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05 路上喧嘩とショタ

ツカツカと足音を鳴らして路地を歩いた。


パーティが行われていた王都内のパラケルス伯爵邸からは、もうずいぶん離れている。


夜風に当たれば頭も少し冷えると思っていたのだが、脚から送り出された血が心臓を叩き、そのまま頭に上っているのか、苛立ちは増すばかりであった。




『わたくしはたった今婚約者に悪魔と罵られ裏切られたのですわよ? 心の整理がとてもできませんわ。 どうか、こんな話をして、軽々にしてわたくしの心を乱さないでくださいませ。』


涙を拭うふりをして会場を出たのが十分ほど前だ。




つまり、保留である。


あそこで返事をするよりはと、後伸ばしにしてせめて向こうのペースに飲まれない形にするのが精いっぱいだった。


『軽々に私の心を乱すな』とは、つまり会場にいる人間にも「病み上がりの身に余計な負担をかけるような下世話な噂話はしまいな?」と釘を刺したのであるが……。




「多分、無駄だろうなぁ」




大手を振って今日の美談が広まることはないにしても、人の口には戸が立てられないだろう。


今日のイベントはあまりにセンセーショナルだった。




つまり、結局のところ、やはり、あの男がすべて悪いのだ。


あの胡散臭い笑顔を思い出した瞬間、耳の奥までカッと熱が上がるのを感じた。


そして、顔に張り付いたような、あのしたり顔をいつか歪めてやると復讐を心に誓った。




可能であれば拳が良い。


なんでもかんでも、お上品な舌戦だの政治だので操れると思うな。人間は追い詰められれば最後は腕力なのだ。




ボクシングにしよう。それが良い。


リングにあいつをあげて、この瞼の裏に焼き付けたロッキーのパンチでタコ殴りにしてやるのだ。


そうだ。それが良い。


これは、暴力ではない。拳を使った語り合いなのだ。


あのモヤシ男を絶対に分からせてやる! 正義は我にある!!




「くくく……ふははは……あーっはっはっはっは!!」


この世界に来て、とにかく目先の衣食住のことばかり考えて必死にやってきたが、久しぶりに良い気分だ。


人生に目標があるというのはこんなにも心を晴れやかにするものなのかと感動した。 ありがとうロッキー、すべてあなたのおかげだ!!




「わぷっ!?」


大股で早歩きをして考え事をしていたせいか、鼻からぶつかり変な声が出た。




のそり、と樽のような大柄な女が振り返る。


ジロジロと顔を寄せて私を睨むと、相当酔っているのか酒の匂いが鼻についた。




「なんだ、お貴族の姫様か? こんな夜更けに出歩いて、男にでもフラれたか?」


カチン、と。頭の中で音が鳴るのが聞こえた。


「あ”ぁ”?」


私は今でも日本人を自認している。姿かたちが変わっても心は変わらないのだ。


だから、いつもならぶつかった瞬間に謝罪をしていたであろう。


しかし、今の私は日本人である前に(心だけ)ボクサーであった。


であれば、鼻先が触れるほど顔を近づけてトラッシュトークをかましてくるこいつは対戦相手であるに違いないのだ。そうでないはずがない。


ジロリと、相手の瞳の奥まで見てやろうと睨み返してやった。




額をぐりぐりと押し付け合うこと数秒。




女は半歩引いて腕を振り上げ、それが、私の頭の中にゴングを鳴らした。




身体をねじって遠心力まで乗せるような大ぶりのパンチが側頭部めがけて飛んでくる。


馬鹿め、と燃え上がる心の中で笑った。そんな大ぶりなパンチなど当たるものか、と。




膝を抜いて重心を落としたついでにフックをかわし、脚のバネを目一杯きかせた力を拳にのせた。


拳は女の顎を直撃し、百キロは超えようかという巨体を仰け反らせ、そのまま宙に浮かせた。




渾身のアッパーである。


女の背中が地面と激突するまで、二秒とかからなかった。




静寂と共に、勝利が訪れる。




ロッキー……やったよ……わたし……。




初試合は見事なKO勝ちであった。




拳を天に突き上げポーズでもって勝利を宣言した。見上げる夜空のような晴れ晴れした気分だ。




「なにしてんだ!? お前ぇええええええ!?? やっと見つけた客なんだぞ!?」


声が響いた。


叫び声の主は年のころは十歳やそこらの少年だった。


拳を天高く掲げたまま我に返った私は、あたりを見回し、この惨状を引き起こしたのは誰であるかを探したのだ。




ユリウスせいである。間違いない。




女の意識を確認し介抱する少年を見ながら、ダラダラと脂汗が背中を流れるのを感じた。

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