38 窮地
広い部屋の中央で、ナタリアと睨みあっている。
出口を塞ぐように剣を抜いた二人の男が立った。
「おい、おっさん。
これで借用書は無効だ。さっさと失せな。」
中年男は言葉にならない声を出しながらオロオロと状況を把握しようとしていた。
「クルト、同情でもしたのかな? 君は何をしてるのか分かってるのかい?」
「……。」
「これは、れっきとした仕事なんだ。悪戯じゃすまいないんだよ。
それなのに勝手なことをして、金貨300枚分の損失を出したんだぞ?」
「じゃあ、裁判でもしてみるかよ? そしたら、不正がはっきりすんぞ!!」
苛立ちから語調が強くなっていった。
あるいは、恐怖からだろうか。剣を持った男たちがジリジリと間合いを詰めてきているのだ。
“契約魔法”は、一度証人が裁定したなら、その証人が翻意にしなければ新しい証人は立てられない。
つまり、俺が自分の意思で無効であることを撤回しない限り契約書を使うことはできないのだ。
ナタリアはここにきて苛立ちを隠そうとしなくなっていた。
「おっさん!! さっさと逃げろ!! あんたがいると邪魔なんだよ!!」
「ひっ!?」
すぐに来る荒事のために、どうしてもこの情けない男を逃がす必要があった。
ジゼルやアーデルさんじゃあるまいし、大の男一人守りながら戦うのは無理だ。
「はやくしろ!!!」
「……っ!!」
子供をおいて行くのに気が引けていたのか。男は目を泳がせていたが、ようやく重い腰をあげて一直線に扉へ走った。
そして、それが火ぶたを切ったのだ。
ナタリアや手下の一人が男を追って、一人が剣の切っ先を向けてこちらに迫った。
一度、逃げるおっさんのことを意識から追い出し、目の前に迫る致死の一撃に全神経を集中させた。
おざなりな太刀筋だ。俺をなめているのか、大した訓練などうけていないのか、直感的にはその両方だ。
せまる大上段の剣劇に対して潜るように身をかがめて前に出た。
体格差から小さく見るだろう俺の身体がより小さく見えるようにしながら。
「___っ!?」
ナタリアの手下が瞠目する。
遠近感を崩されたために、上から振り下ろした剣の切っ先が俺の体を捉えないことに気づいたからだ。
腕を畳んで足を引いても間合いは調整しきれない。
俺は手下の肘の内側、完全に相手の懐に潜り込み腕をつかんで地面を蹴った。
体を逆さまにしながら体全体で腕に巻き付き、背筋を目一杯使い相手の腕を伸ばしきる形で間接を極める。
「ぐぁああっ!?」という引きつった叫びと共に手下の掴んでいる剣が落ちた。
それを確認してから体を思いっきり捩じり、その遠心力で手下を鼻から床に激突させる。
「っし!!」
まず一人目の脅威を排除して、逃げようとするおっさんを視界で追う。
男に掴まれる寸前だったが、まだケガなどはない。
床に落ちた剣を拾って利き足を軸に体を回転させた勢いを使って投げる。
柄を重心に鋭利な切っ先を走らせる刃に気づいた手下は追うのをやめて体勢を整えて剣を払う。
迫りくる攻撃を防ぐ手下はそれでも十分な質量をもった投擲に態勢を崩されて数歩後退りした。
予想外の事態を回避して安堵して一瞬の息をつく男とは反対に、俺は駆け出す。
手下が視界に捉えたのは、おそらく眼前に迫った靴底だったであろう。
「ぐえっ!!」という間の抜けた声が響く。
子供とはいえ、人一人分の体重を乗せたドロップキックを鼻から受け止め背骨ごと首が伸びきり仰け反って倒れた。
「___ふぅ。」
息を整えて剣を拾い。部屋に視線を戻した。
「へぇ、君。いいね。」
意外だったのはナタリアが飄々としていたことだ。
まるで動揺した様子がなかった。
「剣の使い方はパラケルスに教わったのかい? あの家は錬金術師の家系だったはずだけど。」
「……。一番参考にしたのはアーデルって男の騎士さ。」
と言っても、数日の稽古であった。師匠と呼べるかは微妙だと思うが。
名前を知っているならビビッて逃がしてくれまいか、と淡い期待があったのだ。
「あぁ、なるほどね。あのオルセラの猟犬か。道理で騎士らしからぬ泥臭い戦い方なわけだ。」
ナタリアは落ちているもう一本の剣を拾い上げて片手で構えた。
いや、構えるというよりただ携えているというようなスタンスだが。
(さっきのを見ても動揺してないってことは、こいつも傭兵あがりか?)
ナタリアとは反対にこちらは腰を落として剣を構えた。
「なぁ、クルト。やっぱ、お前こっちにつかないかい?
腕の立つやつは大歓迎さ。しかも、読み書きできて魔力持ち。思いがけない拾い物だ。
君が忠誠を誓ってくれるならさっきのことは水に流そう。あの男のことを見逃しても良い。」
「お断りだよ。あんたは俺のタイプじゃないんでね。」
「あらら。」
ヘラヘラと笑う姿は隙だらけのように見える。
構えを見てもフラフラと剣の扱いに慣れているようには感じない。
問題なのは体格差だけだ。だから不意を衝く。
大上段から思いっきり振って軌道を読ませ、剣をこれでもかと意識させてガードさせてから意識と視界の外から蹴りを叩きこむ。
やれる。
ただ、直感が警戒音を鳴らしている気がする。
緊張から心臓が勝手に暴れているのか。相手のハッタリに飲まれてるのか……。
「そんなにビビッて可哀想に、遊んでやるからさっさとおいで。」
「……っ! なめんな!!」
いつまでも睨みあっても意味はない。不安を頭から追い出し駆けた。
事前に立てた作戦通りに思いっきり振りかぶり体重を乗せた大上段の一撃。
お互いの切っ先が触れて重さを全て受け止められたが、これは予想通りだった。
予想外だったのは、鍔迫り合いになればお互いの剣を支点に支えられるはずだった重心がつんのめり足が行き場を失い宙を泳いだことだった。
衝突の音からくる思い打撃音はなく、ガラスが割れるような重層的な音が部屋中に響いた。
「なっ!!」
自分の持っていた剣を見れば、ぶつけた部分から先の切っ先が消失していたのだ。
正確に言えば、淀み一つなく切り落とされていた。
「魔法剣!?」
こちらを見下ろす視線は戦いの中にあるとは思えないほど飄々と余裕を見せていた。
瞬間、自分の直観こそが正しかったことを悟った。
「君は騎士の動きを猿真似してるだけだ。騎士の本質は魔力の使い方なのに。」
ナタリアの持つ剣の切っ先は淡く光り怪しげな危険さを放っていた。
ついでとばかりに片手で放たれる斬撃を受けようと剣を構えると、残った切っ先がバターのように切られて更に短くなる。
「こいつ、騎士くずれか!?」
戦場を支配する一騎当千のツワモノが絶望のごとくそこに立っていたのだ。




