08 ようこそ、ロメリアへ
「何かあったんですか?」
「なんでもないよ。」
戻ってきたコゼットは目を丸くしていた。
結局クルトにお説教され、逃れるために出店のお菓子を二つとも献上したのだ。
揚げたドーナツの中にレーズンやらクリームやらが入ってたみたいで結構おいしそうだったので、ちょっと惜しいと思った。また今度来たら買えるだろうか。
「はぁ? あまりクルトを甘やかさないでくださいね?」
「……。」
「それで、切符? は買えたの?」
「はい、もうすぐレツシャが来る時間だったので丁度良かったです。」
「レツシャ?」
馬車ではなく?
私は、この世界の文化水準を15、6世紀あたりかと思っていたので少し困惑していたのだ。
実際に見るまで何か別の言葉の表現かと考えていた。
よもや、本当に“列車”だとは思わなかったのだ。
「すっげぇ……。」
駅に入って最初に声をあげたのはクルトであった。目をランランと輝かせて見張っている。
“駅”と言っても日本人がイメージするような立派なものではなく、石畳の舗装路を人の列を整えられるように囲む木造の建築である。
とはいえ、内装の塗装などもしっかり施されていて、これはこれで雰囲気がある。
間違いなく『ここは特別な場所』と示すようにステージとしての機能があった。
「リディア!!」
「え、あ。うん。」
クルトに手を引かれて今しがた到着した列車に向かったのだ。
「……蒸気機関車、だよね?」
元の世界で蒸気機関車の運用が始まるのは1800年代からだ。
以前も魔力の存在でこの世界の社会体制と市場規模や技術レベルが不自然になっていると考察していたが、「これ」はレベルが違った。
2,300年の歪なタイムワープだ。
「お、訳知りだね。どこかで話を聞いたことがあるのかい?」
「あ、えと。そんな感じです。」
汽車の運転手が運転席から顔を出した。
自分の携わってる仕事に誇りがあるのか、キラキラした目のクルトが微笑ましいのか話しかけてきたのだ。
「坊主、良かったら運転席に座るか?」
「えっ!?」
「あ、こら。クルトだめだよ。お仕事の邪魔になるでしょ!」
「いいからいいから、ほら、坊主こっち来な。」
私の制止に運転手はカラカラと笑ってクルトを手招きした。
クルトは運転席と私を交互に視線を往復させて困った風である。
まぁ、男の子だし。好きだよね、最新のでっかくてごついものが動くの。
この子のこういうワガママは珍しい。
あまり無下にはしたくないのだが……。
「前方の席を取れば大丈夫ですよ、リディア様。」
「……はぁ。まぁ、コゼットがそう言うなら。」
クルトは「やたっ!」とガッツポーズを取って、トテトテと運転席へ向かった。
それを見てから、私たちも切符を駅員に渡して汽車に乗ったのだ。
少しすると断続的な噴射音と共に鉄が軋む音が重い車体を動かし始める合図を告げた。
「本当に動くんだ……。」
「なんだい、あんたお上りさんかい?」
景色が窓を過ぎる速度があがるのを見ながら感嘆の声をあげると、近くにいる年老いた乗客が声をかけてきたのだ。
「都心から来たんです。驚きました。まさか、こんなものが運用されてるなんて。」
「はっはっは。そうだろ、そうだろ。こんなもんロメリア以外じゃ世界のどこに行ってもお目にかかれないからね。」
おじいさんは地元を褒められた気がして上機嫌になったのか、高笑いをした。
「いずれは、国を横断するような鉄道を作れれば豊かになりますね。」
「はぁ? なーにをいっとるんだお前さんは?」
「え?」
話を合わせたつもりだったのだが、帰ってきたのは予想外の返答だ。
何か変なことを言っただろうかと、ただただ疑問だった。
「この汽車一台作るのにいくらかかったと思ってんだ?
汽車だけじゃねぇぞ。レールに使う鉄も職人が1セルチの狂いもないように一つ一つ作ってんだ。こんな金のかかるもん国を横切って作れるもんかいな。」
「レールの鉄も一つ一つ手作りなんですか?」
「んだよ。それに汽車に使えるような質の良い鉄なんて道端に置いたら盗っ人に取られちまうよ。金はかかる。警備は必要。
こんなことが出来るのはアリステリア公爵の御膝元だけさ。」
「な、なるほど?」
これも魔法の影響なのだろうか?
いや、おそらく魔法そのものというよりは『過程』をすっ飛ばすという魔法の性質に学問が依存していることの弊害か?
ブレイクスルーが突発的に起きるために、それを再現性のある形で作る技術が追い付かないのだろう。
にも拘わらず、国の体制を市場規模が追い抜いて成長するからその辺もチグハグなのだ。
なにせ話を聞けば、盗賊が鉄を捌けるスクラップ市場まであるのが分かる。
どれも、元の世界にはない事象だ。
「でも、そんな採算の合わないものをロメリアの周りだけで何で運用してるんですか?」
「そりゃあんた、決まってんだろ?」
おじいさんは、誇らしげに笑った。
答えるのがたまらなく嬉しいという感じだ。
返事が返ってくるのが早いか遅いか、汽車が切り立った崖と雑木林に囲まれた道を抜けて視界が開けたのだ。
大きな河川の上を通った橋を通過するのを中から見れば、まるで水の上を走っているようであった。
「『ここ』が世界一の街だって、見に来た奴ら全員に思い知らせてやるためよ!」
橋を渡り終えると、建物が居並ぶ街に入る。
ガタゴトと揺れて安定しない車体。
元の世界を知る私からすれば、蒸気機関車なんていうものは旧時代の遺物だ。建物だって石造りが基本でハイテクとは程遠い。
それでも、そこにいる人たちの自信に満ちた明るい表情。
人で賑わう駅舎を見れば、たしかにここが他とは違う『特別な街』であることは肌で感じたのだ。
「ようこそ! ロメリアへ!!」
汽車を下りれば、そんな声が届いた。




