12 弟子への課題
「……パスタだ。」
「なんだ、知っているのか? 最近流行っているみたいだからお前にも食わせてやろうと思っていたのだが、当てがはずれたな。」
アリステリア邸に到着すると、連れ立った他の面子とは別に私はエレオノーラと二人で食卓を囲んでいた。
テーブルには様々な料理が提供されているが、ここにも時代のチグハグさを見つけるとは思わなかったのだ。
「庶民も小麦に手が届くようになって、最近は白パンやらパスタやらが流行っているそうだ。
まぁ、さすがに貴族の食卓のようにサイドディッシュまで用意できるわけではないようだがな。」
豊かになったものだ、とエレオノーラはワインに口をつけながら語った。
「それで、呼び出した用というのはなんなんです?」
「……せっかちな奴だな。それが数年ぶりに会った母親同然の師への態度なのか?」
私の言葉にエレオノーラはわざとらしく頬を膨らませる。
随分表情豊かな人だが、これは昔からなのだろうか?
「まぁ、よい。なにせ私のこともよく覚えてないらしいところを見れば、記憶喪失という噂もまんざら眉唾でもないようだしな。
お前がカタリナのもとへ戻る際に出した『宿題』も覚えてはおるまい。だから、新しい課題を出してやる。」
そう言ってエレオノーラは小さな紙包を放って寄越した。
「これは、なんだと思う?」
「……?」
手元に渡された包を開けると中には粉末が入っている。
意図を探ろうとエレオノーラに視線を向けたが、彼女は頬杖をついたままただこちらを見ていた。
……試されている、ということなのだろうか。
もう一度、手元の品を見ながら考えるがとっかかりさえトンと思いつかない。
転生前のリディア・パラケルスであれば、すぐに分かったのであろうか? ただ、『課題』というからには知っていれば答えられるという話ではない気がする。
だとすれば、何かしらの筋道をたてて推論を提示すればいいのか?
「……ふぅ。」
メタ推理に入って思考が迷路に逃げ込んでいるのを自覚して、私は一度リセットのために息をついた。
極論、エレオノーラの意図がどうであろうと私には関係ない。
少なくとも、一目見てこれを判別するだけの知識など私にはないのだから。自分なりに何かのきっかけを見つけて推論を立ててみるしかないのだ。
それでダメならそれまでだ。
まず、出題者にヒントをもらうのは無理そうだ。
ロメリアの内情を知らないから流通から推測するのもできない。
つまり、実際のモノを見てヒントを探すしかない。
「……見た目には砂っぽいけど、黒みがかってる? 粉末の中に色が混ざってるから単一の物質じゃない……。」
錬金術的につかう材料かなにかだろうか。あるいは、香辛料、もしくは薬の類か。
視覚で得られるのはそれくらい。
……味覚、は流石に頼りたくない。健康に害がないとも限らないし。聴覚も頼れそうにはなかった。
「……触感はザラザラしてて粒度が荒いような? 手にこびり付く感じ?」
最近似たような手触りの物を触った気がするが、正直分からん。
あとはの頼りは嗅覚だが……。
「犬じゃあるまいし嗅ぎ分けなんて自信ないけど……、あれ?」
手に着いた粒を嗅いでいると思っていたのとは違う違和感があった。
一番鼻につくのは香草のような匂いだった。おおむね、悪い匂いではない。
ただ、鼻につく別の匂いの癖が強いのだ。
「……うぅん? なんだこれ。……鉄?」
そうだ妙に印象的な匂いだと思ったが、鉄だ。
香草に鉄の組み合わせはピンとこないが、それが一番ヒントになりそうな気がする。
とはいえ何をすればいいのかなどさっぱり分からない。とりあえず最近やった実験にならってみるか。他に何も思いつかないし。
そんな当てずっぽうの考えで私は粉末の上に手をかざして心の中で自室の工房でしたのと同じように唱えた。
(……錆びろ。…錆びろ。……錆びろっ。)
魔法を使う感覚。
ちゃんと発動したと思う。
目をあけて粉末を見ると、粉末の鉄っぽい粒子の黒みが濃くなっているのに気づいた。
「……錆びたってことだよね? ……色が想像してたのと違うけど。」
鉄ならもう少し青みがかった錆び方をすると思っていたのだが、それを思ってふと気づいた。
もう一度手をかざして唱える。
(魔法で酸化が可能なら、逆もできるはず。 ……戻れ、…戻れ、戻れっ!!)
粉末を見る。
黒く濁っていた色が赤みを覗かせている。
ヘム鉄だ。つまり……。
最後の検証だ。
これが外れるとアタリがなくなるが。
「……腐れ。」
魔力を通してイメージする。
目を開ける前に成功するのが分かった。ごみ箱や台所パイプにこびり付くような匂い。
腐敗臭だ。タンパク質なんだ。
「酸化具合で赤みがかった色から黒くくすんだ色になる鉄とタンパク質……。
血液ですか? 香草と混ぜてるってことは薬剤……? 何か、血を原料にした薬を作ってるとか?」
「……。」
エレオノーラの顔を覗きこむように伺った。
一応、自分なりに答えを出したつもりであった。他にとっかかりを見つけるのも無理そうだし。
これでダメなら、もう仕方ない。ファイナルアンサーだ。
だから、あとは答えがどうか。
「……ま、及第点にしてやろう。」
「……っ! ふぅ。」
とりあえず、なんとかなったことに胸をなでおろしていたが、エレオノーラは意外なことを口にしたのだ。
「……落ちたな。リディア。」




