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35 置いていけなかったもの

荷馬車に揺られながら考え事をしている。

ナタリアとかいう闇金融のもとに向かってるからだ。


『待って、クルト……。お願い……。』


別れ際にリディアが言った言葉がずっと耳に残っていた。


そんな声さえ無下にして後ろ暗い場所に自分から向かっているのだ。

一度は拾い上げられた人生だと思っていたが、結局は自分がドブネズミだからなのだろうと納得するしかなかった。


別に恐ろしくなどないのだ。

屋根のない路地で寝ることも、口汚い大人たちに小突かれることも、ドブネズミと一緒に屑籠を漁ることだって。


『そんなこと』は別にちっとも恐ろしくないなどない。


なに、一時の夢を見たと思えばなんということはないだろう。

少し経てば、そんなことあったか? と思うようになるはずだ。俺の人生にこれ以上の幸運など残されているわけなどないのだから。


全部忘れてしまえば良い。


「ついたぜ。さっさと金払いな。」


目的地について荷馬車が止まると荷台に乗っていた連中が順に降りていく。

俺の前にいる男はそれがなけなしの財産なのだろう、銀貨を渡した。

だが、馬引きは男をチラリと一瞥して銅貨を適当につかんで釣りだと言って渡していた。


「ほらよ、さっさと出ろよ。後ろがつかえてんだ。」

男が頼りなく「すみません。すみません。」と頭をさげて荷馬車から離れようとしていたので、声をかけたのだ。


「おい、釣り足りてねぇだろ。」

「?」


男がなんのことか、と不思議そうにこちらを見ると同時に運転手はギクリと肩を震わせてから舌打ちをした。


「チッ。間違えただけだよ。ほら。」

男が足りない分の釣銭を首をかしげて受け取るのを見てから、俺は運賃を馬引きに手渡す。

余計な事をしやがって、と恨みがましい視線がこちらに向いたが無視して荷台を降りた。


「きみ、その……。ありがとう。」

「……別に。」


頼りのない男から感謝されたが、何も考えずに反射で出た行動に礼を言われるとどうにも落ち着かなかった。


あぁ、よく考えればこれからは銅貨一枚も必死に稼ぐ必要があるのだから礼をねだれば良かったのかもしれないと後から思った。

あるいは、馬引きにせびって運賃を安くするくらいはするべきだった。


ただ、今はもうそんなことを考えるのも面倒だった。


だって目の奥が熱くなったのだ。

鼻にツンとした刺激が伝わり、視界が涙で潤むのを黙って見ていた。


全部置いてきたと思ったのに、リディアに教えられたものが残っていたのだ。

忘れてしまおうと言い聞かせて沈めた気持ちが思いがけないところから顔を覗かせていたのだ。

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