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人間不審の王太子の側近は、心の声が賑やかな令嬢が可愛くて仕方がない

掲載日:2026/04/24

(…あぁー、ヴィンセント様ったら…。私の大事なアナを放って、仕事ばっかり!可哀想に。アナは泣いていたのに。)


どこからか可愛らしい声が聞こえてくる。


(…絶対、今日こそ言ってやる!もっとアナを大事にしてって!そもそも自分が絶世の美少女と名高いアナに一目ぼれして婚約者に選んだっていうのに!もう一か月も顔を見せていないらしいじゃない!何やっているのよ、ヴィンセント様。)



ある日、急に人の心の声が聞えるようになった。

加護だ。

精霊は時々気まぐれに人間に加護を与えることがある。

火の精霊の加護を与えられた騎士は炎を纏った剣で剣聖と呼ばれる英雄になった者もいる。

氷の精霊の加護を与えられたものは制御が出来ず、何度も他人を意図せず凍らせてしまい、恐れられ心まで凍らせた。

土の精霊の加護を貰うと豊かな大地に、光の精霊の加護は治癒や浄化の力を。

ある日、気まぐれに与えられる加護には、つまり当たりはずれもあるという事だ。

数多ある加護の中で、俺が12歳になる年、他人の心の声が聞えるようになったのだ。

精神を司る闇の精霊の加護だった。

しかも加護を与えたのは闇の精霊の中でも上位精霊で、長時間目を見つめるだけで他人を操れてしまう。

目を合わせて話していた友人が、突如瞳から光を失い、自分が思った通りに動き出した時は背筋が凍った。

幸いすぐに解除されたが、恐ろしくて人の目を真っすぐ見れなくなった。

誰が何の加護を持っているのか、それを国に報告する義務はない。

悪用される恐れや害される危険があるからだ。

だが、その加護のおかげで仕事や婚姻が有利に進むこともあるため、自ら提示するものも多い。


伯爵家の三男として生まれた、継ぐものもない気楽な立場の自分がこの力を得た時は、恐ろしくて家族にも話せなかった。

だが、ある日、城で行われた殿下の友人や側近を選ぶ場に呼ばれ、2歳年下の王太子殿下に自分にその力を貸してくれと請われた。

彼は精霊王の加護を持っていたのだ。

彼の目には誰が何の加護を持っているのか見えるのだという。

それを元に国を守るため、適切な場所に適切な人材を配置するのだという。

俺の仕事は王太子殿下の護衛を兼ねた側近。実際はこの能力を生かして主に諜報の仕事を担当している。

武門貴族である実家の伯爵家は幼い時から剣や弓、体術を身に付けるため適材適所である。


心の声が聞こえるようになって10年。他人を信じられなくなった俺だが、とても気になっている令嬢がいる。

それは殿下の幼馴染であるチェスター侯爵家のナタリア嬢だ。

殿下の婚約者であるペルシュタイン公爵令嬢の親友でもあるのだが、とにかく心の声が賑やかなのだ。


(…あら、あの子、確か最近新人として入ったベスと言ったわね。顔色が悪いわ。侍女長のハーナは気付いてないのかしら?息も少し荒いし…。)


「ねぇ、ハーナ。あなたにお願いがあるのだけど。あの新人のあの子、今日一日お借りしていい?今日はアナと約束があるのだけど、手伝って欲しいことがあって。」

(早く休ませてあげないと。今にも倒れそうな顔色だわ。)

「ええ、もちろんでございます。」

(ナタリア様のお願いとあらば聞きますとも。あのお転婆な女の子が素敵な令嬢におなりになって…。)


快く頷いた侍女長の了解を得ると、ナタリア嬢はその新人侍女に声をかける。

「今日、持ってきたこのクッキーなんだけど、食べて寝るととても素敵な夢が見られるという噂があるの。だから、本当にいい夢を見られるのか試して欲しいの。」

小分けされたクッキーの包みをその侍女に渡すと、今すぐ自室へ行き、食べてからすぐに寝てみてと笑顔で伝える。どうだったかはまた今度聞くから、今日は寝るのが仕事ですと言い切る。

戸惑ったような顔をしたその新人の侍女はクッキーを受取るとそのまま自室へ向かった。


(不思議な仕事ね…。チェスター侯爵令嬢様は明るくてとても優しい方だときくわ。…もしかして、私の体調が悪いことに気付いて休ませてくれたのかしら…。)


部下の体調管理に気付かなかった侍女長に配慮したのか…。

なんとも回りくどい事だ…。


その様子を見ながら少しだけ口元が緩む。

王太子殿下の側近となり、登城する日々は、様々な人の声が聞えてくる。

聞くに堪えないような下品な声や、繰り返される不満や愚痴。

誰かの恋心や醜い嫉妬。表面上は淑女の仮面をかぶる美しく装った令嬢達の心までも美しいというわけでなはいことはとっくに知っている。

女に関しては特に夢など見なくなった。


殿下の側近として控えるさほど目立たない容姿の俺だが、それでも城で働く侍女達からは華やかな立場に見えるのか、声をかけられる事も多い。

諜報に役立つこともあるため、愛想良く対応しているが、その心の声が聞えるたび嫌悪感が溢れる。

先日も城に結婚相手を探しに来たのか、新人侍女としてあがった男爵家の令嬢が、これ見よがしに体をベタベタと擦り付け、潤んだ目で見上げてきた。

近くにいた騎士が可愛いと騒いでいたが、その心の中は真っ黒だ。

(ほら、可愛い私に話しかけられて嬉しいでしょ?皆鼻の下伸ばすよね。この男も王太子殿下の側近だから話しかけてあげてるのよ。髪も目も地味な色ね~。どうせなら宰相補佐官のアイン様がよかったけど、あの方は溺愛していると噂の伯爵令嬢の婚約者がいるものね。この男、地味だから婚約者いないのよね。伯爵家の三男とはいえ、実家は太いし、今は実家の従属爵位の男爵を名乗っていたわ。殿下の側近なら将来は出世する可能性高いし、高収入よね、きっと。貢がせ要員としてキープしときましょう。他にキープが五人いるし、多いに越したことはないわ。もっと胸が見えるように持ち上げてあげるわ。ほら、見ていいのよ、お馬鹿さん。)


…すごいな、この女。

ゼインは表面上はうっすら笑顔を浮かべつつ、心で盛大に引いた。

同じおしゃべりでもナタリア嬢とは違う。

彼女のおしゃべりはいつも人の事で一杯だ。


そういえば…あまり自分の事をしゃべらないな…。


「ゼイン様?」

「あぁ、申し訳ない。この後殿下に呼ばれているので失礼します。」

「…あ…!ゼイン様…。」

 (何なの、あの男!〇〇〇ついてないんじゃない!?)

