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30 クルト

馬車を使って王都に戻っていると、にわか雨が降ってきたのだ。

予想外の雨である。


「クルト……?」


見慣れた人影が窓を通り過ぎたのを見て、慌てて馬車を止めさせた。


「おい! 何してる? こんなところで。」

「リディア……?」

「他の誰に見えるのよ?」


普段の勝気な口調はどこへやら、たどたどしい様子でこちらを見るクルトに小首をかしげて答えると、その視線は地面に落ちた。


「クルト……?」

「……。」


肩を落としてフラフラと、寄る辺のない姿に初めて会った時のこの子を思い出したのだ。


「何があったの!? 誰のせいなの!!」

「……。」


返事は返ってこない。

両肩に手を置いて、目線を合わせるために膝をついても目は合わなかった。

少しずつ強まる雨に濡れた石畳の冷たさが伝わっても、この子の体から伝わる体温もまたそれと変わらぬ冷たさであったように感じる。


「クルト!?」


幽鬼のような不確かな姿を確かめるために声を張ると、雨が地面を叩く音にさえ消えてしまいそうな声が返ってきた。


「なぁ、リディア……。」

「なに!?」


うつむいた顔が少し面をあげて、ようやく目が合うその瞳の奥まで見ても、わたしの顔は映らない。


「なんで俺を拾ったの?」

「え?」


「俺に何をしてほしかった?」


拾い上げてから初めてこの子自身から問われた。

思えば、クルトから聞かれたことなど一度もなかったのだ。


「……。」


言葉に詰まったのは、今までと同じことを言えばそれでよいのか分からなかったからだ。

だって、今更聞くのには何か理由があるのではないかと感じるのだ。


「“あたし”は……。」


言葉がまとまらずに胸を降りてしまった。

気づかれない様に喉を鳴らし、声がはっきり出るように唾を飲み込んで答えた。


「私はあなたに聖剣に挑んで欲しい。無理なことを頼んでるのは分かってるけど、どうしても必要なの。

3年間だけ、あなたの時間をくれない?」

「……っ!」


ヒクりとしゃくりあげるような音が鳴った。


「いやだ。」


喉を搾ったような、泣きだしてしまいそうな声で、絞り出された返答に動揺してしまう。

こんなことは初めてであった。


「どうしたの……? 何か理由があるの?」

「……。」


返ってこない返事に焦りを覚えたが、まずは自分を落ち着かせるために「ふぅ」と息をついた。

クルトは子供である。何かの拍子に感情が揺れてしまうこともあろう。


(そう考えれば、ある意味このくらいの『ワガママ』を言い出すのは当たり前だよね。)


むしろ保護者としては、初めて聞けた弱音などは安心すべき材料であるようにさえ思ったのだ。

なに、しょうがない奴だ。大人としてちゃんと言い含めなければなるまい。


「前に約束したでしょ。一緒に頑張るって。

クルトも自分で勇者になるって言ったじゃない。」


「もうやりたくない。」


「クルト……。」


子供を育てた経験などないが、「じゃあ、もういいよ。」と言うのは不味いと直感が告げていた。

そうじゃなくとも、『これ』がクルトを手元に置ける唯一の理由であるからだ。

ここは引いてはダメだと思った。引いたら、何かが途切れてしまう気がしたのだ。


それを想像するのは、ただただ怖かった。


「甘えないの! そんなすぐ諦めるのなんて許さないから!」

「……。」


返事はない。

だから、最初に勇者を目指せと伝えた時に言った言葉を持ち出した。冷たい理屈でもなんでもいい、今はこの子を繋ぎとめる理由が欲しかった。


「忘れてないよね? あんたの借金は私が立て替えたんだから、やってもらうこともあるって言ったでしょ!」

「……っ!!」


___バチン、と。

肩に置いた手は振り払われた。

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