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41 大噴火

「……コゼット。」

「いけます。」


自分の従者を呼べば、コゼットは短い言葉でサーベルを振るって答えた。

コツコツと靴を鳴らし前に出るコゼットにユリウスも声をかける。


「援護します。」

「ありがとうございます。」


「リディア様はクルトの怪我を見てあげてください。」

「うん。そっちはお願いね。」


私は向き直り、クルトを見た。

あちこちに刃傷があり、全身ズタボロであった。


私がスカートの裾を破って包帯代わりに具合の酷い傷から止血を始めるとクルトから声が上がる。


「リディア! 大丈夫だよ、俺! そんなことしなくても___!!」

「黙って。」


こんな時でも遠慮されるのが、保護者としては歯がゆかった。

本当はもっと頼ってほしいのに。

それでも、この子にそんなことを言っても言い返されるに決まっている。


ずっと一人で生きてきた子なのだ。

だから、言葉の受け取り方が本当に下手くそであった。


「こんな時くらい、黙って言うこと聞きなさい。」

「……。」


ピシャリと、言い放つ。

言葉を受け取ってくれないなら、行動で示すしかないのだ。


あの時、雨の中で逃げるクルトを引き留めることができなった自分と決別する。


血が繋がっていないから。

出会って大して日も経っていないから。

私が別の世界の人間だから。


頭の中であぶくのように浮かんでくる言葉を気持ちで捻じ伏せた。


「あのね、クルト。」

「……。」


「私、クルトがいないと寂しいよ。」

「……リディア。」


「だから、一緒にいてくれない?

