07 人形劇とナンパ
人だかりに混じると気の良い人が多いのか、後から来た私にも何をやっているのか見えるようにスペースを作ってくれる人が多かった。
集まった中には笑い声をあげる者もいれば、歓声をおくる者もいて反応はまちまちだったが、大体がユーモラスな明るい雰囲気だ。
「人形劇……?」
マリオネットだろうか?
ただ、糸などで操っている感じではない。
2体の人形がそれぞれ独立して動いて寸劇をしているのだ。
舞台のように見せた敷物の上には一人の旅芸人の風体の女がいるだけだ。
魔法の類なのだろうか。
二つの人形の間接一つ一つを逐次同時に操作しているのだとしたら、相当卓越した技術であるように思うのだが。
そんなことできるものなのか?
「すごぉ……。」
この世界の魔法には夢がないな、などと感じていたが早とちりだったかもしれない。
少なくとも目の前の小さな役者の織り成す寸劇はコミカルで面白おかしく、それでいて動き一つとっても見事なものだった。
しばらく見ていると人形たちは並んでお辞儀をすることで演技が終わったことを伝えた。
周囲の人間が拍手をしながらチップを敷物に投げ入れている。
「あっ……。財布……。」
私もおひねりを投げようとしてポケットを探ってから、つい先ほどクルトに渡してしまっていたことを思い出したのだ。
そりゃ、義務でもないので仕方ないといえばそれまでだが、予想外にいいものを見せてもらえばやっぱり何か渡したくなるのも心情なのだ。
ガックリきて少し肩を落としていると後ろから声を掛けられた。
「お姉さん。何か困りごと?」
「……?」
振り返ってみても知らない顔だ。
二人組の男であった。
「ねぇ、君。このあたりの子じゃないよね? どこから来たの?」
「あ、えぇっと。」
「俺らこの辺りには詳しいからさ。良かったら力になるよ?」
がっしりとした体格の男とノッポのキザな感じの男である。
いきなり声を掛けられて疑問に思っていたが、はたと気づいたのだ。
(もしかして、ナンパか? これ?)
貞操観念が逆転したこの世界でか?
とはいえ、街並みも違えば文化も違うのだろうか。
顎に手をあて状況を整理するために記憶を探ったが、「そういえば」という程度で魔力のあるなしの影響が強い貴族文化が薄い地域では女性優位な文化も薄いみたいな話を聞いたような聞いてないような?
うーむ。
まぁ、別に声を掛けられるというのは正直悪い気はしない。
雰囲気も、まぁ、王都やパラケルスみたいなナヨナヨ男どもが主流な地域の奴らと比べれば幾分か私の好みであった。
ただ、ナンパは困るのだ。
一応は伯爵令嬢であるし、うちの可愛い番犬に見つかるとガルガル叱られてしまう。
それはそれで見たい気持ちも湧くが、大人としては自重すべきだという理性が勝った。
「あぁ、ええっと。私___」
「すまない。少し目を離したせいで見失ってしまったよ。大丈夫かい?」
「えっ?」
突如肩を抱き寄せられて一瞬体がこわばった。
こういうことをするのはユリウスだろうかと思ったが、知らない声である。
少しの不安と共に顔を見上げると、やはり知らない顔であった。
年のころは、30より少し上なくらいだろうか?
長身に端正な顔立ちだがビン底みたいな眼鏡で隠れてしまっているのが惜しい。
まぁ、あまり私の好みではない。なんとなくだが、コゼット辺りが好きそうな雰囲気だ。
インテリ系、ロメリアの近くだし魔導士か、あるいは学者か?
「君たち、彼女を気にかけてくれてありがとう。もう大丈夫だから。」
「は? いや、あんただれ___あ、あれ?」
ビン底眼鏡が指をスイっと動かすと、二人組は口だけは「あれ? なんだ?」などと言いながらマリオネットのようなぎこちない動きで踵を返して去っていく。
「……魔法?」
「えぇ、あの芸人が操る人形と理屈は同じですよ。彼らに魔力がなくて良かった。
僕は、あまり喧嘩には自信がありませんので。」
「あ、えぇと。その、ありがとうございます?」
私の肩を離し、緊張を崩した雰囲気は柔和なものだった。
ニコリと笑う表情にも嫌味がない。
うーむ、高得点だ。
「あまり、彼らを邪険に思わないでください。悪気があるわけではないのです。」
「あ、はい。全然大丈夫です。」
「良かった、リディア様は苛烈な方だと聞き及んでおりましたので。」
やはり、知り合いなのだろうか? ロメリアの関係者か?
少し考え巡らせていると、今度は良く知った声が届いた。若干の怒気を孕んでいる。
「リディア!! なんで勝手にどっか行くんだ!!」
「あ、クルト。いや、広場は目が届くだろうし大丈夫かなって思ったんだけど。」
お菓子を両手に持ったクルトはプンスコ怒りながら走り寄ってくる。
やっぱ、かわいいなこいつ。
「ったく、何してたんだよ!」
「いや、旅芸人を見てたんだけど、ちょっと絡まれて……。あ、でもなんともないよ! 助けてもらったから___」
振り返ると、ビン底眼鏡の男はいなかった。
迎えが来たのを見て大丈夫と判断したのだろうか。
お礼ぐらいはしたかったのだが、まぁ、仕方ない。
わがままを言わせてもらえば、この可愛い番犬を宥めるためにもう少しいてくれれば楽であったのだが。
ロメリアの関係者であれば、またすぐ会えるだろうからその時に礼を言えばよいだろう。