後ろから聞こえた下品な声に一瞬振り向きそうになるがそのまま無言で離れた。


だから女は嫌いだ。

嫌いなのは女だけではないが…王太子殿下は信頼出来る。

彼の心の声は王太子としての責任感に溢れていて、それでいてとても素直だ。

そんなことを思い出しながら、殿下の執務室へ入室する。


「失礼します、殿下。」

「ああ、ゼインか。…どうした?」

(なんだか珍しく楽しそうな顔だな。)


「まもなくナタリア嬢が殿下に文句を言いに来ると思いますよ。」

「…リアが…。おおかたアナの事だろうな…。」

(この一か月一度も顔を見せに行けなかったからな…。手紙は送っていたのだが、寂しがり屋のアナに泣きつかれたか。)


しばらくすると、侍女が、ナタリア嬢の来訪を告げる。彼女は令嬢でありながらも、殿下の側近として働く宰相補佐官のアインの妹で、彼専用の秘書官でもあるのだ。

「失礼致します。」


入室し、殿下の側に控える兄のアインに持ってきた書類を無言で渡すと、執務机の前に座る王太子殿下に憮然とした顔を向けた。


「殿下。失礼ながらも申し上げます。アナにしばらく会いに行ってらっしゃらないようですね。殿下がお忙しいのはわかりますが、息抜きに城下へ視察に行かれるお時間があるのでしたら、同じ王城で王太子妃教育を頑張ってるアナに、顔を見せる事は出来ると思いますがいかがでしょうか?」


アインとよく似た輝く銀の髪に少し吊り上がった猫のような薄紫の瞳をまっすぐ向けて一息に言い切ったナタリア嬢は、返事を聞くまでテコでも動かないぞと言った様子だ。


「こら、リア…!」


慌てたようにアインがナタリア嬢の腕を引く。

「あぁ、これから顔を見に行く予定だった…。悪いな、このところ仕事が立て込んでいてな。」


事前に聞いていたから、慌てる様子も見せずにヴィンセント殿下がニッコリと笑顔を見せた。


「そう…でしたか。それは余計なことを申しました。」

(なんだ。ちゃんと考えていたのね…って騙されないわよ!きっと洞察力鋭いゼイン様あたりが事前に私が来ることを伝えたのね…。)


…ご明答。

洞察力の鋭さで言えば、ナタリア嬢の方が上だな。俺はこの能力が無ければ基本的に他人に興味がないからな…。


チラッとナタリア嬢に視線を向けられ目が合う。

薄紫の瞳は可憐なスイートピーのようだ。

ゼインの加護を知るのは、殿下と宰相補佐官のアイン。そしてもう1人の側近、殿下の乳兄弟であるミラー伯爵子息のネイト、護衛騎士のラドリックの4人だけだ。


もちろんアインは妹のナタリア嬢にも秘密にしている。

能力を知っている彼らはゼインと3秒以上目を合わせない。コントロールは出来るようになったが、加護が強すぎて意図せず相手を催眠状態にかけてしまうことがあるからだ。もちろんゼインも仕事でない限り人と目を合わせることはしない。

だが、ナタリア嬢はいつもまっすぐにゼインを見つめるのだ。

こちらが戸惑うほどに、逸らすことなく真っ直ぐと。

目を逸らすのはいつもゼインの方だ。


やはりゼインから目を逸らすと、まだ視線を感じる。

いつも通りの無表情を貫いていると、いつものごとく、ナタリア嬢の心の声が賑やかに聞こえてくる。

(ゼイン様、なんだかお疲れね。お兄様も最近帰りが遅いし、私が手伝っているのもほんの少しの案件だけ。ヴィンセント様が忙しいのは本当よね。ストレスに効くお茶と、昨日焼いたクッキーを持ってきたし、後で皆に入れてあげよう。少しは疲れがとれたらいいのだけれど…。)


本当に…いつも皆の事ばかりだな…。


「リア。昼を一緒に取ろうとアナに伝言してくれるか?」


「もちろんです。フフ…アナは喜ぶでしょうね。この後妃教育の授業が終わったら、今日の授業は終わりなんです。西の庭園の花が今、満開なんです。良かったらそこに用意しましょうか?」

(雰囲気を出すためにも、一杯咲かせよう!!きっとアナは喜ぶわ!)

「あぁ、頼む。」

(きっと咲いてなくても満開にする気なんだろう。まぁ、たまにはいいか。アナにも会いたいしな。)


二人の会話を聞きながら、アインがこの後の予定を組みなおす。

ゼインはナタリア嬢を見つめた。

彼女は頭の中でアナスタシア様の笑顔を想像して嬉しそうに笑っている。


ナタリア嬢は地の精霊の中でも優しい人間を好む花の精霊の加護を持っている。

彼女の兄であるアインは侯爵家の嫡男として生まれ、5歳の幼い時に氷の上位精霊の加護を与えられた。

制御が難しいとされる氷の精霊の加護だが、彼は難なく制御を身に付け、頭の良さから宰相補佐官となってはいるが、いざと言う時も強力な戦力となる側近なのだ。

そして、妹のナタリア嬢は生まれた時から加護を持っていたという。

彼女が生まれた瞬間、一斉に侯爵家の庭の花が満開に咲きほこったという。

今でも夢を見るほど美しい光景だったとアインから聞いた。


ナタリア嬢は、花の精霊の加護は、守るために戦いに役立てられるアインの氷の力や、護衛騎士のラドリックの持つ炎の精霊の加護、そしてアナスタシア様の持つ光の精霊の加護と比べてどうしても力不足だと思っているようだが、俺は彼女らしいと思った。


人の事ばかり考えている優しい彼女にはピッタリの加護だ。

彼女の周りでナタリア嬢を悪く思う人はほとんどいない。

素直で優しくてお人好しで頭が良くて…そしてとても元気で可愛らしい。

くるくる変わる表情が令嬢らしくないと言われているが、いざ、正式な場となると、雰囲気が一気に変わる。

淑女然としたその慎ましやかな様子は周りの目を惹く。


つまり…俺はこの令嬢だけは…悪感情を抱けないのだ。

どんなに心の声が聞こえても、心配になることはあっても、嫌な気分になったことがない。

殿下の側近たちは皆、それぞれ賢く、誠実で殿下への忠誠心も高い。

共にいても苦ではないが、やはりどこか疲弊してしまう。


花を見て人が癒されるように、ナタリア嬢の傍は居心地がいいのだ。


(…よかった…。大好きな親友と、尊敬するヴィンセント殿下が婚約者で…。初恋の人には…幸せでいて欲しいわ…。)


心の声が聞こえる俺には、彼女の心の秘めた思いも漏れ聞こえてくる。

幼少期、幼馴染として仲睦まじく育った殿下とアイン、ナタリア嬢、そして乳兄弟のネイト達4人はとても気安い関係だ。


「そうだ、リア。来週誕生日だろう?」

殿下の言葉に、驚いたように顔を上げる。


「そう…です。」

「何か欲しいものはあるか?可愛い妹に、優しいお兄様がプレゼントしてやろう。」

「殿下。リアは私の可愛い妹です。」

「なんだ、アイン。嫉妬か。シスコンは婚約者に嫌われるぞ。」

「ジャネットはそんなことで嫌うような心の狭い女性ではありません。」

アインと殿下が軽い言い合いをしている様子を見ながらナタリア嬢とネイトが笑う。


「リアももう17歳になるんだな。そろそろ婚約者を決める頃合いだろう?」

ふと思いついたように漏らした殿下の言葉に、笑顔のまま、ナタリア嬢が静止した。


「そうなんですよね。母が心配して色々話を持ってくるのですが、リアはなかなか首を縦に振らなくて。親友の結婚を見届けてから考えるとの一点張りで。そうなれば、リアは18歳。さすがに年齢の合う、条件の良い縁談相手は少なくなっているでしょう。」

アインの言葉に、ナタリア嬢の心の声が聞えてくる。


(だって…、幸せな二人の結婚を見届けたら…きっとこの気持ちに区切りがつくと思うのだもの…。結婚式は一年後。それからでいい…。その時私は18歳。年齢の合う良い縁談相手は少なくなっているかもしれないけど、もしそうなら、このまま文官としてこの国のために働くのもいい。)


「だったら、殿下の結婚式が終わったら、僕の所へお嫁に来たらいいよ。」


ニコニコと穏やかな笑顔で、ネイトが爆弾発言を落とす。


「え…?あ…、そう…か。あまりに近くてすっかり忘れていたけど、ネイトもまだ婚約者がいないんだったな。うん、いいじゃないか。ミラー伯爵家の嫡男のネイトなら、私も安心だ。」

