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02 魔法の実験

クーネル男爵との会食を終えてから私は工房へ向かった。錬金術師としてのリディア・パラケルスの自室である。

王都から戻り、余裕ができてから今日までリディアの書き残していた研究についても目を通していたのだ。


研究内容は多岐にわたっていたが、特に銅などの錬金術でいう『未熟な金属』の利用についてが主であった。

つまり、パラケルスの代々受け継ぐ触媒利用の拡張である。


「まぁ正直、内容としてはギリギリ半分理解できてるかできてないかって感じだけど……。」


元居た世界でも物理や化学は苦手であった。

どちらかといえば、史学や人文系を好むノン理系女子であったのだ。それに加えて、魔法などというヘンテコ法則が加わった学問に慣れるには時間が必要だ。


とはいえ、今日に関しては別に研究を読み進めるために工房に来たわけではない。

この世界に来て初めて自主的に『実験』をしてみるためにきたのだ。


「まずは、こっちかな?」


私は蠟燭を準備して、その前に立って目を閉じた。

王都で掴んだ魔法を使う感覚を思い出す。


どうにも感情の起伏などに影響されたむらっ気が激しいようでコゼットに言わせれば「ロメリアにいるような上澄みを除く一般的な魔導士としてなら及第点」という判断だが、それは少しずつ改善するしかない。


手をかざし蝋燭に火をかける想像をする。


「……っ。」


かざした手に僅かな熱を感じて目を開ければ、蝋燭に火がともったのが分かった。

まずは、成功である。


それを確認してから、蝋燭にフラスコを被せ密封すると火は消えた。


「ここまでは、想定通りね。」


私は新しい蝋燭とフラスコのセットを用意して、今度は蝋燭にフラスコを被せてから魔法で火をかけようとした。

一回目と同じように目を閉じ、手をかざす。


感覚的には一回目と同じく、魔法自体は発動した感触がある。


「ふむ。やっぱりこうなるか。」


目を開けて蝋燭を見ても火がかかった痕跡はない。

新品の蝋燭がそこにはあった。


「燃焼反応を起こすのに酸素は必要ってことだよね……。」


ここまでは、中学理科だったのでギリギリ覚えていた。

火を起こすには燃やすものと酸素が必要で、酸素が足りないと燃焼反応が止まる。


逆に言えば、この世界の魔法も『手順』は別として現象自体は元居た世界と同じ理屈で動いているのかもしれない。原子論? だったか?

魔法を使っても無いものはどうしようもないし、物理的にできないものはできないのだろう。


「じゃあ、魔物とかドラゴンとか獣人とかもいないのか?」


剣と魔法のファンタジー世界ではお馴染みだが、この世界にそういった類のものがいるとは3年たってもついぞ聞いていない。

だが魔法の武具については聞いた、何せ聖剣なるものがあるというのだ。どういう仕組みだろう。


「ま、それはコゼットにでも聞けばいいか。つぎつぎ。」


仕切り直して、水と塩、あとは触媒の研究で用意されていたのだろう鉄のプレートを3つ用意した。


一つ目はそのまま。

二つ目は水で濡らして。

三つめは二つ目と同じだが、塩水を使う。


一つ目の鉄プレートの前で目を閉じて手をかざしてイメージする。


「……錆びろ。…錆びろ。……錆びろっ!」


感覚で分かる。魔法が発動した。

目を開けると、鉄プレートに錆が発生している。


「じゃあ、二つ目……。」


さっきと同じように鉄プレートを錆びさせるイメージ。

ただし、今回は細心の注意を払って『一回目と同じ魔力量』を使うことにも集中する。


目を開けると、二つ目の鉄プレートが一つ目よりも明らかに錆具合の様子酷いことが分かった。

自分の仮説があたっているかもしれない、それを思うと胸が少し高鳴った。


「なるほど、リケジョの気持ちが今なら少し分かる気がするぞ……。ふへへっ……。」


高鳴った心臓が落ち着くのを深呼吸をして待ってから、三つ目の鉄プレートに手をかざした。

さっきと同じやりかた、同量の魔力を注ぎ込んで鉄が錆びるイメージをする。


「……っ!」


目を開けてプレートを見比べる。

三つ目のプレートの錆具合は前の二つとは比にならないほどであった。手で触れば金属特有の艶の感触は完全にない。


「……やっぱりだ。」


たしか鉄が錆びるのを塩(NaCなんとか?)がイオンでなんとかかんとかみたいなのは覚えていないが、電子の受け渡しのつなぎ役をするから酸化反応を格段に早めるみたいな感じだったはずだ。


それ自体は今はどうでも良いのだ。

ポイントは、『なんでそうなるのか原理は私も詳しく分からない』ところにあった。


私が確かめたかったのは魔法の生み出す結果ではない、むしろ結果を前提として工程がどうなっているかであった。

今の実験を見るに魔法というものは、イメージしている結果に向かって『魔力』とかいうトンチキな力で工程をすっ飛ばしているのだ。


最初の蝋燭の実験やユリウスの使うテレキネシスなんかが分かりやすい。


熱を生み出す(例えば摩擦するというような)工程をすっ飛ばして火をおこす。

手で押すという工程をすっ飛ばして物を動かす。


その運動に変換できる値の『量』を一般的に『魔力』と呼んでいるのだろう。


だが、二個目の実験で確信したことがある。

使用者がその原理や工程を理解している必要がないにも関わらず、物理的な工程の違いで同じ魔法の力を使っても得られる結果に差がでるということだ。


これはつまり、魔力の使用量は省略している工程の『多さ』にも応じて変わるということだ。

おそらく劇的に。


クーネル男爵との会食での『メンツ』と同じである。

どれだけ力があるかで『量』と『工程』の省略できる範囲が決まっているのだ。


「てことは、生まれついて魔力が大体決まっているっていうのも同じような理屈か?」


たとえば、この世界に対してどれだけ個人のメンツが立っているか。あるいは、名が通っているか。

社会を通してか、あるいは宗教的なものなのかは分からんが。___いや、それだと生まれついての魔力量の上限が動かないという言説が通らないか?


もしくは、『世界自体』からの期待や崇敬の方が近いのだろうか。

だとすれば、貴族に強い魔力持ちが生まれやすい説明もつくように思うが……。


「……どっちにせよ。要するにただの『ズル』じゃね? これ。」


どうにも、少女時代に夢見てようやくお目にかかれた『魔法』とやらを私は好きになれなさそうな気がした。

なんというか『夢』がない。これも自分の穿った見方であろうかと思うと少しげんなりする。


せっかくリケジョの気持ちが分かって胸がときめく思いであったが、まぁ、あんまりむやみにやたらに使うのはよしておこうと思ったのであった。

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