05 胃の痛い話
「んで? アリステリア領に用事って何さ?」
「ん?」
プライベートな不躾な物言いだったからだろう、ユリウスは私の問いに少し面を食らって同乗していたコゼットとクルトを見渡した。
二人が特に驚いた様子を見せないのを確認してから肩を竦めて答えたのだ。
「正確には、アリステリア公爵エレオノーラ殿下に姉上から伝言を言付かっているんだよ。」
「……姉上って、イザベラ様?」
「そう嫌そうな顔をするなよ。」
私の歯噛みするような顔をユリウスは笑った。
既に胃の痛い言いつけを抱えている身としては、この上、一応は形式上の小姑となる王太女イザベラの名前は聞きたくないのだ。
「君にもよろしくと伝えてくれ、と。」
「……げぇ。」
直接会ったことはない。少なくとも、私の記憶の上ではあるが。
ただ風の噂から身内の評判まで様々聞いているが、なかなか鮮烈な方であるようであった。
才気あふれ、何事にも真摯で、優しく、気高い。
王族の鏡とも言える人物だとのことだが、得てして『そういう人物』と私は相性が悪い。
僻み根性というか、もっといえば、負け犬根性と言うべきか。
弱点がない相手というのは、どうにも接し方が分からないのだ。ただ、これは私が正直なだけで日本人というのは皆そういうものだと思っている(※偏見)。
そういう意味では、ユリウスは接しやすい。
「でも、パラケルス伯も大変だね。王都での一見が片付いてすぐ君を呼び出されるなんて、寿命が縮む思いだろうに。」
「どういう意味だぁ、この野郎。」
「地下組織掃討戦の時のようなお転婆を発揮しないことを祈ってるよ。これについては本気でね。」
図星を付かれてぐっと堪えた。
言い返そうとして自分で墓穴を掘らない様に耐えたのだ。
代わりにコゼットに視線を向けて援護を求めると、コゼットはコゼットで目を伏せ視線をそらした。
今回ばかりはユリウス側につくようだ。
大人の味方がいないことを悟って降参したのだ。
その代わりに、年下に矛先を変えた。
「クルトぉ。」
自分の体をこてん、と横に倒して頭をクルトの膝枕に着地させた。
会話に追いつけていなかったのだろうクルトはなんとか私を擁護しようと、オロオロと膝の上の私とユリウスに視線を往復させている。
ぐふふ、可愛ゆい奴め。
「あの、一個聞いても良いっすか?」
「ん? なんだい?」
私の擁護は諦めて、控えめに手をあげて質問するクルトにユリウスが答えた。
「ユリウス……殿下は、この国の王子なんすよね? それなのにアリステリア公爵を尊称で呼ぶのか、って。ちょっと気になって。」
「あぁ、なるほどね。」
クルトに言われて、たしかに、と私も体を倒したまま思った。
貴族の最高位とはいえ公爵なら、せいぜい『閣下』が妥当であろう。なんでだ?
「アリステリア領はヴェスタリアではあくまで公爵領として扱われているが、事実上の公国だからね。ちなみにエレオノーラ殿下はここ数年、対外的には『大公』を名乗っておられるよ。」
「……え?」
素っ頓狂な声をあげたのは、小さな少年ではなく大人の私であった。
すでに気が重いのに、驚きで平衡感覚まで失せてしまったのだ。
「『状況を分かってない者』もいるみたいだから、付け加えて言っておくけど。
エレオノーラ殿下が持つ爵位は三つ。アリステリア公爵位・アンニバーレ辺境伯位・ドルム男爵位だが、この三つの支配地域を合わせるとヴェスタリア王国全体の12パーセントの領土になる。
これは、王家の直轄領である9%、アリステリア公爵位を除く4公爵の領土の合計である11%を凌ぐものだ。もちろん、飛び地の関係もあって単純な比較はできないけどね。」
「……え? いや、え?」
「特筆すべきなのは大陸最強とまで謳われる本人の魔導士として実力と、1000年続くアリステリア一族の歴史の中で唯一初代アリステリアの再来とまで称される学道の才能だね。
つまり、支配者としては1対1なら王国のどの家よりも強く。個人としては大陸において比肩する者のいない無双の人物なのさ。」
「……そマ?」
それ、マジ? と言葉にすることもできず舌が絡まった。
横になっておいて良かった。血の気が引いて座っているのも難しかっただろうから。
『会いに来い』とだけ綴られた自分宛ての手紙の表情がここにきて全く別のものであるように思えたのだ。
頬に伝わるクルトの膝の温もりだけがギリギリで私の意識に現実感を繋ぎ止めていた。
「リディア、君が会いに行くのは正真正銘、この国の最高実力者だよ。だから、『付いていってあげる』と言ってるんだ。『姉上の命令』でね。」
それを聞けば僻み根性などどこかに吹き飛んでしまった。
政治・腹芸・舌戦・海千山千の腹黒王子ががそばについてくれたことをこの時ほど感謝したことはない。
私はこの時点で既に未だ会ったことすらないイザベラ殿下のファンになっていた気がする。