今気づいたとばかりに、アインが同意する。


「決まりだ。リア。ちゃんと待ってるからゆっくり考えていいよ。」

(僕の憧れのアナスタシア様…。彼女の幸せな結婚式を見届けたら婚約者を探さないとと思っていたから…。リアなら文句なしだ。僕にとっても可愛い妹だし。)


「待って!!そんな、急にそんなこと言われても困ります。お兄様も勢いで勝手に決めないで。ちゃんと考えるから婚約の話は今はやめて。とりあえず、アナに伝えて準備してくるわ…。」

(初恋相手に婚約を勧められて、アナに憧れているネイト様にお情けで嫁に貰われるなんて…。そんなの嫌だわ…。婚約するなら、私といて幸せだって思ってくれる方が良い…。)


そそくさと部屋を退出したナタリア嬢の出て行った扉を見つめる。


彼女は王家が信頼するチェスター侯爵家の令嬢だ。

社交界で彼女を知らない者はいない。

王太子殿下の側近で宰相補佐官を務める兄を持ち、その兄を手伝える程の才媛。

明るく優しい彼女は、城に勤める者達からの人気は凄まじい。

整った美しい顔立ちで人気のアインとよく似た美しい真っすぐな銀の髪と薄い紫の神秘的な瞳。猫の様な少し目じりが上がった大きな瞳は蠱惑的で、くるくると変わる表情が見るものを魅了する。

王太子の婚約者であるペルシュタイン公爵家の令嬢、アナスタシア様は絶世の美少女として圧倒的な人気を誇っているが、俺はどうしても好きになれない。

見た目は確かに美しいのだろう…。

輝く金色の髪が緩やかにカールして、その瞳はアクアマリンのような水色。完璧に整った造りは人形のように美しい。…と、よくネイトは評価するが、俺からすれば、見た目は人間味がない。


そして何より聞こえてくる心の声が、嫉妬にまみれている。

あれほど大事にされ、望まれ、王太子殿下の婚約者という立場を得たのに、未だに幼馴染で心の近しいナタリア嬢を警戒している。

殿下を思う気持ちは本当なのだろう…。光の精霊の加護を得た貴重な令嬢は、王妃となるのに相応しい力だ。心の中がどうだとしても、行動に出すことはとても立派な慈善事業ばかり。

心の中は本来ならその人だけのものだ。心の中がどうであろうと、実際に行動することが本来ならその人の全てであるべきだ。

だから勝手に聞き耳立てて嫌うのは違う。だが、やはり聞こえてくる以上、気にはなってしまう。

アナスタシア様は恐らく、殿下の婚約者に決まる前から、友人であるナタリア様の恋心に気付いていた。

そのうえで、殿下との間を取り持たせるような行動をナタリア様にさせている。


いまもこうして二人の仲を見せつけるような行動を起こす。


色とりどりの花々が満開に咲く庭園の中、急遽用意されたガゼボで殿下とアナスタシア様は仲睦まじく昼食をとっている。


朗らかな笑顔で嬉しそうに頬を染めるアナスタシア様を遠目に見つめるネイトの瞳は憧れが込められている。

「殿下のお相手にはアナスタシア様以外にあり得ないな…。」

「そうですね…。アナはとても美しくて素敵な女の子だもの。」

(嬉しそう…、アナ。良かった…。)

ナタリア嬢が同意して、少し離れたテーブルで側近たちと簡単な食事をとる。


サンドイッチをパクリと咥えたゼインは静かにお茶を飲むナタリア嬢をそっと見つめた。

今は珍しく心の中も静かだ。

アインは別件で外していて今は三人だ。

護衛のラドリックは殿下の傍で控えている。


「リアはどんな人がタイプなの?」

徐にネイトが問う。

「私は…。タイプとか…特に無いわ…。でも、婚約者のジャネット様をいつも気づかって大事にしてるお兄様は素敵だなって思っているわ。ネイト様はアナよね。昔からずっと憧れているものね。」


「そうだね。初めて会った時に傷を癒すところを見たんだ。天使かと思った。」

「フフ…実際天使みたいに綺麗で優しいもの、アナは。私も親友として誇らしくなるわ。」


「ゼインは?」


ふいにこちらに話かけられ、思わずビクッとしてしまう。

「え…?」

「聞いてなかったのか?ゼインはどんな令嬢がタイプなんだ?そういえば、こんな話、お前から今まで聞いたことなかったな。」


(本当ね…。ゼイン様とはプライベートな話をしたことが無いわ。いつも静かに佇んでいらしゃって。でも艶やかなサラサラの黒い髪も藍色の瞳もとても静謐な感じで素敵よね。そうだ!誰かに似てると思ったら、大好きな冒険物語、『暗黒のドラゴンマスターと天空の島』のヒーローの相棒、ソロモン卿だわ!ソロモン卿って口数少ないのに、肝心な時は的確なアドバイスをして仲間を助けるし、寡黙なのに、実は甘党で可愛いのよね。ほら、ゼイン様も時々幸せそうな顔して私が持ってきた疲れ解消用の甘いクッキー食べるもの。あの口角が上がった顔見ると、嬉しくなるのよね。

侍女たちからも人気があると聞くけど、決まった方がいるとは聞いたことが無いわね…。)


…は…?

素敵…??

俺が…?


ナタリア嬢の可愛い声が聞えて思わず顔が熱くなる。

地味だとかはよく聞くが、素敵だなんて初めて言われた…、いや、言われてない。言われたわけじゃない…。


「ゼイン様もアナみたいに美少女で慎ましい令嬢がいいのかしら…?」

「いえ…俺は…いや、私は…、その、女性は苦手で…。」


間違えた…!


「女性は苦手…。」

(私ったら!デリカシーのない事聞いてしまったわ!そうよね、男性を好きな男性もいるっていうわ。)


「違います!男性を好きなわけではありません!!」


「え…。あ、私、口に出てました…?」


しまった!!


あちゃーとした顔のネイトに小さく首を振る。

「いや、ナタリア嬢は考えていることが顔に出るから…。その…男性が好きというより、あまり人付き合いが得意ではないので…。女性も何を考えているかよくわからないので苦手です。」

むしろわかりすぎて苦手なんだけど…。


(なんだ、そういう事ね。でもゼイン様、私といる時、特に苦手だと顔に出されないわ…。もしかしてずっと我慢させていたのかしら。)


「あの…俺は…。いや、私は、ナタリア嬢だけは大丈夫です。だからこれからも今まで通りでお願いします。」


(本当にすごく私の気持ちをすぐに気付いてくれるのね…。きっと優しいからね。いつも気遣いが素晴らしいもの。私だけ大丈夫って…お世辞でもなんだかすごく嬉しいわ。)

「フフ…ありがとうございます。ゼイン様も私の前でも俺、で大丈夫です。その方が嬉しいです。じゃぁ、ゼイン様のタイプは私ってことにしましょう!!」


「ハハハ!!なんだよ、それ。じゃぁ、ゼインは僕のライバルだな。」

ネイトが笑うと、ナタリア嬢も一緒に笑う。

(嫌じゃなかったかしら?でも、ソロモン卿の恋人って、私と同じ銀色の髪に紫の瞳の女性騎士なのよね。ゼイン様が恋人だったら素敵だろうなぁ。ソロモン卿の求婚のシーンなんてとっても素敵だもの!いつか私も、ソロモン卿みたいに一途な人に愛されてあんな風に騎士みたいに傅いて求婚されたいな。)


ナタリア嬢お気に入りの冒険小説の中の世界を思い出して頬を染めて笑う彼女を見つめる。


ああ…可愛いな…。

あぁ…気付きたくなかった…。

この気持ちに明確な名前を付けたくなかった…。

明るく笑いながら時折殿下たちに視線を送り、微笑まし気に、少しの切なさの混じった優しい視線を送るナタリア嬢の美しい淡いスイトピーの様な瞳を見つめる。

きっと自分の地味な藍色の瞳にも同じ切なさが宿っているのだろう…。



それから一週間後、チェスター侯爵家でナタリア嬢の誕生日パーティが開かれた。

内輪だけのパーティとはいっても、侯爵家のパーティだ。

招待されている顔ぶれはすごい。

アナスタシア様の護衛を兼ねて、忙しい殿下の名代としてネイトとゼインが共に顔を出した。


「アナ、来てくれてありがとう。ネイト様もゼイン様もわざわざありがとうございます。」


「おめでとう!リア。そのドレスとても素敵ね。誰かからの贈り物かしら?」

(まさかヴィンセント殿下じゃないわよね…?)

