もしもし、こちらもち丸電話交換室
サバトラのあみちゃん
初めて飼った猫、一人暮らしの部屋にやってきた。
ご飯の時も、寝る時も、歯磨きも、着替えも、たまにはトイレも、いつも一緒にいてくれた。
帰りが遅くなっても、玄関に出迎えてくれた。
壁紙はボロボロ、カーテンもガリガリにされて、初めのうちは泣きたいくらい途方に暮れたけど、だんだんあみちゃんペースに巻き込まれて、猫なんだから仕方ないって思えた。
あみちゃんがいることが極々当たり前で、こんな日がずっとずっと続くと思ってた。
ある日、あみちゃんはご飯を食べなくなった。心配になって病院に行くと、検査結果が良くなくて入院することになった。
毎日会いに行ったけど、仕事中も寝てる時もずっとずっとあみちゃんが心配で、心と体が押しつぶされそうだった。
そして、仕事中に電話が鳴った、電話を受けて、急いで動物病院へ向かった。
病院に着いた時には、あみちゃんはもう虹の橋を渡ってしまった後だった。
信じられなかった。
ずっと一緒だと思い込んでいたから。こんな日が来るなんで考えてもいなかったから。
火葬して小さな骨壷に入ったあみちゃんを家に連れて帰った。
あの日から、ずっと私の心の真ん中だったり片隅に、あみちゃんへの罪悪感が住んでいる。
思い出しては、ごめんねと言いながら、一人で泣いた。
病院で一人で寂しい思いをさせてごめんね。
もっと早く病気に気づいてあげられなくてごめんね。
もっといい病院があったかも
専門の先生を探せば、助かったかも
もっと遊んであげる時間を作ればよかった
もっと一緒に出かけて、思い出作ればよかった
もっと、もっと、何かしてあげられることがあったはず
ごめんね、ごめんね、ごめんね、、、
それでも日常はつづく、外では何事もないような顔で仕事をして、友達に会って、楽しく過ごして。
でも、ふと一人になると、考えちゃう。
ごめんね、ごめんね、ごめんね、、、
もう聞き飽きたよね、私のごめんね、、、
ごめんね。
そんなある日、ポストに一枚のチラシが。
もち丸電話交換所
虹の橋を渡った犬や猫たちと電話をお繋ぎします。
料金無料(通信費別)
午後10時から午前6時まで対応
電話:XXX-XXX-0000
代表:もち丸
このアパートがペット可と知って、こんなイタズラするなんて酷すぎる!
徐々に怒りが込み上げた。
でも、エントランスに捨てるわけにもいかず、丸めてポケットに押し込んだ。
部屋に戻って、上着をハンガーに掛けて、コーヒーを淹れた。
コーヒーを啜りながら、ふとあみちゃんの写真の方に目をやった。
あみちゃんどう思ってるんだろう?
一人で寂しい思いをさせたこと、怒ってるかな?
助けてあげられなかったこと、怒ってるかな?
あのチラシのことを思い出すと、腹が立った。
こんな気持ちを悪用して、何がしたいんだ!!
チラシのことは本当は気になったけど、きっと宗教とか押し売りとかの類だろうと思って、忘れることにした。
ストレスとか年齢のせいで、一人イライラしたり悲しくなったりする時がある。
今夜はそんな日らしい、こういう日は諦めて、自分の気持ちと向き合うしかない。
そして、どうしてもあのチラシが気になってしまった。まだ、あのジャケットのポケットにあったはず。
広げて読んでみる。
胡散臭いことこの上ない。
電話するなんて、アホすぎる。
そう思って、再び丸めてゴミ箱へ投げ入れた。
友達からは、あみちゃん幸せだったね。愛されてたね。とか慰めの言葉を言われたけど、そんなのあみに聞かなきゃ本当のことなんかわからない。
わかってる、側から見たら本当に可愛がってたように見えただろうし、本当にそう思ってくれていることも。
でも、他の人がどう思うかじゃなくて、あみがどう思うか、それが一番大事なこと。
でも、もうわからない。
涙が出る。
泣いてちゃダメ、あみも悲しむかもしれない。
やっぱり気になる。もち丸電話交換所。
チラシを拾い上げ、スマホを片手に電話をする。
「はい、もち丸電話交換所です。お待ちしてました、胡桃沢さん」
子どものような声が応対した。しかも、私の苗字を知っている。
「あのー、どうして名前を知ってるんですか?」
「わかるんです。ふふふ」
バカにされている、電話したことを後悔した。
でも、こちらの情報がばれている。これは警察に連絡したほうがいいな。何らかの形で私の個人情報が漏れて、ターゲットにされたのかも。何があるかわからないご時世だ。
「違いますよ」
そう言って、電話を切ろうとした。
「あみちゃんにお繋ぎします。三者通話で料金無料、通話費は国内料金です。あ、あみちゃんが入られました。どうぞお話しください。」
「え?」
あみが電話に出ている?
「あみ?あみ?そこにいるの?」
返事はない。
いるわけない。
バカにされてるだけだ。
「こんな冗談やめてちょうだい。切ります。」
そう言って、電話を切ろうとした。
「にゃー」
微かな声が聞こえた。
猫の鳴き声、あみかどうかなんてわからない。
もち丸と名乗る子どもが、鳴き真似してるだけかも。でも、電話を切ること出来なかった。
「あみ、あみなの?」
「あみちゃん、電話を切らずに、あなたの声を聞いてるんですね」
「君にはあみが見えるの?」
「僕は電話交換してるだけだから、見えません!」
楽しげにそう言った。
わからない、あみが聞いてるのかどうかなんて、そもそもあみと電話が繋がる訳がないのに、でも、あみに気持ちを伝えなきゃ!
「あみ!ごめんね。寂しい思いさせてごめんね。助けてあげられなくてごめんね、、、あみ。ごめんね。」
返事はない。
許してなんて言えない。
「それだけですか?」
もち丸の声がした。
「あみちゃん、悲しんじゃいますよ」
あくまで、明るい声だ。
これ以上、あみを悲しませたくない。
でも、どうしたらいいの?
「僕だったら、他の言葉がいいです」
他の言葉?
「僕だったら、謝られても困るだけです。許すつもりないですし」
「本当に許して欲しいんですか?」
「え?」
許して欲しいかって?
わからない。許されることじゃないんだから、許してなんて思わない。
許されたところで、取り返しはつかない。そんな許しいらない。
じゃあ、私はどうして欲しいんだろう?何をしてあげられるのだろう?
「僕は許しません!その代り僕はずっと覚えているでしょう、辛かったこと、楽しかったこと、ずっと、ずっと。あみちゃんがどう思ってるかは知りませんけど」
明るい声がそう言った。
覚えてる。
辛かったことも、
楽しかったことも、
私だって、ずっと覚えている。
辛かったこと、
楽しかったこと、
幸せだったこと、
でも、ほとんどが楽しくて、幸せだった。
あみとの時間は、宝物だ。
忘れる訳がない、許す許さないの話じゃない。
「あみ、ありがとう。本当にありがとう...」
返事はない
でも、あみが聞いているような気がした。
気がしただけだけど。
その後、電話は切れていた。そして、私はただ茫然とした。
しばらくそうしていたけど、涙を拭って立ち上がった。
お風呂に入って、寝よう。
その前に、あみの写真の前で、ちょっとだけおしゃべりしよう。
その後、もう一度だけあの番号に電話をかけたけど、『この電話は現在使われておりません。お掛けになった番号をお確かめの上~』という自動音声が流れただけだった。




