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34 行き詰る回答

「ごめんね、面倒見させちゃって」


「いえ。一応、傷は縫合しましたけど……」


「うん、そのうち塞がると思う。いつもそうだから」


「……」


クルトを一人で屋敷に帰し、私はキアラを寮まで送ったのだ。

部屋に入って最初に目についたのは、ベッド脇に固定された革ベルトだった。


「あぁ、それ。やっぱ気になるよね?」


「いや、えっと……。はい、すいません」


「別に謝る必要ないのに」


キアラはベルトに目をやってから特に変わった様子もなく言葉を続けた。


「……こんな体だからね、もしかしたら、意識がないときに何かしでかすんじゃないかって不安なんだ。だから、腕を縛っておかないと不安で寝れないんだよ」


「ということは、その……。夢遊病みたいなことはないんですね?」


「くふっ、夢遊病かぁ。優しいねリディアは、ありがとう。


そうだね。うん、ないよ。朝起きてもベルトの締まり方に変化はないから」


言葉を選んで聞くと、キアラは横になりながら苦笑して答えたのだ。

その表情から察するにもう随分前には自分の体の異変にも気づいていたのだろうことが察せられた。


「自分で気づいたのは、もう結構前だよ。


事故で魔法が使えなくなったって言ったでしょ? たぶん、その時から心臓も動いてない……」


「他に知ってる人はいるんですか?」


「ううん、いないよ。もしかしたら、姉さんは気づいてるんじゃないかなって思ったことはあるくらいかな?」


「相談したりしようとは、思わなかったんですか?」


「うーん、そりゃ考えたことはあるけどね……。なんて言えばいいのか分からなかったし、怖かったから、誰にも言えずじまいだね」


「……」


言葉に詰まり会話がなくなっても、今のキアラを一人にしておく気にはならなかった。

ずっと溜め込んでいたものがあるなら、何か助けにはなれまいかと考えてしまう。


「事件って何があったんですか?」


「私の研究については知ってる?」


「……はい。ルサルカ病という奇病の治療法を探してたってコゼットに聞きました」


「うん。そのフィールドワークの時にね、雪崩に巻き込まれたんだよ」


「……雪崩」


「そ、起きたらアリステリア邸のベッドにいたの。事故から一年は経ってた」


「だから、師匠なら何か知ってるかもしれないと思ったんですか?」


「うん。だって、どう考えても不自然でしょ」


キアラはすんでのところで押し黙り、吐き出そうとしたものを飲み込むように言葉をきった。

しかし、もうどうしても溜め込み切れないものが胸から溢れてしまったのだろう、独り言のように問いを口にしたのだ。


「どうしようもない質問なんだけどね、リディア。許してくれるなら一つだけ答えてくれるかな?


私は生きてると言えると思う? それとも死んでると思う?」


「……」


人としてか、『リディア・パラケルスという学者』としてか。

キアラはどちらに聞いているのだろうと考えてしまう。


だけど、私に答えられるのは前者としてのみであったのだ。


「生きてるに決まってるじゃないですか。体の状態がどうあれ、少なくとも私が今話してるキアラは存在してます」


「『我思う、ゆえに我あり』だね。そうね、その通りかもね」


つまらなそうに、まるで聞く前からそう答えるだろうと予想していたかのように。

キアラは表情を変えずに私の答えに耳を傾けていた。


「ねぇ、もし同情してくれるならさ。一個だけお願いを聞いてくれない?」


「そんな言い方……。キアラにはたくさん助けてもらったんですから、私に出来ることならいくらでも聞きますよ……」


「ふふっ、ありがとう」



◇◇◇



アリステリア邸に残されたキアラの研究資料は綺麗に整理されていた。

それどころか、途中からは筆跡が異なる別の人物によって新しい資料が追加されているのが分かる。


「……これって、もしかして」


『貧しかった農村が豊かになるとしばしばみられる奇病』

現状は魔法を使うことで手足の痺れや麻痺を緩和する治療法をどうにか発展させようとしている方向で進んでいるが、その研究が行き詰っていることを把握してから考えた。


「___何をしてる?」


「っ!? し、師匠?」


不意に声をかけられ、思わず撥ねるように振り返ると、そこにはエレオノーラの姿があった。

しかし、普段は大げさなくらいな表情が今は全く読めない。


理由はすぐに分かった。

ワインボトルを片手に酷い酒気を漂わせているのだ。


「ご、ごめんなさい。そのキアラを寮に送って研究のことを聞いたので……」


「別に怒ってるわけではない」


「……」


ちょっとやそっと飲んだ程度のものではなかった。

大酒飲みであることはこの数日で理解していたが、この様子には少し恐怖を覚えて縮こまってしまう。


「……何か」


「?」


「お前なら、何か分かるか?」


視線を落とし、縋るようにエレオノーラは問うた。

自信家。傲岸不遜が服を着て歩いているような人物。


ただ、この部屋で見る彼女は擦り切れてしまいそうな弱々しさを見せていた。


「……確実なことは、なにも」


「……そうか」


苦笑しながら、「私でも解けないのだから、そうだろうな」と、自虐を見せた。


「もう遅い。早く寝ろ」


「……はい」


エレオノーラに促され、私は彼女と入れ替わるようにキアラの部屋を後にした。


少しだけ廊下を歩いてから、しかし、もしかしたらと気づいたことを伝えるべきかと立ち止まった時であった。

私の足音が聞こえなくなった為に去ったのだと考えたのだろうエレオノーラの、押しとめていたものが爆発するのが聞こえたのだ。


「くそぉおおおおおおおおおおおおお!!!」


「……っ!?」


絶叫が響いた。


「くそくそくそくそくそっ!! くそっ!! なぜ治らない!? 何が足りていない!!」


「……し、師匠!?」


あまりに本人らしからぬために別の誰かではないかとさえ思うほどの悲痛な叫びであった。


「麻痺は治せるんだ! キアラの研究は間違っていないはずだ!! なぜ良くならない!?」


「……」


部屋の中から、音を立てて積んでいた紙の束が崩れるのが聞こえる。

エレオノーラが激しく暴れ、机ごと倒したのだろう。


わずかな静寂のあと、激高はどこへやら、弱々しい声が扉から僅かに聞こえたのだ。


「……あと、どのくらい。……もう時間も」


「……っ」


そこには、私の知る無敵の天才などはどこにもいなかった。


酷く哀れで、寄る辺のない姿は、自らの生死さえ疑う彼女の妹を見ているようにさえ感じる。


「私は……私はどうすれば……」


それきり音はなく、すすり泣くような声だけが残ったのだ。


ずっと隠し続けてきたのであろうエレオノーラの弱さを暴くまいと、私は気配を消したまま廊下を静かに去ったのだった。

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