「ありがとう。素敵でしょう?お父様がこの日のためにあつらえて下さったの。アナのドレスも素敵だわ。」


「フフ、ありがとう。殿下からの贈り物なの。」

(そうよね…殿下は私を選んだのだもの。それにしてもリアはどうしていつも…心から幸せそうに見えるのかしら…。初恋の人を親友に取られたはずなのに…。)


「良く似合っているわ。殿下は大好きなアナの事、良く知ってらっしゃるのね。」

(綺麗だわ、アナ。このドレスの色は殿下の瞳と同じエメラルドグリーンだわ。フフ…独占欲かしら。二人が仲睦まじいようで良かった。)

にこやかに対応するナタリア嬢に小さくお祝いの言葉を伝えると、嬉しそうにゼインに笑いかける。


(ゼイン様、今日もいつも通りの上下黒なのね。よく似合っているけど、ブレないところが可愛いわ。先日からどうしてか目で追ってしまうのよね…。)


思わず聞こえたナタリア嬢の言葉に耳が赤くなる。

顔に出さないのは得意なのに、ナタリア嬢にだけはうまく出来ない…。


「リア、これ、僕からのプレゼントだ。」

「ありがとう、ネイト様。…素敵なストール…。こんなに素敵な物、頂いていいのかしら。」

「もちろんだよ。ぜひ使ってくれ。」

「ありがとう、大事にするわ。」

「私からはこれよ。」

「まぁ!この前一緒に行ったお店で悩んだ髪飾りね。ありがとう。あれからやっぱり欲しくて見に行ったら売れてしまった後でとても後悔していたの。嬉しいわ。」

「よかった。お揃いで色違いで買ったの。一緒につけましょうね。」


少し離れた場所で彼らのやり取りを見つめていると、不意にナタリア嬢がこちらを振り向いた。


(女性が沢山いるから居心地が悪いかしら…。どうしよう。アナの護衛としての意味もあるから、中心に席を用意してしまったわ。出来るだけ若い女性を離したけど大丈夫かしら…。せっかく来て下さったのに、楽しめなかったら申し訳ないわ…。)


自分の誕生日も人の事ばかり気遣うんだな…。

ゼインはナタリアの傍へそっと近づいた。

「ナタリア嬢、これを…。誕生日おめでとう。」


手渡されたものを見て、ナタリア嬢は驚いたように目を見開いた。

「…どうしてこれ…。私、ずっと欲しかったんです…。嬉しい…!ありがとうございます…!!」


それは美しい一見するとただの宝石のついたペンなのだが、実は中に小さなナイフが仕込まれていていざと言う時に武器になる代物だ。

以前殿下の襲撃未遂事件が起きた時、近くにいたゼインが持っていたペン型のナイフで犯人を傷付けて事なきを得たことがある。宝石の部分には魔石が仕込んであり、場所を知らせることも出来るのだ。


何か起きた時に傍にいるアナを守れるように、自分にも使える武器が欲しいと思っていたのだ。

アナは光の精霊の加護があるため、治療のため教会へ赴くことも多い。

王太子妃となるアナにはもちろん、屈強な護衛がついているが、子供達が委縮するため、孤児院などでは離れて守ることが多い。そのため一番傍にいる自分が少しでも守れたら…と常々思っていたのだ。


「…よかった…。でも、お守りみたいなものだ。持っているからって無茶なことはしないで欲しい…。」

「はい…!!」

(嬉しい!嬉しい!!なんて素敵なプレゼントなの。ついている石は魔石かしら…。とても高価に見えるわ。ゼイン様は本当に人を見てるのね。さすが殿下の側近として選ばれるだけあるわ。優しくて思いやりがあって…一緒にいると安心する。)


「なあに?ゼイン様が誰かに贈り物をするのを初めて見ましたわ。二人ってそんなに仲が良かったの?」

キョトンとしたアナスタシア様がこちらを不思議そうに見つめる。

(この方とだけはあまり話したことないのよね。殿下の側近の中でも静かで地味で目立たない方だし…。)


そうだ。これが普通の感覚だ。

地味で目立たない…諜報に向いた外見と能力。

立場も伯爵家の三男という旨味のない身分。

令嬢が望むような相手ではない事は自分が一番よくわかっている。


「そうなの!実は先日お昼をご一緒させて頂いてから結構仲良しなの。ね、ゼイン様。」

(…なんて言ったら迷惑かしら?でも、私はゼイン様の事をもっと知りたいのよね。)


「…そう…ですね…?」

なんとなく照れてしまって不器用に答えると、アナスタシア様が小さく笑う。


「フフ…、リアは誰とでも仲良しだものね。」

(ゼイン様のこんな顔、初めて見たわ…。私に対してもいつも無表情で言葉数も少なくて…。やっぱりリアはいつも誰からも好かれる…。殿下に選ばれたのは私なのに、いつもなぜかリアに負けたような気分になってしまう。あぁ、誰でもいいから早くリアと婚約でもなんでもして遠い所へ連れ去ってくれないかしら…。)


聞こえるアナスタシア様の声には悲壮感が漂っている。

それを全く表面に出すことなく、完璧な笑顔でナタリア嬢と笑いあう二人から、そっと離れ、来客の相手をしていたアインに挨拶をしに行く。


「ゼイン、君がこんな内輪の会に来てくれるなんて嬉しいよ。ゆっくりしていってくれ。」

「いや、ご招待ありがとう。なぁ、アイン…。この前の話…本気なのか…?」

「この前の話…?」

「その…ネイトとナタリア嬢の…。」


(あぁ、二人の婚約の話か!)

「いや…リアが受け入れないならもちろん本気にしないが…。反対か…?」

「…ああ。俺は…正直人と深く関わるのは苦手だ。誰かに関わって口を出すのも…。でも…、それでも、ナタリア嬢に…ネイトは合っていないと思う。彼女にはもっと彼女だけを愛して大切にしてくれる人を選ぶべきだ。ネイトはアナスタシア様を崇拝しているだろ?」

「まぁ、そうだな。でも憧れだ。誰でも憧れの君はいるものだろう?」

「ジャネット嬢が、婚約者の君以外の男に憧れていたらどうだ?」


(は…?ジャネットに私以外に目を向ける男がいたら…?……)

「…コロスな…。その男を…。」


怖っ…

例え話なのに目が座っている…。

周りの空気が冷えた感覚がする。いや、実際足元の床が凍っている…。


「そうだな…。確かにネイトは悪い男じゃないが、リアを女性として愛しているわけじゃない…。私とジャネットのように心から思い合う男に嫁がせてやりたいな。」


優しい顔で、ナタリアとアナスタシア様が話している輪に入ったジャネット嬢を見つめるアインは呟いた。

「それにしても珍しいな。君が人の心配をしてくれるなんて。」

(基本的に誰にも興味がなさそうなのに。)

