31 “親”と“保護者”
「頼んでない! そんなこと!! 俺は頼んでなんかない!!」
「ク、クルト……?」
腕を払われた勢いで尻もちをつき、石畳に手を付いた。
思えば、この子を見上げるのはこの時が初めてだったのである。
「ご、ごめ__」
「……っ!!」
唇は開いているが歯が閉じているのだ。
フーッフーッと体の熱を追い出そうとするかのようにクルトは荒い息を続けている。
初めて見る形相であった。
幼いこの子がこんなに大きな声をあげることができることも知らなかった。
「俺は! 俺は悪くない!!」
小さな体に収まらぬ激情が、溢れて止まらなくなってしまったことが見ているだけで伝わってくる。
今日昨日のものではない、私と初めて会う以前からずっと溜め込んでいたものが堰を切るように叫びに変わっているのだ。
「なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ! 顔も覚えてない親父の借金が俺になんの関係があるんだよ!!」
「ご、ごめん……。あたし、そんなつもりじゃ……。」
肘を曲げて拳は体を抑えるように胸の前で握られている。
悶えるように体を捩らせて絶叫は続いた。
「置いて行かれたんだ!! 捨てられたんだ俺は!!」
「ちがっ__」
「俺の親は俺を捨てやがったんだ!!」
自分の口がパクパクと動いていうことを聞かなかった。舌がもつれて言葉がまとまらない。
心臓はズキズキと鼓動をあげ、肺が空気を欲して呼吸を求めているのだ。
「お、お願い! 話を、話を聞いて!」
説明できる。私に説明させてほしい。
これは私の役目であった。
しかし、弱い心が揺れてそれができなかった。
「それもこれも! 本当はお前たち貴族のせいなんだろ!!」
「……っ!」
「お前たちが悪いんだっ!!」
「やめっ__!!」
言葉の勢いのまま重心を前に預けた少年に恐怖を覚えて、私はいまだジンジンと痛む腕で頭を抱え込むように首を竦めた。
とっさのことに自分を庇って丸まったのだ。
予期した痛みが襲うことなどは全くなかった。
ギュっと閉じた目をゆっくり開けば、そこにはただこちらにほんの少しだけ傾き、顔を近づいた少年が驚いた表情をしていた。
本当にただ叫ぶ勢いで身じろぎしただけであったのだ。
「ちが、お、俺……そんなつもりじゃ……。」
失望したような顔だった。
それが情けない保護者である私に対する失望ではないことなど、すぐに分かった。
瞳孔は開き、顎を振るわせて歯をカチカチと鳴らしていた。
踏みとどまるように曲げた膝はそれでも、重心が後ろに傾いていくのに耐えられず、ついに半歩下がった。
一度下がれば、あとは一歩二歩、クルトはヨタヨタと私から離れていった。
「クルト……。」
私の言葉を拒絶するようにクルトは首を横に振ると、雨の中でも涙がこぼれるのがはっきりと分かった。
「俺……。」
「だ、大丈夫……。大丈夫だから……。」
お互いがお互いに言葉を失い、なんとかあっている視線だけが最後の頼りであった。
そして、それもすぐ切れたのだ。
「……っ!!」
クルトは踵を返すとバシャバシャと音を立てて走り去った。
「待って、クルト……。お願い……。」
ようやく喉から押し出したか細い声は雨の中に消えて届かなかったのだ。
立ち上がるために足に力を入れても、血の気が引いて膝をつけば手で体を支えるしかできなかった。
「……あたしは。」
顔を手で覆うと、零れた涙がずっと目に溜まっていたことを今更になって気づいたのだ。
ザァーザァーと降る雨の中にいなくなった子供がどこへ向かったのかなど、私にはあての一つもつかなかった。
一人取り残されて座り込む弱々しく頼りのない姿にこそ、自分は全くもって“親”などではなかったことを突き付けられているようであった。
書き溜めも全て使い切ってしまったので、次からは土日祝は書き溜めを作って更新は基本平日5回で投稿していきます。
次回の更新は1/13(火)予定です。
一章は1月中に完結すると思います、もしよければ、ブックマークや感想などいただけるとモチベーションになりますので、よろしくお願いいたします!




