10 ロメリアの主
大陸における最も有名な家名は何か?
そう問われれば10人が10人、「アリステリアである」と答える。
家の起こりは1000年以上前まで遡り、
学問の祖と評される初代アリステリアから連綿と受け継がれる血と徒弟制度を守り抜いた一族であり、『知の番人』とも呼ばれる血筋である。
そのアリステリアが守護してきたロメリアの学者には基本的に三つの生き方がある。
入学した後の2年間を初学徒として学問の基礎を幅広く学んだ後に『軍学術』『神学術』『錬金術』の教授陣いずれかからスカウトされ、その時点で九割の者は自身の人生を捧げる学問の徒となるのだ。
ただ、例外的に一部の者のみが『アリステリア学派』と称され、どのゼミにも属さず、すべての学問を最高の水準で習熟することが求められ続ける。
初学徒の期間のとりわけ優秀と認められた者の中からエリートとして僅かな数のみが選び抜かれてなお、その後3年経てば1人残ったなら良いと言われる狭き門。
それは、初代アリステリアのような万能の天才こそを重視するロメリアに残る慣習であった。
ロメリアにおいて、『天才』とは『いかにアリステリアに近いか』で認められていたのだ。
しかし、時が経つにつれて、その徒弟制度はロメリアという土地と研究機関に受け継がれ、アリステリア一族は血統を受け継ぐ権威の象徴として君臨するのみとなっていった。
『アリステリアの血から神秘は消え去った』とは、口さがないロメリアの魔導士や学者に一時期広まった言葉である。
___ある少女の誕生まで。
彼女は物心ついた時よりロメリアで過ごし、当然のようにアリステリア学派に残り続け、18の時には史上最年少で老師号を取得。
翌年にはロメリア市長に就任し『初代アリステリアの再来』と称され、アリステリアの家名を再び復権させしめた。
唯我独尊・天下無双・絶対無敵の存在。
ロメリアを有するアリステリアを囲む3大国のすべてが遜り、その権威は二人の教皇と並び君臨する。
大陸の聖域、あるいはアンタッチャブル。
それが、『エレオノーラ・アリステリア』である。
そんな彼女が数年ぶりに再会した弟子に放った言葉はこうだ。
「リディアァァアアア!!! よく来た!! よく来たなぁ!!!
あぁ、本当に久しぶりだ! 昔の輝くような金色の髪や海を映したような青い瞳も綺麗だったが、今の夜空のような漆黒もやはり美しいな!! うんうん!! 元気そうでなりよりだ!!」
「あ、えっと。ご、ご機嫌麗しく思っております? アリステリア公爵。」
出合い頭にハグされ頬をスリスリと押し付けられる歓待ぶりに驚愕して頭の中は真っ白であった。
はっきり言えば、邪険にされるより怖い。
「『アリステリア公爵』、だと?」
「……っ。」
一言を発してエレオノーラの態度は一変した。
まずったか? そう思った。
そういえば、道中でエレオノーラはここ数年は大公を名乗っているとユリウスが言っていたのを今になって思い出して肝を冷やして言葉を待ったのだ。
「そんな他人行儀な態度は傷つくぞ! 師匠と呼べリディア!!
あるいは、お母さま・マミーでも良いぞ!!」
ババーンと、そんな効果音が聞こえてきそうだった。
真面目な顔がいっそう困惑を煽る。本気か? この人。
「あ、ありがたいですが、流石に母であるカタリナに申し訳が立ちません……。」
「チッ。カタリナめ、憎たらしい女だ。うらやま……けしからん奴だ!!
あぁ、リディア。お前にパラケルスなどと名乗らせねばならんことが口惜しい限りだよ。お前にふさわしい家名はアリステリアをおいて他にないというのに!!」
その長身に抱かれぬいぐるみのように振り回されて再会を祝われたのだ。
怖いよ。なんというか、怖い。
一通り感情を発散したのかエレオノーラはようやく落ち着いた様相を見せると傍に控えていたクルトに気づいて視線をやった。
「お前がクルトか? 話は聞いているよ。」
「……はい。」
エレオノーラの存在にクルトはもう完全に委縮してしまっていた。
ここまで勝手気ままに振舞う存在などとは初めての邂逅であったのだろう。
いや、私もそうだが。
「リディアが拾い上げた子なら私の孫も同然だ。
そう考えれば私もおばあちゃんになるのか。結婚もせずに好き勝手に生きてきたが感慨深いな。うん。よいよい! いい気分だ!!
頭を出せ、撫でてやる!!」
「……。」
借りてきた猫のようなクルトをこれまた猫のように撫でまわすと、エレオノーラはやっと息をついたのだった。
「君も久しいな、コゼット。壮健であったか?」
「はい、アリステリア公爵。何事もロメリアで学ばせていただいたおかげでございます。」
うんうん。とエレオノーラはコゼットの礼節を満足そうにうなずいて受け取った。
とりあえずは和やかな雰囲気が流れていたのだ。
「お久しぶりです。エレオノーラ殿下。」
最後に挨拶を控えていたユリウスが前にでると、今度は本当の意味でエレオノーラの機嫌が急転直下したのが分かった。
一瞬、魔法の類を疑ったのだ。
彼女を囲む空気の温度が一瞬で氷点下まで落ちたと思ったから。
冷たい汗が背中を伝ったのが分かった。
少しして、自分の血の気が引いたせいであることをようやく理解した。
「誰だ、貴様。よくも私の前に顔を出せたな。」
地の底から響くようなエレオノーラの声が発せられたのだ。