「いや…。ナタリア嬢は…心の中が騒がしいから…耳をふさげないんだ…。」

「ハハハッ!あいつは心も騒がしいのか!」

(全部口に出してると思ってた。心の中でも話しているなんてものすごくおしゃべりだな、我が妹は。)


「でも…優しい方だ…。」

そっとゼインは友人に囲まれて嬉しそうに笑うナタリア嬢を見つめる。


(おや…)

ふいにアインの声に何かを感じてハッとして無表情に戻る。

「今日は…、少し挨拶をしたら、ネイトと俺はアナスタシア様を連れて城に戻る。」

「例の件に動きが…?」

「いや…でも、今日はアインが一日不在。俺達も殿下の傍にいない時間を作った。動きがあるかもしれない。」

「わかった…。殿下を頼む。」

(ここ最近俺たちの動きを嗅ぎまわっている者がいる…。何が狙いだ…。)

「わかってる。」

小さく答えると、会場を回って挨拶をすると、しばらくして会を辞することを伝えにナタリア嬢を探す。


「失礼します。そろそろ城に戻ろうと思いますが…、アナスタシア様、ナタリア嬢はどこに…?」

「あら…そういえばさっき、私に渡したいものがあるからと部屋に取りに行ってから戻ってきていないわね…。」

(少し遅いわね…。)



(…嫌っ…!!)


ハッとして顔を上げる。

今…小さく…でも間違えようのない可愛らしい声が聞こえた。

視線を巡らせるがどこにも異変はない。


今の声は…

「アイン!!」

少し離れた場所で歓談していたアインを見つけ、声を上げる。

驚いたようにこちらを振り返った彼に駆け寄るとグイッと肩を掴んだ。


「ナタリア嬢の部屋はどこだ!?」

「は…リアの部屋…?」

「どこだ!!」


あまりの剣幕に慌ててアインがこっちだと、誘導する。

驚いた顔でこちらを見ているアナスタシア様にはネイトがピッタリ張り付いているから大丈夫だと確認して、アインの後を追う。

「どういうことか説明してくれ。」

走りながら声を上げるアインにギリッと歯を噛みしめる。


「ナタリア嬢に何かあったかもしれない…。嫌だと叫ぶような声が聞こえた…。」

この言葉にアインは目を見開くと、急いでナタリア嬢の部屋の扉を開く。


「リア!!」


そこには誰もいなかった…。

締まっているはずの窓が開いたまま、大きなカーテンの布が外に向かって風で揺れていて、抵抗したように鏡台の椅子が倒れている。


「クソっ…!!攫われた!!」

耳を澄ませるが声が聞こえない。

いつもは騒がしい彼女の可愛らしい心の声が全く…。


窓に駆け寄り下を覗くと、荷馬車でも置いていたのか、車輪の跡が見える。


「狙いはリア…だったのか…?なぜ…。」

アインは拳を握ると、ゼインを見つめた。


「俺は会場に戻って父に話をしてくる。アナスタシア様はこちらに任せて、リアの捜索に行ってくれ…。探すのはゼイン…君の方が得意だろう?」

(リア…無事でいてくれ…頼む…!)


無言で頷くと、ゼインはそのまま窓から垂らされたままの縄をつたって飛び降りると、地面に視線を巡らせる。

車輪の跡を見て、必死で痕跡を探しながら、ふと彼女に贈ったペンを思い出した。


きっと、彼女ならすぐに身に付けるはず…。以前殿下を守った時に使った俺のペンを観察しながら凄い凄いと心の中で大騒ぎしていた彼女なら、自分のペンを手に入れたら間違いなく肌身離さず持つはずだ。

裏門へと続くその跡をたどりながら、必死で探索魔法を使うと彼女に渡したペンの反応を感じた。

やはりだ…。

馬を使っているならもう声が聞こえる範囲を超えているだろうが、探索魔法ならある程度の方角はわかる。反応は門を出て北の方角だ。

あちらは王都と反対側の市街地へ続く道だ。

クソ…。絶対に見つけて…あぁ…彼女に何かあったら…!クソ…!!落ち着け…。


急いで、正面に戻り、自身の馬に乗り、急いで跡を追う。


しばらく走らせているとふとあることに気付く…

花が…

沢山の花が咲いている…


真っ直ぐに…彼女が咲かせたであろう数えきれない程の花が…彼女の場所を知らせるように花の道を作っている…。

さすがだ…。ナタリア嬢…。

これなら後から捜索に来た者達も気付くはず。

少なくとも彼女の意識はある状態だ。


絶対に助ける…!!


花の道はある王都外れの屋敷の庭に続いている。

「ここは…。」

周りを確認すると、馬を降りる。

「お前はこの場所を知らせてくれ。」

そう言って馬の尻をたたくと、小さく嘶いて愛馬は来た道を戻っていく。


そっと入れそうな場所から柵を越えると、周りを見渡す。

庭は荒れていて手入れが行き届いていない。

貴族の使われていない別邸といった場所か?

それでも花が沢山咲いている方へ辿っていくと、庭の奥に東屋があり、その前に荷馬車が停まっている。

その時、狂気を孕んだ声が聞こえてきた。

(こいつさえいなければ…こいつさえいなければアナスタシア様は幸せなんだ…!俺が彼女の救世主になるんだ!!あの方もおっしゃっていた…。)


ゾワっとした殺意に似た感情が沸き上がり、静かに近づいていく。

(この人は…確か…アナの護衛騎士…?どうして…?)

ナタリア嬢の心の声が聞こえる。


「んー…!!」

口を塞がれているのか、くぐもった声が聞こえてくる。そっとゼインが扉の前に移動し、加護に集中して2人の正確な位置を把握する。

中にいるのは男が…1人だけ…。

アナスタシア様の護衛騎士と言ったか?今日はネイトと俺が会場にいる間の護衛を引き受けたが、いつも彼女の側にいる専用の護衛は3人いる。交代で就く彼らのうち、2人は会場の外で待機していたはず。

今日、休みになっているのは…シモンズ男爵家のヒューバート…。

(彼の方が俺に声をかけてくれて良かった…!アナスタシア様を慕う俺に気付いて力を貸して下さった!)


彼の方…協力者がいるのか…。


扉をそっと開けて、中を覗くと、奥の壁の前の床に銀色の髪が拡がる様子が見えた。

口と手足、三か所を縛られ、身動きできない状態だ。

それでも気丈に俺に背中を向けている男をまっすぐ見上げている。


黒づくめの服を纏い、片手には鋭利な短剣が握られているその後ろ姿は、確かに見たことがある。

いつも心の中でアナスタシア様を崇拝している専属護衛だ。

あまりにも強い感情のため、婚約者である王太子殿下に進言したほどだ。

だが、王家が直接雇った近衛騎士ではなく、公爵家が派遣している護衛騎士のため、心の声だけで解雇するわけにはいかず、仕事は真面目なため様子見になっていた男だ。



「チェスター侯爵令嬢、自分がなぜ、攫われたかわからないだろう?」

「……。」

「アナスタシア様がお前にどれだけ傷付けられ、心を痛めてきたか…!!」


そのままナタリア嬢の前にしゃがむと、乱暴に口元を縛っていた布を引き外した。

ゼインの剣を握る手にグッと力が入る。

ここでは距離がある…!

