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37 決別

食事を終えてボーっとしていると、仕事で呼ばれた。

さっそくと言えばそうだが、商会にどういう仕事があるのかも分からない中で何をさせられるかは流石に不安になった。


奥の扉を通されると、部屋は広い。来客用の部屋だろうか。

部屋の間取りに少し不自然さを感じる、椅子や机、調度品などは部屋の端に寄せられていて中央はスペースが作られているのだ。


部屋の奥には商会の主であるナタリアを差し置いて上座にどっかりと座っている男が目立つ。

金髪に碧眼、小太りだがどこかで似たような姿の男を見た記憶があった。


(あぁ、なんか、ユリウスに似てるな。)


なんどかパラケルス邸を訪れていたので話したことがあるが、顔立ちがどこなく似ているのだ。

ただ、目つきはこの男の方が悪いなとは思った。


「すまないね、クルト。到着したばかりで仕事を頼むことになってしまって。」

「いえ、大丈夫です。俺は何をすればいいんですか?」


柔和な口調で話しかけてきたナタリアだが、隣にいる男を紹介する気はないのだろうか。

男も自分から名乗る気はなさそうだった。


「うん。ちょっと顧客との取引で字が読めて魔力のある人間が必要でね。」

「……というと?」


ナタリアは「んー……。」と間延びした声を出しながら顎に指当て考える素振りをみせた。

面倒な仕事なのであろうか。それとも、仕事の内容を一から十までするのが面倒で端折って説明するためなのか。


「クルトは“契約魔法”については知っているかい?」

「……いえ。」


名前くらいは聞いたことがあっるが。

自分が何かしらの形で関わるなら出来るだけ初歩から教えてもらいたかったのでかぶりを振った。


「そうか。んー……。なんと言えばいいかな。

当事者同士の約束を魔法の力で破れないようにするって感じかな? こんな業界だからね。たまに使うことがあるんだよ。」


「はぁ……。それで俺が必要な理由っていうのは……?」


話しぶりから、何かを隠されているように思った。

ただの直観である。ただ、腹の奥から重く沈んだような感触と共に心臓が警戒音を鳴らすがごとく少しずつ脈をあげている気がする。


「うん。この魔法はね、契約主と履行者の他にその契約の内容を保証する第三者が必要でね。

そのためには、魔力があって契約書を自力で読み上げることができる人間じゃなきゃいけないんだよ。」


「つまり、その契約の証人になれってことですか?」


「そうだね。いや、すまないね。いきなりこんな仕事を任せてしまって。

ただ本当に両者の前で契約書を読み上げて契約が正当であることを保証すると宣言してくれればそれでいいから。」


少なくともここまで聞いた限りでは別段おかしな話ではないように思う。

ここにいる人間に魔力持ちで文字が読める、なおかつ契約に直接関係がない第三者がいなかったので丁度良かったという感じなのだろう。

ということは、となりの妙に身なりの良い男も契約の関係者か?


