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09 雑踏の再会

「凄いね……。人ごみに酔っちゃいそう。」


汽車の止まった駅に降りれば人のごった返した様子に目をむいたのだ。

封建社会と侮るなかれ、まるで東京に降り立ったような気分になった。


しかし、一番驚いたのはまた別の様子であった。


「なんだか、いろんな人種の人がいるように見えるね?」


「実際、様々な国から人が訪れてるからね。ロメリアの特徴といえば、この多様性だろう。

それゆえに学問の都として発展した経緯があるしね。」


私の感嘆にユリウスが答えた。

服の上にはローブを来て、フードを目深に被っている。


「アリステリア郊外の駅舎あたりから物静かだと思ってたけど、今度はフードも被るの?」

「一応、これでも王子なんでね。」


お忍びというやつなのか?


エレオノーラ公爵に伝言を伝えに来たと言っていたが、伝令がここまで用心しなきゃいけないのはどうなのだろうか。

それほどまでに重要な伝言なのか? あるいは、私の御守りをイザベラは大事だと考えているのか。


内容を明かす気は更々ないのであろう。ユリウスは私の咎める口調にもどこ吹く風であった。

無視されていることを分かっていながらも、訝しんでユリウスを見ていたのだが服の腰辺りを引っ張られるのを感じて視線を向けた。


「……クルト?」

「……。」


クルトが雑踏を見たまま私のスカートを掴んでいたのだ。

無理もない、こんな混雑を見るのは初めてのはずだ。奇心旺盛な子ではあるが、流石に不安が勝ったのだろう。


私はクルトの頭を撫でてからスカートを掴んでる手を取り、自分の手と重ねて繋いでから先導するコゼットを後ろをついて歩いた。


「さっきの話だけど、いろんな人がいるから学問が発展したっていうのは優秀な人が集まりやすい土地だったからってこと?」


クルトが緊張から口をへの字に結んで黙りこんでしまった退屈を紛らわせるために私はユリウスに話を振る。


「それもあるね。アリステリア領は東の大国トゥルキス、北はアイゼンブルト諸侯連合の両方と国境を接する貿易の要所でもある。

だけど、この場合は『人種のるつぼ』であるっていうのが影響している、もっと直接的な理由でね。」


「……というと?」


学術都市の空気に触れてか、なんだか学者か教師のようにもったいつけた言い方をするユリウスが少し癇に障ったが流してやることにした。

『理由』とやらがトンと思いつかなかったから答えは知りたかったのだ。


ユリウスが答えようとすると時を同じくして声が上がった。


「なんだとお前! 上等だやってやろうじゃねぇか!!」


コゼットが腕で私たちの進行を制したので様子を伺うと、少し離れた場所で二人の男が言い争いをしていた。

まさに一触即発という雰囲気だ。喧嘩だろうか、見るからに異国人同士の対立だった。


「あれが、『理由』さ。」

「へ?」


ユリウスは喧噪など気に留めた様子もなく眺めながら雑談を続けたのだ。


「異邦人が集まると文化や慣習の違いで摩擦が起きやすいんだ。」

「……それでなんで学問が発達するわけ?」


「うん。つまり、法学が発展するんだ。」

「あっ。」


言われて、はたと気づいた。

そして、なるほどと納得したのだ。

明文化するという慣習が根付けばそれに釣られて別の分野での知識の集積に繋がるのだ。


あらゆる文明において、伝統的な学問の中でも法学というのは長い歴史を持つ。


「現在は研究機関の色合いが強いロメリアは元々は法学者と哲学者のサークルから始まったのさ。」


そして、その集いはヴェスタリアの祖となる帝国以前より存在していた。

この地は知識と知恵の集積地であるのだと、ユリウスは表現した。


雑談をしながら騒ぎを片耳で聞いていたが、突如水を打ったように音がやんでいったのに引かれて視線を戻した。


「『ヴェズィ』! 『ヴェズィ』!!」


「? なんだろ、外国語っぽいけど……。名前かな?」


浅黒い肌の男が叫ぶように言葉を繰り返している。

話を振ってユリウスに視線を戻すと、緊張した面持ちで強張った姿がそこにあった。


「『ヴィズィ』というのは、東国トゥルキスの将軍号だよ。」

「……トゥルキスのお偉いさんがいるってこと?」


「いや、この国に一人だけいるんだ。東の将軍号、北の大騎士号を併せ持つ人がね。」


冷汗を流しながら戦々恐々とした様子のユリウスの視線の先を探るように見ると、一人の女性が騒ぎの中心に歩みを進めていた。

彼女の進む先は、まるでそうなるのが自然であるかのように人混みが分けられて道ができていく。


「私の町で騒ぎを起こしたバカはどいつだ?」


決して大きな声ではない。

しかし、離れた場所にもはっかりと通る声であった。


次の瞬間、騒ぎを起こした男の一人が打ち上げられたように天井に突き刺さり、もう一人が吹き飛ぶように売店に突っ込んだ。


一瞬の静寂。ガラガラとした音がやむと、女性はこちらに気づいて目を見開いたのだ。


人ごみは道を作る様に動き、ツカツカとヒールを鳴らす音が近づいてくる。


「ヴェスタリア王国の公爵でありながら、東国に将軍号を与えられ諸侯連合からは名誉騎士号を叙勲した傑物。」


「……べ、別の国からも引っ張りだこなくらい凄い人ってこと?」


「もちろん、引き抜けるならどの国もそうするだろうね。だけど、この場合は別の理由だ。」


またもったいつけた言い方であった。

だが、この時はユリウスも決して余裕しゃくしゃくでそう口にしたわけではないのはすぐに分かった。


公人としては事実であっても言いづらいことがあるのだ。


「周囲の三大国のすべてが遜り、名誉を送って言ってるんだ。


『頼むから暴れてくれるな』ってね。」


ついにヒール音が私の前で止まったのだ。


見上げるとそこには自信に満ちた表情があった。まるで、己を疑うことなどありえないとでも言うような顔だ。

年は50歳を超えていると聞いていたが、決して若作りなどしていないことが見て取れるのに美人としか形容できない容貌が威厳とともにそこにあった。


赤毛は少しくすんだクルトの髪とは違い、澄んで燃え上がる炎のようなウェーブがかかっている。


「久しぶりだな。リディア。」


名乗られなくても分かる。

エレオノーラ・アリステリア、その人であった。

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