クソ…どうやって彼女から引き離すか…。


「…ケホッ…。ヒューバート様…。どういう事ですか?」

赤くなった口元はそのままに、真っすぐ見つめたままナタリア嬢がかすれた声で問う。


「アナスタシア様はお優しいから。貴様がどれだけ厚顔無恥に、婚約者である殿下に近付いても嫌な顔一つ見せなかった!!必死で耐えていらっしゃったんだ!ただの幼馴染というだけの存在で、いつまでも殿下の周りに飛び続けるハエのような貴様に、あの崇高な女神のようなあの方がどれだけ傷つけられてきたか!!」


「アナが…?」


「ああ、そうだ!あの方はいつまでも殿下をみっともなく思い続けている図々しい貴様を疎ましく思っておられたのだ!お優しいから言えずに長い時間苦しんでおられた!貴様のせいで!!何の役にも立たない、治癒も浄化も出来ない、花を咲かすことしか能のない貴様が!!厚かましく!!アナスタシア様の親友を名乗り!!周りの迷惑にも気付かずに!!」


「……。」


「は…思ってもいなかったような顔だな…。いつもあの方は貴様がどこかに消えることを祈っていた。

だから俺が!!女神を救うんだ!!!」


愉悦を含んだような狂気に満ちた顔で笑うと、大きくヒューバートは短剣を振り上げた。

「死ね!!!」


ザシュッ


刃物が肉に突き刺さる音が響く。


「ガ……ッ…?」


ヒューバートの手から短剣が落ち、口から血が溢れた。


「ナタリア嬢!!」

急いで駆け寄ると、ゼインがヒューバートからナタリア嬢を引き離す。

「ゼ…ゼイン様…。」


距離があるため、剣が間に合わず、ゼインはナイフを投げてヒューバートの背中に突き刺した。

ナイフは見事に彼の短剣を持つ右肩に突き刺さり、肺を掠ったのだろう。

口から血を吐き出して咳き込んでいる。


「…き…さま…。殿下の犬…。」

肩を抑えゼインを睨みつけるヒューバートに殺意が溢れる。


こいつ…!ナタリア嬢を殺そうとした…


ナタリア嬢の縄を切り、後ろに庇うと剣を構える。

ヒューバートは左手で短剣を掴むとニヤリと笑う。

「俺はこの国の女神のために…!!」


催眠-------服従…!


捨て身で力任せに全身で短剣を振りかざしてきたヒューバートが、急に雷が落ちた様に勢いを殺して静止する。


「……え…?」


驚いたまま口を開いたナタリア嬢の前で、ヒューバートの茶色の瞳が光を失い、カランと、音を立てて短剣がその場に落ちる。


「…目的はなんだ…?」

静かに問うゼインの言葉に、くぐもった声が返事をする。


「チェ…スター侯爵…令嬢をコロス……こ…と…。」


「なぜ?誰からの指示だ…?」


「…アナスタシアさ…ま…が…望んでおら…れる…と…」


「アナスタシア様がお前に指示を…?」


「ト…リドー…ルは…く…しゃく…が…。チェスター…こう…しゃ…れいじょ…を殺せ…ば…あの方が…しあわ…せ…に…。ときど…き…リア…さ…え…いなければ…と…おっしゃって…いた…。」


「---っ!!」

(うそ…。私は…アナに嫌われていたの…?知らずに傷付けていたの…?…そんな…。)


「トリドール伯爵…。執務官の?…あぁ…。そういう事か…。ヒューバート、眠れ。」

ゼインの言葉にドサリッとその場に倒れたヒューバートは死んだように動かなくなった。


そうか…。トリドール伯爵には娘がいる。

一度は殿下の婚約者候補の中に選ばれた…。現在、殿下に合う、年齢の釣り合った高位貴族の令嬢で一番家格の高いのがアナスタシア様。結局殿下が選んだのは彼女だが、第二位が侯爵令嬢のナタリア嬢。そして、三番目がトリドール伯爵の娘、ティアラローズ嬢…。

アナスタシア様だけを排除しても、次に選ばれるのは殿下の幼馴染でアインの秘書官が出来るほどの才媛であるナタリア嬢。二人を同時に消すためか…。


アナスタシア様が例え直接指示をしたわけでなくても、専属護衛騎士がアナスタシア様の意を汲んで、王城内で人気のあるナタリア嬢を害すれば…王太子妃として相応しくないと一気に反発が起きるだろう…。

そこを自身の娘を新たな婚約者に挿げ替えるつもりだったか…!


「ナタリア嬢、大丈夫ですか…?」


心配になり振り返ると、目を見開いたまま、美しい淡紫の瞳からポロポロと涙が静かに零れている。

「…!」

思わず腕を回してギュッと抱きしめた。


「違います…!!貴女は悪くない!!アナスタシア様は貴女を嫌ってなんかいない!!」

「ゼイン様…。私…。」

(幼い時から殿下が好きだった…。好奇心旺盛で少し意地悪で…でも誰に対しても真っすぐに向き合えるヴィンセント殿下が…。でもアナに殿下に恋をしてしまったと相談されたとき、同じ人を好きだなんて言えなかった…。アナは私から見ても優しくて綺麗で、そして王妃に相応しいひたむきさと光の加護を持っていたから…応援していたわ…、心から…。大好きな二人が幸せになるのを見届けたらって…。でも、それがアナを傷付けていたなんて…。)


沢山の自分を責める言葉が溢れて、ああ、やはりこの方はこんな目に遭っても人の事ばかりなんだと苦しくなった。


「…ナタリア嬢は…悪くない…。絶対に…。」

馬鹿みたいに同じことしか言えない自分が嫌になる…。

乱れた髪をそっと撫でながら、繰り返すゼインの腕の中で、フッとナタリア嬢の意識が途切れた…。


気を失った…か…。

無理もない…。貴族の令嬢が自室で男に攫われ殺されかけたんだ…。

クソ…!トリドール伯爵…!!絶対に許さない…。


その後、騎士団を引き連れたアインが合流し、ヒューバートは騎士団が連行し、ナタリア嬢は屋敷へ運ばれた。

屋敷に戻ると侯爵夫人とアナスタシア様が泣いていて、犯人を聞いて蒼白になった。

倒れそうになる体をネイトに支えられながら王城へ送られたアナスタシア様は終始一言も発せなかった。侯爵に呼ばれ、事情を説明すると、アインと侯爵が怒りに震えた。

トリドール伯爵はチェスター侯爵の部下でもあったからだ。


城に報告に向かう前に、アインに頼んでナタリア嬢に会わせてもらった。

青白い顔で眠るナタリア嬢の、心の声が聞こえない静かな時間、俺は…ひと時も彼女から目を離すことが出来なくて、祈るように手を握った。

この人を傷つける、全てから守りたい…。いや、絶対に守る…。


しばらく動かないままの俺の後ろで、アインが見ていることにも気づかなかった。

加護を得てから初めて…自分以外の感情の声が消えていた…。



「ナタリア嬢の様子はどうだ?」

執務室にはいつものメンバーが揃っている。

「ええ。目覚めた後は時々考え事をしていますが…元気です。」

アインの言葉にそうか…と小さくホッとしたように息を吐く。

「ゼイン、その後トリドール伯爵の方は証拠が見つかったのか?」

「ええ。もちろんです。徹底的に調べ上げ、言い逃れ出来ない証拠を揃えてやりました。奴は自分の娘が婚約者に選ばれるようにずっと画策していたようです。ティアラローズ嬢には将来は王太子妃となるのだと半ば洗脳のように教育を施していて、今回、アナスタシア様のナタリア嬢への不信感を利用して、一気にライバルの令嬢二人を蹴落とすつもりだったようですね。以前の殿下への刺客も、殿下を本気で害すつもりを感じられなかった。あれはトリドール伯爵が差し向けた本当の標的を惑わすためのものだったかと…。」

ゼインの報告に、小さく頷く。

「あの…アナスタシア様は大丈夫でしょうか…?」

(あの美しい優しい方が自分を責められてなければいいのだが…。)

心配そうなネイトの言葉にヴィンセント殿下が気だるげにため息を吐く。


「ああ…。少し落ち込んでいるが…アナはあれで結構したたかな女だからな…。未然に防げたことで、今回の事はアナに非はないと言えば安心したように笑っていた。」

良かったですと、ホッとしたようなネイトの横で奥歯を噛みしめる。


「笑っていた…?」

ゼインのつぶやきにヴィンセント殿下がこちらを見つめた。

「どうした?不服か…?」

「…いえ…。」


自分が殺されそうになってもナタリア嬢はずっとアナスタシア様の気持ちばかり考えていたのに…。

ギリッと拳を握りしめる。

その時、不意に殿下の心の声が聞こえた。

(ゼイン、私がなぜ、アナスタシアを婚約者に選んだかわかるか?)