クルトがいると、いろんなことを頑張れるの。君がちゃんと大人になるまで、ずっと、一緒にいたいよ。」

「……っ。」


「大好きっ!」


理屈ではなく、気持ちをぶつけた。

理由なんてなくて良いのだ。だって、こんなにも愛おしく思うのだから。


「ごめん、リディア。俺、酷いこと言って……。本当は……っ!」


ボロボロと涙を流す姿を受け止めた。

路地で出会い、いろんなことを教えた。この子に助けられたこともある。


それでも、お互いどこか距離を探っていたところがあったのだろう。

ようやく、思いを。教育や言葉ではなく、気持ちを受け取ってくれたのだと。隠さず流れる涙が教えてくれているようだった。


あぁ、だから腹が立つのだ。


「……。」


コツコツと気配を隠すように忍び寄る足音がする。

そもそも、こんな事態に巻き込んでくれた元凶が人の姿をとって近づいてきた。


「バカ貴族がっ!! 感動的な語りなんてしてる場合かよ!! てめぇもそのガキも人質にっ___!!」


「リディア様!!」


自分の配下を囮に身を潜めコソコソと忍び寄ってきたナタリアが剣を振り上げ迫っていた。

一拍遅れてコゼットも気づいたのだろう。その声に続いてユリウスも振り返る。

クルトが私を庇おうと身を挺する姿勢を取るのが分かった。


周囲のものが全てスローモーションになったかのように把握できた。


命の危機だから『ではない』。


「っっっっ!!!!」




「「「えっ!?」」」


こちらに視線を向けた者すべてが目を見開いている。

相対するナタリアなどはポカンと口まで空けて間抜けな顔を晒していた。


「いい加減にしろや。」


何故突如として、こんな場違いな空気が流れたのか。

___私が素手で振り下ろされるナタリアの剣を掴んだからだ。


左手でがっしりと。

振り下ろされる凶器の鋭利さを受け止め、鮮血が宙を舞う。しかし、それは肉には食い込んでも骨を断つことなどなかった。


「あ、ありえなっ___!?」

「おらぁああああああああああああああ!!!」


掴んだままナタリアごと剣を手繰り寄せ、引っ張った勢いも乗せて体を捻り右手で渾身の拳を放った。


「ぐぅおえっ!?」


メリメリと、腹の肉につつまれた水袋のようなものが潰れる感触を感じながら振り抜いた。

ダンスホールとしても使用できるのではないかという屋敷の玄関をナタリアは端から端まで一息に吹き飛ぶ。


ガラガラとホールの向かい側でナタリアが瓦礫に埋もれる音が届く。

後ろからは、クルトが素っ頓狂な声で私を呼ぶ声がした。


だが、今はそれに答えてる余裕がなかった。


そうだ。

思えばそうであった。


もうずっと目が回るほど忙しく、目の前のことで精一杯で考えることもなかったのだ。


3年前から先日の社交界まで、必死こいて貴族教育を叩きこまれる羽目になったのは何故か。

ナヨナヨ男どもの集まる社交界でユリウスに貸しを作る羽目になったのは何故か。

息つく暇もなく地下組織掃討などという仕事に駆り出されたのは何故か。

クルトと喧嘩をすることになった原因を作ったのは何か。


そもそも、こんな目にあっていることの元凶は『誰』だ。


「あれもこれもどれもこれも!! ぜんっぶてめぇのせいじゃねぇか!!」


怒りであった。

怒髪衝天である。


やり場のない怒りなどではない。

今まで溜め続けた鬱憤全てをぶつけるべき相手を見つけ、その指向性をもった怒りが自分の中でスイッチを押したのが分かった。


この世界で目覚め、今まで何度も魔法の指南は受けた。

だが、それをまともな形で発現することは叶わずにいた。


『魔法なんて信じられない』

『そもそも、これは私の体ではない』


しかし、今。そんな頭の中の理屈など吹き飛ばす怒りが爆発したのだ。


雑念一つなく噴火した感情という力がヴェスタリアの誇る大魔導士、リディア・パラケルスの肉体を確固たる意思で屈服させたのが分かった。

体の中の内燃機関が轟々と燃え上がりながらエネルギーを送り出して全身に行き渡らせているのを感じる。


「な、なんだ、あいつ。ば、化け物!?」


レオからそんな声が上がる。

あぁ、どこまでもイラつかせてくれる男であった。


そうだ、化け物であるというならその通りなのだ。

子を連れ去られ、こんな目に合わされた母狼である。


もっといえば。


「モンスターペアレントだよ!! この野郎!!」


私の絶叫に敵味方関係なくすべての人間が固まった。

最初に動いたのは私だった。


それに続いて、レオの配下どもが短剣を構えて迫ってくる。

コゼットやユリウスなど無視して迫ったのは、私に恐怖をしてだろうか。


だが、心情も考えれば当然かもしれない。

なにせ酷く恐ろしい顔をしているだろうから。


人が本気で怒れば、『そういう顔』をするのだ。


「邪魔だぁああ!!」


迫りくる暗殺者など恐るるに足りない。

怒りで我を失っているのもそうであろうが、理由はもっと単純である。


恐れる必要など一ミリもないのだ。

体内では魔力がとめどなく溢れだし発散する行先を求めていた。


直感よりも深い感覚が理解していたのだ、こんな雑兵どもは相手にならないと。

私は向かってくる暗殺者を片っ端から叩きのめして、ちぎっては投げ、歩みを進めた。


「ひ、ひぃっ!!」とついにそんな声をあげて暗殺者の一人が尻もちを付いた。

一人が怖気づくともう一人、あとはドミノ倒しのように規律を失い足腰たてないままズルズルと道を開ける。


ついには誰も私の前になど立とうとはしなかった。


道が開けた先にはこれまた腰を抜かして情けなく尻もちをついたレオがいる。

コツコツとわざとらしく地面を踏み鳴らし靴で音を立てて近づいた。


「ま、ま、待ってくれ!! り、リディア!! いや、リディア様っ!!」


かつての婚約者が、この身を果たしてどちらで読んでいたのかなど知らぬがレオは呂律も回らず言葉を並べ始めた。

正真正銘の命乞いである。


「わ、わたしはあなたの婚約者だったのだぞ!! たとえ行き違いがあっても人の情というものがありましょう!!」

「……。」


「わ、わたしは今でもあなたを愛しているのだ!! 本当だ!! あなたのように聡明で気高い人など見たこともない!!」


ツラツラと薄っぺらい言葉を並べながら滝のように汗をかく醜い姿に思わず顔が引きつる。

しかし、そんなものは腹の奥から湧き出る怒りを燃え上がらせるのみだ。


愚鈍。独りよがり。おまけに全く好みではない顔がグズグズで見るに堪えない。


「ゆ、許してくれぇええ!! なんでも言うことを聞く!! 私と貴方の仲ではないか!!」


あぁ、まぁそういえば。

社交界の時はユリウスに任せたきりで婚約破棄の件も巷では宙ぶらりんの状態であると思われているのであった。

そんなどうでも良いことに思い至る。


「まぁ、でもいい機会よね。」

「へ?」


私が言葉を発すのがよほど意外なのか。

レオは鼻水を垂らしながら目を見開いて言葉の意味を考えているようだった。


失礼な奴だ。まるで人が人語を介さないケモノにでも見えているとでも言うのか。


「私は拾った捨子を育てます。きっと、誰より強い聖剣の使い手になるでしょう。」

「え、は? へ?」


拳を思いっきり引くと、震えあがったレオが両手で降参の合図を出した。

だが、私としては知ったことではないのだ。


悪役令嬢に転生した世界が貞操逆転などというふざけた文化で、散々溜まった鬱憤のすべてを怒りと共にぶつけてやる。


「だから、婚約破棄してくださいませ!! ナヨナヨくそ王子!!」


拳を握り、全身のバネを目一杯効かせた力を乗せた。

渾身のストレートである。


「うぐおぶらせばっぐぼはっ!!??」


拳がぶつかった頬の奥で奥歯など粉々に弾ける感触が伝わった。

それも一瞬である。


レオは本人の軽薄さを表すように軽く吹き飛び、瓦礫の中に姿を消した。


「うちの可愛い子をさ、泣かすんじゃねぇよ!!」

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