13 答え合わせと調査
ゴクリと唾を飲みこんだ。
平静を装う余裕はなかったのだ。
『絶対にアリステリア公爵の不興を買うな』パラケルスを出る前にカタリナに言われた言葉を思い出す。
少しの静寂の後、エレオノーラは声の調子はいたって平坦にしたまま続けた。
「まずは答え合わせをしてやろう。確かにこれは血を原料にした薬の類だ。『偽薬』だがな。」
「偽薬、ですか?」
そうだ、とエレオノーラは肘をついたまま視線を寄越した。
その挙動の一つ一つに緊張してしまう。
「より健康な人間、より恵まれた人間の血を摂取することで病を治そう若さを得よう、というような発想は古来からあった。
長い歴史の中で繰り返し何度も効果がないと証明され続けてきたがな。どうしてもそういったものを信じたいという心情は湧くものらしい。」
「何かのきっかけでまたブームが再来したってことですか?」
「あぁ。しかも、このロメリアでな。」
「……っ!」
世界最大の学術都市ロメリア。
そこに在籍することができるのは誰もが地元では負けなしという魔導士や天才の名をほしいままにした学者である。
それでも、やはりそういったオカルト要素が流行るというのはエレオノーラの言う通り人情というものなのだろうか。
そんな風に考えていると、それを見透かしたようにエレオノーラが問いを投げてきたのだ。
「何故だと思う?」
「……えっ?」
不意をつかれたと思った。
考えを『そんなものなのだろう』『分からない』と足を止めたところに急所をつかれたのだ。
「……やっぱり、どうしても諦めきれない、という気持ちが湧いてしまうんじゃないでしょうか? もしかしたら、証明されてないだけで効果があるんじゃないか、と。」
「ふむ、つまり。先行研究への不信が原因ということか?
なら、学者が集まるこのロメリアで何故それを研究の対象にするのではなく『偽薬』としてただ広まっている?」
「……それは。」
口先の言葉、小手先の弁は通じない、と暗に言われているのが分かった。
『甘いのだ』と。
「答えは、『ここがロメリアという特殊な地』だからだよ。」
「……特殊な地?」
「そうだ。聞くがリディア。学者に必要な才能はなんだ?」
なんとなくの答えならあったが、即答せずに自分の中でまとめるために時間を使った。
少なくとも口八丁の会話にだけはしないようにするためであったが、自分の言葉が変わることはないままエレオノーラの問いに答える。
「検証の道筋を立てる思考力と変化を詳細に観察する視野の広さ、とかじゃないですか? やっぱり……。」
「うむ。じゃあ、『ロメリアに求められる人材』に必要な才能は?」
一瞬、押し問答で意地悪をされているのかと訝しんだ。
ロメリアは学問の町だ。学者に必要な才能と同じではないか、と。
しかし、そう考えた瞬間。自分がたった今、最低限の化学の知識を利用するために何をしたのかを思い出したのだ。
「魔導の才能……。魔力。」
___つまり。
「貴族の『血』だ。」
「そうだ。まぁ、必ずしも貴族のものである必要はないがな。」
だから、血を原料にした偽薬が流行っているのか、と。
ここまでヒントを出されてようやく気付いた。
そして、エレオノーラが自分の弟子と見込んでいる相手に嘆息している理由も理解した。
鈍すぎる。
自分のことであるからこそ、言い訳ができなかった。
「以前のお前であれば、最初のとっかかりでそこまで気づいただろうな。たとえロメリアの記憶がなかったとしても。」
「……っ。」
「一見関係ない事柄の繋がりを見つけて答えに辿り着く。
超直観とでも言えばよいのかな? 最初に答えを見つけて後から検算する思考の跳躍力。
魔導士として、魔力の総量以上に優れた才能。それがお前を『天才』たらしめていた。」
先ほど自分が答えた学者に必要な才能。
道筋を立てる力と視野の広さ、それがそのまま足りていないことを自覚させられたのだ。
「……今は、それがない。から、ダメってことですよね。」
正直に言うと、ノーヒントで渡されたものを当てて見せたことが自慢だった。褒められるとさえ思っていた。
今でも心の中では「十分だろ」と言ってやりたい気持ちさえある。
そんな志の低さがまた自己嫌悪に繋がってしまうのだが。
しかし、続くエレオノーラの言葉は意外なものだった。
「だが、凡人らしくしっかりと手順を踏むようになった。」
「……?」
「確かに昔に比べれば、一歩一歩進むノロマになったが『論理』と『再現性』を重んじる『錬金術師として』なら、むしろ今のお前の方が好ましい。」
そう言うと、エレオノーラは少し相貌を崩して視線をこちらに向けたのだ。
褒められている、という感じはしないが。
それでも、『今の自分にできること』だけは認めてくれているようであった。
「以前のお前のままだったなら、少し雑談でもして帰そうと思っていたが……。やはり、お前を使うことにしよう。
『偽薬』の出処を探し出せ。それが課題だ。」
そうして、私はエレオノーラ・アリステリアから正式に弟子として言いつけを受けたのだった。