ハッとして顔を上げるとヴィンセント殿下が小さく口角を上げた。

(アナとリア、二人とも王家に嫁ぐのには問題ない家柄と教育を受けている。アナを選んだのは光の精霊の加護を持っているからではない。いや、もちろん、光の加護を持つアナは神殿預かりとなるから、神殿との関係を考えてもアナの方が都合が良かったのは本当だ…。でも、最大の理由は、アナは()()()公爵令嬢で、リアは国を背負う王妃になるには純粋で優しすぎたからだ…。私はな…彼女にはそのままでいて欲しいのだ…。そのままのリアでいられる相手が相応しいと思ったのだ…。)


ヴィンセント殿下がアナスタシア様に一目ぼれをして婚約者に選んだと世間では噂されているが、心の声が聞こえる俺はそれが真実ではない事はわかっていた。

もちろん共に過ごす時間と共に情は育っているが、殿下が屈託のない笑顔を見せる相手は圧倒的にナタリア嬢の方が多い。

きっとそれがアナスタシア様の嫉妬心を呼んだのだ。


静かに頭を下げるとゼインは執務室から出て行く。



その後、トリドール伯爵の企みは証拠と共に白日の下にさらされ、侯爵令嬢の殺害未遂の教唆と王太子殿下の婚約者への企ての罪、さらに数か月前の王太子殿下襲撃の指示をしたとして、伯爵は処刑が決まり、その家族も伯爵位を剝奪され没落した。トリドール伯爵の妻と子供は事件には関与していなかったため、妻の実家の子爵家へ身を寄せ、慎ましく生きることとなった。もちろん、侯爵令嬢殺害未遂の実行犯であった男爵家のヒューバートも余計なことを言わないよう喉を潰されたうえで平民に落とされ、生涯過酷な囚人たちが送られる鉱山での労働が決まった。


それからひと月。


(ナタリア様が来られているって!あぁ、良かった。)

(今どちらにいらっしゃるのかしら…?アイン様と一緒に登城されたって聞いたけど。)

(早くご無事なお顔を見たいわ…。)


ざわざわと聞こえてくる心の声に、ゼインは朝から落ち着かない気持ちで歩を進めていた。

アインから聞いていたし、ナタリア嬢からお礼の品と共に手紙も貰って今日から仕事に戻ると聞いていたが…。あれからゼインは後処理で忙しく駆けずり回っていた為、見舞いの品を送るしか出来なくて歯がゆい思いをしていた。


心配で顔が見たくて、あの優しい心の声が聞きたかった。


(…あぁ…久しぶりで緊張するわ。)

ふいに聞こえた切望していた可愛らしい声に足が止まる。

声のする方向に足を向けながら視線を巡らせる。


(あれから…まだ一度もアナに会っていないのよね…。アナもショックでしばらく寝込んだと聞いていたし、見舞いの品と手紙は貰ったけれど…。手紙には体を気遣う言葉だけで…あのことには触れていなかった…。)


ゼインが声の方向へ近付いていく。

そこは彼女の好きな西の庭園で、いつもなら花が咲き誇る庭だったが、ナタリア嬢の不在を悲しんでいるかのように、咲いている花は少なくなっていた。


だが今は…、彼女の歩いた跡がわかるように、沢山の花が咲いて花の道が出来ている。

この先に彼女がいる…。

(ゼイン様に会うのも久しぶりだわ…。殿下とネイト様は一度顔を見に侯爵家に来て下さったから…。ゼイン様へのお礼の品もすごく悩んだのよね。喜んでくださったかしら…。そういえば()()()…ゼイン様は加護を使ったのよね…。)


その声が聞こえた瞬間、足が止まる。

そうだ。

俺は彼女の前で闇の精霊の加護を使ってしまった…。

どこまで彼女が俺の力を理解したかわからないけれど…少なくともこれからは俺と目を合わせてくれなくなるかもしれない…。


(精神を司るのは闇の精霊の加護だというわ…。光の精霊の加護と同じくとても珍しいのよね…。)


怖い…

彼女に避けられるようになるのが…。

足が止まったまま動かすことが出来ず、木々の向こうに見える銀色の髪の愛しい人の姿をそっと見つめる。


(…かっこよ…)


………………は?


(わー…、ちょっと…かっこよすぎない?闇の精霊の加護って!!似合いすぎる!黒髪、夜空みたいな紺色の瞳、ソロモン卿によく似た外見、寡黙だけど優しくて、しかも強くてあの時も一人で私を助けに来て下さったわ!素敵すぎる!わぁ、どうしよう。緊張してきたわ。キャー…!)


聞こえてきた可愛らしく騒がしい声に撃沈して真っ赤になったままその場に座り込んだ。


…あぁ…。

本当…、ナタリア嬢は…!

可愛すぎて俺がおかしくなるだろ…。

少なくともあの時みたいに悲痛な声は聞こえない。

良かった…。ナタリア嬢の中でどういう葛藤があって、今日ここに来たのかわからないけど、きっと…。

彼女はいつだって人のためにまっすぐ前を向いて進むのだと知っている。

ずっと聞いてきたのだ。

どこにいる時も無意識に彼女の声を探して…。

誰よりも彼女を理解していると自信を持てるほどに…。


(あぁ、もう、いつまでもこんなところで隠れているわけにはいかないわよね。アナが手紙に護衛騎士について何も触れなかったという事は、きっとこのまま彼女は本当の気持ちを私に伝えるつもりはないという事だわ。それがアナの願いなら私は今まで通りに彼女を支えて行かなきゃ。そして一日でも早く安心させてあげられるように婚約者を見つけよう。)


「え?」


最後の言葉に思わず反応して大きな声が出てしまった。


「あら…?ゼイン様…?」

俺の声が聞こえたのかハッと顔を上げたナタリア嬢と目が合う。

瞬間、嬉しそうに花が咲くみたいに笑った。


…!!可愛…っ… 


「ゼイン様!お久しぶりです!」

駆け寄ってきたナタリア嬢が、可愛すぎて惚けてしまう。

「お手紙にも書きましたが、今日からまたよろしくお願いします!それと…助けて頂いて本当にありがとうございました。」

(わあ!ちょうど考えていた時に会えるなんてなんだか嬉しい!あれ、なんだか顔が赤いわ。)


「ゼイン様…?」

(体調が悪い…?また、お仕事忙しいのかしら…。最近お兄様も忙しそうだけど、でもでもジャネット様と一緒に過ごす時間はあるわ。きっと、ゼイン様の事だから、一人で無理して引き受けてらしたんじゃないかしら…!)


「クッ…ハハ…!」

本当に変わらない…。人のことばっかりでお人好しな可愛い人。

ダメだ。相手が誰だろうと、誰にも彼女を渡したくない。

「あの…ゼイン様…?」


俺はナタリア嬢の傍にいる権利が欲しい。

まっすぐにナタリア嬢を見つめると、一歩近づく。


「ナタリア嬢、顔が見られて嬉しいです。体調はどうですか?心配で会いたくて、顔を見に行きたかったけど、なかなか時間が取れなくて歯がゆかった…。本当に会いたかった…。」


「へ…?」

カァッと赤くなるナタリア嬢に無意識に溶けるような甘い笑顔が零れる。


「絶対にもう二度と、貴女を危ない目には遭わせません。今から殿下に挨拶に向かいますか?」


コクコクと頷くナタリア嬢の手を取りエスコートしながら一緒に殿下の執務室へ向かう。

(え?え?っゼイン様が何だか甘いんですけど!?どうして?気のせい?)


