42 遠き沈黙
『拝啓 』
いや、少し気取りすぎてるか?
手紙などは書いたことがほとんどない。ましてや、血のつながった身内に送るものなどはどのように書けばよいのか分からなかった。
「……いてて。」
一日中シャベルを使って坑道を掘り進めていたのだ。
手のあちこちにマメができては潰れていた。
ようやく支給された手紙用の紙とペンを握る手は感覚がぼけていて上手く字を書くことなどできそうもない。
もっとも、学のない俺だから不自由ない状態でも綺麗な字とは程遠いのだが。
字などは幼少の時分に町を訪れた神父様にいくらか教わったのをなんとか記憶から引っ張り出して周りの知恵を借りてなんとか、という程度だ。
「この炭鉱に来て、もう半年が経つのか。随分経つけど、やっぱまだ慣れないな。」
金払いは良い。少なくとも農村で従事するよりは。
都市で日雇いをするよりも安定した収入になるので、それは助かっている。
問題は労働環境である。
一日中屈みっぱなしの力仕事だ。
あちこちの間接が軋むようにズキズキと痛む。30を迎えようという男としては身に染みて辛い。
先週は隣の坑道で落盤があり、何人も生き埋めにあったと聞いた。
明日は我が身だと考えるとゾッとした。
まだ死ぬわけにはいかないのだ。
なにせ、先立った妻が残した借金があるのだとか。
結婚して男の子を一人迎えただけであったし、贅沢とは無縁の生活をしていたので一体全体どこからそんなものが出てきたのかと。
しかし、役人だという方の持ってきた立派な債権書を見せられれば納得するしかなかった。
男手一つで物心がついて日の浅い息子をなんとか育てていたため、そんな余剰金などなかった俺は斡旋された仕事を受けた。
支払いをしながら、なんとか息子の生活費の仕送りをすると手元に金など残らなかった。
雀の涙ほどの給金を貯めて、ようやく手紙を出せるだけの金ができたのでペンをとったのだ。
字などまだ読めないだろうが、まぁそれでも良いと思っている。
読めるようになった時に読んでくれれば、息子も自分を気にかけ続けた親がいることは分かってくれるだろう。
なぜ小さい自分一人を置いていなくなったのか? と、いつか会いに行けばそんなことを言われてしまうかもしれないが、その時には心よりの謝罪をするしかあるまい。
借金を返せるまで、あと4、5年ほど。
迎えに行くときには息子も多感な時期にさしかかるが、再会した時のことを想えば重労働により削がれた体力も気力も少しだけ湧いてくるというものだ。
精一杯謝り許してもらおう。
そして許してもらえたら、それからのことをたくさん語ろう。
今は辛いが、その分きっと良いことばかりが残されているはずだ。
だから、それまでは親代わりに手紙を送ろう。
金と時間が許す限りたくさん書こう。
「やっぱり、ちょっとは格好つけてもいいかもしれないな。」
父親としてはやはり格好良いと思われたい。
傍にいてやれない代わりに、せめて頼りがいのある文にしたいのだ。
会った時に幻滅されないかと一瞬手が止まったが。
そんな話もいつか笑い話にできたら良いではないかと思い再び筆をとった。
『拝啓 クルトへ』