「……分かりました。」


とりあえず、仕事は仕事だ。

他にやることがあるわけでもないし、そもそも商会に迎え入れられる立場なのだから断る選択肢もない。


俺の返事を聞くとナタリアは満足そうにうなずき、扉のそばに立っていた部下に『顧客』とやらを呼びに行かせる。


そいつが連れてこられるまで時間はかからなかった。


「___っ!? お、おっさん?」

「……。」


玄関で話していた男が腕を掴まれ引きずられるように連れてこられていた。

情けない容貌はそのままだが、あちこちに殴られた跡があり髪も服もぐちゃぐちゃのまま見るも無残な様子だった。


「ん? 知り合いかい?」


ナタリアに意外そうに聞かれたので「来るときに少し話しただけです……。」と返すしかなかった。

そうすると彼女は気にする様子もなく、羊皮紙を手渡してくる。


「じゃあ、これを頼むよ。」

「……。」


なにがあったのか? などとは聞こうとさえ思わなかった。

碌でもないことなのは間違いないからだ。まぁ、もともと俺もこいつのようにぼろ雑巾にされていたこともある身だ。


見慣れたものだ。こんな光景も。

ただ戻ってきただけ。

そして、これからはこういうことにも慣れていくことになるのだろう。


「ふぅ」と早鳴りする心臓を落ち着けようと深呼吸をする。

羊皮紙を開いて読み上げる時に噛んだりしないように目を通す。


「___な。え?」


その信じられない内容に今度は心臓が止まったかと錯覚した。


『第一期日までに履行されなかった債務、金貨三百枚相当を、乙はここに認め__』


「き、金貨300!?」

「……。」


思わず膝をついているボロボロの男に目を向けてるが、男はただ力なく項垂れるだけだった。

当然視線はナタリアに向かった。


「どうかしたか?」


ナタリアは平然としている。

この正気とは思えない金額をなんとも思っていないのだろうか。


「いや、いくらなんでもこんな金額。」

「仕方ないさ、その男がした借金なんだ。」


「……でもよ。」


体の中で心臓が暴れているのが分かった。

あきらかにおかしい。このおっさんは先ほど『税を納めていなかった分の債権』と言っていた。


それが、人生を通して稼げるかも怪しい額になるのは絶対におかしい。


「クルト。気持ちは分かるけどね。その債権は王家の保証がある。よく見てごらん。

それに、別にその金をすぐに返せという話じゃないんだ。」

「……。」


『本債権はヴェスタリア王家第4王子によって発行されたものであり、ナタリア商会がそれを買い取ったものであることをレオの名で保証する。』


契約書にはそう書いてある。


“契約魔法”は、その契約の正当性がある場合のみ効力を発する。ナタリアに説明されるまでもなくそれくらいは知っていた。

この条文が虚偽であれば、そもそも魔法の拘束力を持たないので契約する意味もない。だから『ここに書かれていること』は本当なのだろう。


「___ははっ、そういうことね。」


思わず、乾いた笑みが口から出てきた。

体中から血の気が引いていくとともに心臓が凍えるようにリズムを落としていくのを感じる。


偽造証書だ。

債権が発行されたと書いてあるが王家自体は保証していない。

第4王子であるレオによって発行されたものを『レオの名で保証する』ときた。


ぼろい商売だ。


「クルト。」

「……。」


「早く読み上げなさい。」


ナタリアは表情一つ変えずに催促してきた。

こんな悪魔のようなことを平然とやってのけるのを恐ろしいと感じたにもかかわらず、同時に何故だか理解もできてしまった。


(つまり、『慣れてる』ってことなんだろうな。)


そして、自分も慣れていくのだろうか。

思わず天を仰ぐように息をすべて吐き出した。


詰んだのだ。


一度拾い上げられた人生であったが、どうやら自分で奈落のそこまで来たようだ。

まぁ、勢いで飛び出してきたが遅かれ早かれだったのだろう。


リディアのもとではなく、こちらを自分から選んだのだ。

今更になってなぜそんなことを? と思わないでもないが、あの時はあの時でもっと怖いものがあったのだ。


もう何を考えてもしょうがない。


「本契約は、

甲ナタリア商会(以下「甲」という)と

乙ジョッシュ(以下「乙」という)との間において締結されるものである。」


契約書を上から順に読んでいくと、ようやくかという表情を見せてナタリアが肩を竦めるのが視界の端に映った。


「第一期日までに履行されなかった債務、金貨三百枚相当を、乙はここに認め__」


部屋の真ん中に跪いた男はただ力なくぐったりしている。

もうすべて諦めた様子だ。


分かるよ。

本当に希望を失うと、何かしようなんて考えなくなるもんだ。

とにかくなんでもいいから早く終わってくれ。ってな感じでさ。


リディアに拾われた日のことを思い出す。路地で一人丸まっていた記憶だ。


「乙は本債務の履行に代え、自身の身柄および労働力を甲の指定する期間、指定する場所において


無条件で提供するものとする。


本契約は___」


まぁ、こんな組織に未来なんぞはないだろうが。

金回りは良いみたいだし。とりあえず、ここが潰れるまでは贅沢でもして過ごそう。


そのあとは塀の中か、運が悪ければ絞首刑かもしれないが。

むしろ、そっちの方がいいかもな。


もうあれこれ悩むのも面倒だし。


「本契約は、乙の意思表示後は、いかなる理由があろうとも解除・破棄・変更を認めない。」


羊皮紙に書かれた文字から淡い光が漏れ出てくる。

これが最後の条文であったのだ。


一瞬、項垂れてる男と目が合った。

意外だったのは、それが恨みがましい目ではなかったことだ。どちらかといえば、心配するような慈しむような雰囲気を思わせる。


(そういえば、子供がいるとか言ってたな。人質として脅されでもしたか?)


あるいは、借金を返す目途がないなら子供のためにもこうするのが一番だ。わりの良い仕事を斡旋してやる。とでも言われたのだろうか。

馬鹿な男だ。ますます情けない奴。


鉱山にでも送られるんじゃないか。

そんな仕事もって1,2年だろうに。


しかしなぜだろう。ふと、リディアに言われたことを思い出すのだ。


服を仕立てられた時のことだ。あぁ、そういえば今着てる服がまさにその時仕立ててもらったものだ。

リディアに難癖付けた仕返しにジゼルから財布を盗んで咎められたのだ。


『でも、私のためにやってくれたんなら……。こんなやり方なら受け取れない。私は嬉しくない。』


つい、思い出したのだ。

相手のことを考えずに、一人先走った自分の過去も。


それで何故この男をこんなにも情けなく感じるのかがようやくわかった。

ずっと、この男の覇気のないヨタヨタとした様子に自分を見ていたのだ。


そこまで気づいて。

超えてはならないラインを今まさに踏んでいることにようやく思い至った。

なにかが、自分の襟首をつかんで最後の一歩を阻んでいるのを感じたのだ。


「証人、クルトの名をもって__」


生き方なんてちょっとしたことで変えられると思っていた。

一時期の出来事なんて、すぐに忘れられるだろうと。



「この契約が『不当』であることを宣言する。」


俺の言葉をもって、契約が二度と変えられないものとして時を止めた。



ナタリアが、そしてそれ以上に情けない中年男が目を見開いて俺を見ていた。

正直、自分でも驚いている。呆れてもいるのだ。こんな場所まできて、何をやっているのだろうと。


でも、しょうがないのだ。

短い期間だったが、いろんなことを教わった。


文字の読み書きも、計算の仕方も、剣の振り方も……そして。


「『これ』が消えることなんて……。絶対ないだろ。」

だって、こんなにも___。


これから先どんなことがあっても、なくならないものが胸に残っていたのだ。

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