心の中で盛大にパニックになっているナタリア嬢を絶対に手に入れると心に決めてゼインはこの後の計画を頭の中で組み立てていった。




「失礼します。…アナスタシア様、少しお時間宜しいでしょうか?」

「ゼイン様。ええ、もちろんです。」

(来たわね…。まさかあの事件を蒸し返したりしないわよね?あれはリアと私が二人とも被害者だったという事で終わったと殿下から聞いたわ。)


「どうぞ、お座りになって。おいしいお茶があるんですの。」

そう言って侍女にお茶を用意させると、少し離れた所へ侍女を控えさせた。


「お話って…?」


「今日から、ナタリア嬢が登城なさっています。」

静かなゼインの言葉にゆっくり微笑む。

「ええ。知っています。リアからもお手紙で聞いていたから…。本当に無事で良かったわ。」


完璧な微笑み。

まさに淑女といった令嬢だ。

「俺には加護があります。内容は詳しくはお伝え出来ませんが、なぜ、今回このような事件が起きたのか、詳細は誰よりも正確に理解しております。」

(ゼイン様の加護って…誰も知らないって聞くわ…。詳細ってどういうこと?私の専属の護衛騎士がトリドール伯爵に命令されて勝手にリアを害そうとしたと聞いたけど…それ以外に何があるの?)

「……そうですか…。」


「そして彼女も…あなたの護衛騎士から話を聞いてます。」

「…っ、どういう意味ですか…?」


(さっきから含んだような言い方…。私は何もしていない…!勝手に彼がしたこと…。大丈夫、私は悪くない…。)


「ずっと聞いてみたかった…。アナスタシア様はなぜ、ナタリア嬢を誰よりも信頼していて…いえ、絶対に親友であるあなたを裏切らないと信じているのに、なぜ…そこまで(・・・・)?」


ギクッとした心の動揺をおくびにも出さず、アナスタシア様はゼインを見つめた。


「ここで罪を犯した護衛騎士の言葉を言うつもりはありません。殿下が黙ると決めた事は私には伝える権利も責任もございません。ただ、これだけは伝えたかった。護衛騎士の言葉を聞いた時、短剣を振りあげられ、殺されそうになったのに…。ナタリア様は、ただ、自分が貴女を傷付けていたのではないかと、自分を責めて泣いていた。親友の幸せを見届けたかっただけだと…。貴方の気持ちだけを考えて泣いた。」


(…う…嘘よ…。本当は…私を恨んで…憎んで……)


「貴女は彼女に事件の事は触れずにこのまま有耶無耶にしていくつもりですよね。それでいいと思います。そしてナタリア嬢は貴女のその気持ちに寄り添ってきっと今まで通りにあなたの幸せを祈って傍にいるでしょう…。彼女は誰よりも強くて優しい人だから…。私が誕生日に彼女に贈ったプレゼントは、あれは身を守るための武器にもなるのです。彼女があれを欲しがった理由はね、教会で慈善活動をされるあなたのすぐそばにいれない護衛騎士の代わりに、貴方を守るためのお守りとして欲しかったのですよ。」


スッと立ち上がったゼインの前で、呆然と固まったままのアナスタシア様に小さく頭を下げるとそのまま部屋を出た。


(あぁっ!私はなんてことを…。本気で思っていたわけじゃない…、ただ、私を崇拝する彼の前でほんの少しの本音を零しただけ…。そう思って自分を擁護して…。違う…、私だって…リアが大好きなのに。優しくて明るくて、些細な悩み事でさえ自分のこと以上に親身になって一生懸命に力になろうとしてくれる…。光の精霊の加護を持っているくせに、心の中が真っ黒な私と違って真っ白で眩しいほど綺麗なリアが羨ましかっただけ…。私は…この罪を背負って生きて行かないといけないのね…。)

部屋を出たゼインは背中に聞こえる悲痛な声に冷たい視線を向けると、何事もないように歩き出した。




それから3か月後-------


「ナタリア嬢、先の褒章でトリドール伯爵の治めていたコリアス地方の領地と、子爵位を賜りました。今後も更なる高みを目指し、精進します。私が望む唯一はあなただけです。全身全霊をかけてあなたを守ります。どうか私と結婚して頂けませんか?」


「ふぇ…」

(キャー…!!ウソウソウソ!!え?私ゼイン様に結婚を申し込まれているの!?しかもあの!ソロモン卿と同じ!騎士みたいに膝をついて!私の夢だったプロポーズの方法で!!どうしよう!!)


「絶対に後悔させません。一生大切に守り抜きます。…ダメ…でしょうか…?」


(くぅ!!可愛い…やめてその上目遣い…。もともとゼイン様のその夜空みたいに綺麗な紺色の瞳が好きなんだもの。いつの間にかヴィンセント殿下の事を考えても苦しくなくなって、一日の大半をゼイン様の事ばかり考える時間が増えていたわ…。私、とっくにゼイン様が好きだった。)


「よろしく…お願いします…。」

おずおずと手を差し出したナタリア嬢にパッと嬉しそうに頬を染めて笑うと、その指先に口付けた。



「…いやぁ…まさか同僚が妹に熱烈なプロポーズをするシーンを目前で見せられるとは思わなかった…。」

何とも言えない顔をしたアインがすぐ傍でため息をつく。

「まぁまぁ!!ゼイン様は娘の命の恩人ですもの!安心して任せられるわ!」

少女のようにはしゃぐチェスター侯爵夫人の隣で、娘を溺愛する侯爵が渋い顔を見せている。


そう、ここはチェスター侯爵家の一室だ。

爵位を賜る手続きが済んだその足で飛んできたのだ。


侯爵令嬢のナタリア嬢に結婚を申し込むにはどうしても何も持たない伯爵家の三男では足りなかった。

賜った爵位は子爵位。侯爵家の令嬢を迎えるには足りない。

だが、早々に婚約者を探すつもりだったナタリア嬢に、一日でも早く気持ちを伝えないと不安で仕方なかったゼインは彼女の好きな冒険小説の『暗黒のドラゴンマスターと天空の島』を読み込み、その中でソロモン卿が恋人に求婚したシーンを正確に再現したのだ。


「それにしても…ゼインは思ったより情熱的なんだな…。もっと淡々とした奴だと思っていた。」


立ち上がってナタリア嬢を抱き寄せたゼインはアインの言葉に幸せそうに笑う。

「ナタリア嬢限定だ。これからもよろしく、義兄上。」

「やめてくれ!!」

心底気持ち悪そうに顔をしかめたアインを見て、腕の中で幸せそうに笑うナタリア嬢を、絶対に離さないと心に誓うのだった。










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― 新着の感想 ―
ナタリアもゼインも根が善良なのでしょうね。 王太子が信頼のおける王太子で本当に良かったです。これぞ望ましい王族というキャラクターには安心できます。 ネイトと兄がナタリアをもののように気軽に嫁ぐよう諭…
面白かったです 王太子が正しく王太子でかっこよ… 伯爵の加護は洗脳か催眠の加護でしょうか、長編だともっと暗躍してそうな悪役らしい能力 ゼインとアインが語感が似てるためかちょっとごっちゃになりました
アナスタシアの気持ち、分かりますね。間違いなく親友としての気持ちもあれど、文字通り純真無垢、皆に好かれるナタリアにどうしても敵わない気持ち。むしろ人間らしいとも思います。後悔や葛藤も飲み干して妃として…
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