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40 最後の宣告

壁が崩れ、月明かりが建物の中を直に照らす中で、見つけた小さいその体を抱きしめた。


「ごめん、クルト。遅くなって。こんなに怪我させて……。」


クルトは痛みからか動揺からか、言葉を発することもままならないまま、私の名を呼んだのだ。


「……リディア。」

「……っ。」


再び会えた安心か、傷だらけのこの子を見た心配か、あるいは、自分への情けなさか。

いろんな感情が胸をいっぱいにする。それでも、それをつゆとも出さないように腹に力を貯めたのだ。


クルトの頬を両手で包むように、ただ、少しだけ力を入れて叩いて言った。


「こら! 心配したんだからね!」


目をまん丸くしたクルトと視線が合う。鼻は赤く、瞼もかぶれたように腫れている。

きっと、本当に大変な事態にあって耐えたのだろうことは疑いようもない。


それでも、平静を装うのだ。

『これは、ただの家出』『ちょっと口喧嘩して飛び出すなんて、どこの家の子供でも普通のこと』『おかしなことなんて何もない!』

この子を連れて帰るのが、特別なことなんかにならない様に。そんな言い訳をしてやるのだ。


「帰ったらお説教だから!」

「……っ!」


帰ってくることが、当たり前なのだ。

だから、私は目一杯の虚勢を張った。


クルトは涙を溜めた目で私の目を見返しても、やはり、涙がこぼれるのを見られるのは恥ずかしいのか、ついに腕で目を拭って頷いた。


心の中でホッと一息ついたのだ。

そして、大人としてまだ片づけなければならないことがあると気合を入れ直し、立ち上がって視線を向けた。


「……。」

「……リディア・パラケルス。」


二人の人物と相対している。


一人はレオ・ヴェスタリア。見知った顔だ。

とはいっても、私がこの世界に転生して一度会ったのみの相手ではあるが。形式上は元婚約者ということにもなる。

小太りの顔に脂汗をかいて、追い詰められたことを悟っているのか目が泳いでキョロキョロとせわしない様子だった。


つまり、もう一人の女が。


「あなたが、ナタリアね?」

「……えぇ、まぁ。」


つい先ほどまで剣戟を交わしていたコゼットが下がって庇うように私に身を寄せている。

コゼットが手こずるということは騎士崩れであろうか。


睨みあい、硬直した状況を壊れた外壁を踏み越えたユリウスが崩した。


「双方ともに剣を収めてください。この場の裁定は女王陛下より御下命を受けた、この私に預けていただく。」

「兄上ぇっ!!」


ギリギリと、こちらまで聞こえそうな歯ぎしりと共にレオはユリウスを睨みつけた。

ナタリアは様子を見ながら状況を読むためだろう構えを解いて剣を下げたが、いつでも行動をとれるようにするためか鞘に納めることはしなかった。


二人の威勢にも臆さず、ユリウスは一歩前に出る。


「レオ・ヴェスタリア。此度の裏組織騒動に対してのお前の関与について確認する。」

「なっ! 待て兄上、誤解だ! これは__」


「まず一つ、王都を根城としていた地下組織と長期間に経て接触を続け、憲兵の捜査・税務官の調べに関する情報を事前に流し、見返りを受け取り王都の治安を著しく乱したこと。」

「……っ!」


「二つ、王家の名を騙り、正式な裁可を経ていない徴収証書を複数発行。いわば、偽造債権を乱発し多額の利益を不正に得ていたこと。」

「ば、違う! 私が行使したのは代理権の範囲でのみ行った正統なものだ!」


レオは唾を吐き散らしながら反論をする。

しかし、ユリウスは眉一つ動かさずピシャリと言い返した。


「いや。リディア嬢の入手した帳簿から遡り、私が手に入れた証書に書かれた女王の署名は偽造されたものだった。筆跡鑑定も既に済んでいる。」


「ちょ、帳簿を抑えられたのか!? ナタリア! お前、何をしてたんだっ!!」

「な、ふざけんな! こっちが知りてぇよ!! なんでこんなことになってんだ!!」


先日のミケイ襲撃の報はまだ届いていなかったのか。

混乱した状況にレオとナタリアはお互いに責任を押し付け合うように口喧嘩を始めた。


金の切れ目が縁の切れ目などとは言うが、まぁ、互いが互いを利用しようと近づいた間柄など窮地に陥ればそうなるのは目に見えたことだと言えばそれまでだろう。


「……最後に。」


口汚い口論など聞いていられないとばかりに、ユリウスは呆れた様子も隠さず、しかし、しっかりと声を通した。


「女王陛下は、お前をもう王位継承者としても、実子としても見限ったとおっしゃられた。」

「なっ!?」


「本件の調査と裁定は、すでに女王の名をもって行われている。

私がここにきた理由も、調査を完了するためでも、お前を保護するために来たわけでもない。逮捕・拘束するためだ。」


「ふ、ふざけるな! 母上が私を見捨てただと!! 私に自ら会いに来るでもなく、お前のような妾腹を伝令として寄越すだと!?

そんなことあるもんか! 俺は王子だぞ!! お前みたいな半端モノとは違う!!」


「王族とは、血によって選ばれ、行いによって民に認められるものだ。

民のない国などないのだから。高貴さとは義務の上に成り立つものだ。お前はそれを裏切ったんだよ、レオ。もう年貢の納め時だ。」


「ぐっ!!」


レオは歯茎をむき出しにして鼻までしわくちゃに食いしばった。

隣のナタリアはもう主を見捨てる気なのか。周囲を見渡している。逃げ場でも探しているのだろうか。


「あなたもだナタリア。不正な方法での債権の取得。王国の定めた基準を超える法外な利率。

また、地下組織を通したあらゆる裏ルートでの取引は既に割れている。観念してもらおう。」


「……。」


睨みあい、緊張の中で静寂が続いた。

今度はそれを破ったのはナタリアであった。


「くくく……。あははははっ!! あーっはっはっは!!

もういいだろレオ殿下!! こんな茶番に付き合ったってしょうがねぇよ!! 王家の王子だか伯爵令嬢だか知らねぇけどさ!! 

ここで殺して逃げちまえば後はどうとでもなるだろ!! わざわざ、自分で顔出してバッカじゃねぇの!? なぁ、おい!! ここでやっちまおうぜ!!」


大声で、全身から感情を発露するように叫んでいる。

もうやぶれかぶれのヤケクソであることは一目で分かった。


だからこそ、緊張感が頂点に達する。

追い詰められた獲物。失う物のなく死に物狂いの手合いが一番恐ろしいからだ。


ユリウスと、コゼットも身構えた。

対するレオはユラユラとした足取りをとったかと思えば、頭を抱えてついに叫んだ。


「そうだ……。そうだよ。俺は王子だ。

ここで! ここで全員殺してしまえばいいんだ!!証拠も、証人も、言い訳なんていくらでもつく!! 母上だって、俺が直訴すれば、妾腹のお前より俺を信用するさ!!」

「……。」


「そうさ! 何事もうまくいく!!

おい、金食い虫の暗殺者ども! いつまで隠れてるつもりだ!! 仕事だぞ出てこい!!」


レオの言葉を受けて、月の照らさぬ暗がりから人影が塊のように現れる。

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