33 “家族”
「……もう一度言って、ユリウス。」
屋敷に連れ戻され、雨が上がるのを待っていると来客があった。
クルトが戻ってきたのかと思い急いで迎えると、訪れていたユリウスが持ってきた報せに耳を疑ったのだ。
「あの子がレオとナタリア商会のもとにいると斥候から報せがあったんだが、反応を見るに君が送り込んだというようなことではないようだね?」
突然の報せに足はフラフラと平衡感覚を失うのを感じた。
動揺する私とは裏腹にユリウスは声を落ち着かせて状況を再度確認する。
「なんで……クルトがそんなところに……?」
「追い詰められたレオとナタリアが苦し紛れに手を打ったんだろうね。こちらを探ろうとしているのか。
あるいは『人質』としてか。」
「……っ!!」
その言葉に冷えていた体が一瞬で体温をあげた。
頭に一気に血が回る勢いで全身の毛が逆立つ思いと共に怒りが沸騰する。
「ぶっ殺してやる!!」
「待て、なにをするつもりだ!」
「放せユリウス!! 私はクルトのために___!!」
言って、クルトとのやりとりが頭の中で楔として響いたのだ。
『頼んでない! そんなこと!! 俺は頼んでなんかない!!』
「私は……。」
「リディア?」
全身を駆け巡った血の勢いは一瞬で沈み、血の気がぞっと落ちて足が竦んだ。
自分の体重を支えることさえできずにフラフラとした足取りを心配してか、ユリウスがひいた椅子に腰を落とす。
「私は……どうすれば……。」
「なにがあった?」
ユリウスは椅子の前に片膝をついて視線を合わせようとしたが、私は目を背けそれを拒否した。
愚かな自分でもその理由ははっきりわかった。弱い自分を見通されるのを恐れたのだ。
「……。」
口をつぐんで視線を落としていると、ユリウスは落ち着いた声で言葉を投げる。
パラケルスでの事件の時からの約束であった。
「本当に困ったときは力になるって言ったろ?」
そして、お互いに嘘はつかない。互いが絶対破らない二つだけの約束である。
1年前に『ビジネスパートナー』となってから、この世界であたしが唯一頼れる相手は呆れたように私を諭した。
「約束であるのだから仕方ない」と、そんな言い訳を手渡されてようやく私は口を開くことができたのだ。
◇◇◇
「そうか、そんなことが……。」
とつとつと、まとまりもなくクルトと出会ってからのことを全て話した。
自分の気持ちを正直に話せば、あの日から今日までの出来事などはまるで自分が至らぬということを長々語っただけであるようにさえ感じる。
「だから、やっぱり私は“親”なんかじゃって……。」
話をしていくうちにじわじわと視界が潤んでいくのを耐えられなかった。
そしてこの弱さこそが自分の至らなさであることを自覚すれば、自分自身に腹が立って話せば楽になると思った気持ちはどんどんまとまらなくなってしまっていたのだ。
「大丈夫。大丈夫だから。」
こちらの気持ちも知らず、そんな言葉しか言わない目の前の男に怒りが湧いてくれば、もう気持ちはぐちゃぐちゃに収まらなくなった。
この感情をユリウスに向けるのが理不尽であることなどは分かっている。でも、もうどうしようもなかったのだ。
「大丈夫なんて気休めを言うのはやめてユリウス!
大丈夫じゃない!! 全然!! 何も大丈夫じゃない!!」
「……。」
「ずっと私の都合に付き合わせてただけだったのに文句の一つも言わずに付いてきてくれたの!
それどころか、クルトがいなかったら私のやらかしだって取り返せなかったのに! あの子は何だって必死にやろうとしてくれていたの!!」
「……リディア。」
「傍にいてくれるなら、私がしてあげられることは何だってしてあげたいと思うのよ?
