかも。でも、電話を切ること出来なかった。


「あみ、あみなの?」


「あみちゃん、電話を切らずに、あなたの声を聞いてるんですね」


「君にはあみが見えるの?」


「僕は電話交換してるだけだから、見えません!」

 楽しげにそう言った。


 わからない、あみが聞いてるのかどうかなんて、そもそもあみと電話が繋がる訳がないのに、でも、あみに気持ちを伝えなきゃ!


「あみ!ごめんね。寂しい思いさせてごめんね。助けてあげられなくてごめんね、、、あみ。ごめんね。」


 返事はない。

 許してなんて言えない。


「それだけですか?」

 もち丸の声がした。


「あみちゃん、悲しんじゃいますよ」

 あくまで、明るい声だ。


 これ以上、あみを悲しませたくない。

 でも、どうしたらいいの?


「僕だったら、他の言葉がいいです」

 他の言葉?


「僕だったら、謝られても困るだけです。許すつもりないですし」

「本当に許して欲しいんですか?」


「え?」

 許して欲しいかって?

 わからない。許されることじゃないんだから、許してなんて思わない。

 許されたところで、取り返しはつかない。そんな許しいらない。

 じゃあ、私はどうして欲しいんだろう?何をしてあげられるのだろう?


「僕は許しません!その代り僕はずっと覚えているでしょう、辛かったこと、楽しかったこと、ずっと、ずっと。あみちゃんがどう思ってるかは知りませんけど」

 明るい声がそう言った。


 覚えてる。

 辛かったことも、

 楽しかったことも、


 私だって、ずっと覚えている。

 辛かったこと、

 楽しかったこと、

 幸せだったこと、

 でも、ほとんどが楽しくて、幸せだった。

 あみとの時間は、宝物だ。

 忘れる訳がない、許す許さないの話じゃない。


「あみ、ありがとう。本当にありがとう...」


 返事はない

 でも、あみが聞いているような気がした。

 気がしただけだけど。


 その後、電話は切れていた。そして、私はただ茫然とした。

 しばらくそうしていたけど、涙を拭って立ち上がった。

 お風呂に入って、寝よう。

 その前に、あみの写真の前で、ちょっとだけおしゃべりしよう。




 その後、もう一度だけあの番号に電話をかけたけど、『この電話は現在使われておりません。お掛けになった番号をお確かめの上~』という自動音声が流れただけだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