だけど離れていかれたらどうすればいいのかなんて分からないよ! あたし子供を育てたことなんてないんだもん!!」
出会って日も浅い子供のことを何故こんなに想うのかなど自分にも分からなかった。
しかし、本心であるのだ。それを説明できないことが暴発する感情を更に逆撫する。
「だって、血なんて繋がってないんだもん……。本当の家族じゃないから……。」
繋がりがなかった。
だから、勇者になるという口約束と買い取った借用書になど頼ったのだ。
「ごめんユリウス、怒鳴ったりして。」
「……。」
ただ黙してまっすぐこちらを見て、愚かさからくる感情を受け止めてくれていた相手に謝った。
弱音が顔を出したか、あるいは発散した感情がようやく落ち着いたのか。
私が体の重みを椅子に預けると、ユリウスは静かに息をついて話始めた。
「1年前に僕の身の上話をしたのは覚えているかい?」
「……王家に隠されて育ったってやつ?」
「そう、妾腹だからね。」
選ばぬ言葉の冷たさに体が反射でギュっと縮こまった。
一度聞いた話であるが、あまりの言葉の響きに聞いてるこちらが気後れするのだ。
「でも、そういうのも必要なんでしょ?」
「まぁね。」
国のトップに出産という命がけの仕事をさせることにはリスクが伴う。
そうでなくとも、妊娠から出産までの周期を鑑みれば実務に当たる女王の直系を残すというのはただ事ではないのだ。
ゆえに王配もまた高貴な血筋の持ち主から選ばれ、妾を取ることはある種必要とされた。
しかし、必要であることとそれがどう扱われるかもまた別である。
特に貞操観念が逆転したこの世界で『女王と血が繋がっていない王子』など正統を重んじる者たちからは忌避される。
スペアである第2子ならば尚のことであった。
そんな我が子を想ってか、ユリウスの実母は王家から距離をとって彼を育てようとした。
「結果的にはそれが良くなかったんだろうけどね。」
幼いユリウスを狙った襲撃にあったのだ。
彼がまだ物心つく前のことで後から知ったのだという。
命からがら逃げ伸びた母は子を修道院に預けて息を引き取った。
迎えが現れたのはユリウスが8つの時であったそうだ。
「後ろ盾もなく血も繋がらない厄介ごとの種、よくもそんな子供を引き取ったなと今でも思うよ。」
王配が病に伏して心が弱っていたのか。
女王はユリウスを探し出して拾い上げた。
「なぜそんなことをしたのか? と聞いたことがあるんだ。」
「……。」
「女王陛下はなんとおっしゃったと思う?」
「……夫の子だから、とか?」
「心配だったから、と。」
飾り気のない、どんな家庭でも使われる言葉だった。
その代わりに人の血が通った、気持ちが直に伝わるものであった。
「僕はどうすればいいか? と尋ねるとね。決まって『健やかに育ってくれればそれで良い』などとおっしゃるから僕としては困ったものだよ。」
せめて、王位を継ぐ姉を支えてやってくれとか。
生まれ持った素質を国のために使ってほしいとか、そんなことを言ってくれれば楽であったのに。などと言ってユリウスは眉をまげて話した。
「姉上も姉上で困ったお方でね、陰口を言う臣下などを見つけると大声で叱りつけるのさ。」
「優しい人達なんだね。」
「だから、僕はどうしても王位を継ぎたいと思ったんだ。」
「……?」
「だって、そうすれば胸を張って家族だと言えるだろ?」
民のため、国のためならユリウスは命を懸ける。
権謀術数の男。この男が裏で動くことを好むのは“汚れ役”を自ら被ろうとするからであることを私は知っていた。
しかし、その歩みの原点が本当にささやかな願いであったのだと知ったのはこの時が初めてであった。
「僕にとっては、“家族”であることは与えられたものじゃないのさ。」
男は身を立てることで、誰もが当たり前に持っているものを勝ち取ろうと歩み出した。
そして、後からでも得られるものであると信じているのだ。
「だから、大丈夫。」
心よりの励ましであった。
他に言葉などいらぬという本心からの。
「……ユリウス。」
「君に嘘はつかないよ。そう約束したろ?」
「だけど、不意打ちしたり、隠し事したり、暗躍はするんでしょ?」
わざとらしく口を尖らせて普段の行いを咎めてみた。これさえなければ良いのにと思っているからだ。
しかし、ユリウスはいたずらっぽく返事をする。それがまたムカつくのだ。
「でも、嘘はつかない。」
顔をあげれば、穏やかなその瞳と目が合う。
吸い込まれそうな深い空色であった。
「ありがとう。」
ようやく心は落ち着き、芯を取り戻した。
「リディア、僕はね__」
「ぅおっほん!!!!」
「!!!??」
弛緩した空気から引き戻すように、応接室の扉からわざとらしい咳払いが響いた。
いつも通りに姿勢を正した従者と呆れ顔をした銀髪の騎士が立っている。
「お邪魔?」と言ってジゼルは続けた。
「婚約者同士のイチャイチャは後になさいな。今は他にやることがあるでしょ?」
「はぁああ?」
咳払いに驚き、ジゼルに向けていた視線をユリウスに戻す。
恭しく片膝をついている様子を見れば、確かに雰囲気だけはあった。
「いや、ない。それはない。こんなモヤシ男とイチャイチャなんてない。」
「酷いな。」
髪をかき上げながらキザったく、鼻にかけたようなくぐもった吐息をついて立ち上がるユリウスに蹴りをいれてやった。
「ンフwって言うな!」
足蹴にされたユリウスは動じず、集まったメンバーを確認する。
「予定よりは少し早いが、レオとナタリアの身柄の確保に向かおうと思っています。ご協力いただけますか?」
すっかり仕事モードに戻ったユリウスにジゼルは肩をすくめる。
「乗りかかった舟ですもの。構いませんわよ。」
「では、これから準備をしようと思いますので少しよろしいですかジゼル嬢。」
作戦の責任者二人は細かい内容を詰めるために向かい合って席に着く。
やることがない私は、せめて自分の身を万全にしようと従者を呼んだのだ。
「コゼット!! ごはん!! 調理しなくていいからあるもの全部持ってきて!!」
「え? あ、え。はい!」
今日一日クルトを探し回って使った体力を取り戻そうと、コゼットが持ってくるものを片っ端から丸のみにした。
ハムのブロック。チーズのホール。切られていないパン。
一心不乱に噛んでは飲み込みガツガツと食べている私を最初こそ横目に静かに見ていた3人であったが、衰えない勢いに途中からは苦虫を嚙み潰したような顔をしていたのだ。
「なに!? なんか文句あんの!?」
「「「いえ、なんでもありません……。」」」
なんと思われようが今は知ったことではない。
私はこれから我が子を連れ去った悪党どもをぶっ飛ばさねばならないのだから。




