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29 ジャラジャラ。

いくつか店を周ってリストにあるものが揃ったころには日も暮れ始めていた。

紙袋がいっぱいになり抱える重さになると、反対に財布は軽くなっている。

買い物に丁度良い額を渡されていたのだろう。


「結構遅くなったな。早く帰らないと。」


広場の時計を見て時間を確かめる。

手際はそんなに悪くなかったはずだが、予定していたより時間を使ってしまっている。


「近道するか……。」


叱られる、とは思っていないが遅れるとバツが悪いので路地裏を通った。

久しぶりに通るが、慣れた道だ。

いつもなら人通りのない道だった。俺は人目につかない場所を好んで使っていたからだが。


「……足音?」


この路地にしては珍しく人けを感じた。

コソコソとした足音である。人数は少ない。


「……。」


何度か蛇行するように道を選んでも足音はピッタリとついてきているようだった。

そして、少しずつ近づいている。


「……つけられてるのか?」


先日の地下組織の残党だろうか? だとしても、俺を狙う理由はわからないが……。

足を速め小走りにしてもついてくる足音を振り切れないと確信してから、腰の短剣の感触を手で確かめた。

コゼットにうるさく言われたので護身用に持たされていたのだが、素直に従っておいて良かった。


「ふーっ……。」


角を曲がったところで荷物を下し、姿勢を低くしてスイッチを切り替えるために息を全て吐き出した。


「逃げられるぞ、こっちだ! 早く!」耳を澄ませばそんな会話が聞こえる。

やはりつけられていたようだが、理由はトンと思いつかない。


「……っ!」

最初に角を曲がってきた男が道の先を探した視線が俺を失ったためだろう、ぐるりと周囲を見渡した。

角に屈んでいる俺と目が合うまでに一瞬の遅れがあった。


「しまった!」と声をあげるが早いか遅いか、俺は男の膝を蹴りこんで態勢を崩した。

状況を飲み込めないままに続いて追ってきた男たちが剣を抜き背中にヒヤリとした冷たさを感じたが、その程度の怖さは無視できた。


普段、稽古をしている相手に比べれば不意のつかれたギャングだの不良だのの動きなど止まって見えるからだ。

短剣は相手を怯ませるためだけに使った。

刃傷沙汰など起こしてリディア達に迷惑をかけたくなかったし、なぜ俺を追うのかを聞くためだ。


「待ってくれ! 降参する!!」


男の一人に尻もちをつかせ、背後を取って首筋に短剣を突き付けると声があがった。

ただ他の奴らを牽制するためにやっただけだったが、降参するならそれでも良い。


「なんだよ、お前ら。」

短剣を握り直してカチャりと留め具を鳴らした。

質問に答えるように催促だ。


「俺だよ、俺!!」


人質にとった男が声をあげた。

他の連中の動きを捉えながら視界の端で顔を確認すると、なじみの顔であった。借金取りだ。


「なんだよ今更、借用書はリディアが買い取ったろ?」


首筋の短剣を少しズラして威圧すると「ヒイィ」と上ずった声が出た。

少し前までさんざん好き勝手虐めてくれた相手だ、少しくらいやり返してやりたい気持ちもあったが実際にそういう立場になったらなったでそんな気も失せてしまい拍子抜けだ。


「わかってる! 今日はお前に用があるんだ! ナタリア会長の使いだよ!! いい話があるんだ!!」

「いい話、ねぇ……。」


事の顛末までは聞いていないが、ナタリアの商会がリディア達に首根っこを掴まれたことは知っている。

というか、現場には俺もいたのだ。

その状況で言うに事欠いて『いい話』ときた。


「バカだろ、お前ら。」


どう考えても碌でもない話である。

一昨日来やがれというのだ。


「待てって! 話を聞いてくれ!! 騙されてるんだよ! お前!!」


「はぁ。」と思わずため息が出る。

俺はリディアやコゼットのように頭が良いわけではないが、この状況で持ってこられる話に乗るほど馬鹿ではないつもりだ。


「誰に?」

「リディア・パラケルスさ!!」


「リディアが俺を騙して何になるってんだよ。」

「おかしいと思わねぇのか!? 大貴族の令嬢が道に転がってた子供の借金を肩代わりして拾い上げるなんてよ!!」


ピキリとこめかみの血管が張る音がした。


「黙れ。」


お前みたいな奴が、その思い出に触れるな。

それ以上言葉を聞くのも鬱陶しく感じ、言葉をせき止めるように短剣を喉に押し当てた。


しかし、男はヘラヘラとした口調で続ける。

言葉とは裏腹に顔には脂汗が滲んでいるというのによく口が回っている。


「お前を聖剣に挑ませる、なんて嘘っぱちだね。

他にいくらでもいるだろう? なんでわざわざ俺たちみたいなドブネズミから人を選ぶ?」


「別に理由が何でも構いやしねぇよ。リディアがそうしろって言うなら俺はそうするだけだ。」


「借金を肩代わりしてくれたからか?」

「人生を拾ってくれたからさ。」


こいつと言葉を重ねるのも面倒だ。

もういっそ殺してしまおうか、今までのことを考えればそれくらいは許されるのではないか? と考えが頭をよぎった。


「でも、その女も借用書は手放さなかったんだろ?」

「……っ!!」


鳩尾から髪の毛の先まで一気に熱が伝わるのを感じた。

もういい、黙らせよう。たとえば殺してしまっても何とかなるだろう。


だが、言い負かされたと思われるのが癪だ。

リディアを何も知らない奴などに。


「少なくとも、お前らみたいに脅しに使うようなことはしないぜ。」


だが、俺はお前を脅しもするぞ。

首の短剣を少しずらすとわずかに血が流れた。


にもかかわらず、男は勝ち誇ったように続ける。


「いいや、クルト。同じさ、拳で言って聞かせるかどうかの違いもありゃしないんじゃないか? 躾なんて理由があればそれでいいか?

同じさ、俺らと。お前の親父が作った借金でお前の首根っこ掴んで言うこと聞かせてるのさ。」


「黙れ。」


「なぁ、クルト。こっちにつけよ。今ならナタリア様が直接雇ってくれるぜ。」

馬鹿かこいつは。

落ち目の闇金融の商会に雇われるなんてどう考えても貧乏くじだ。


「いらねぇ、失せろ。」


男を蹴って体を離し会話を切り上げた。

これ以上同じ空気を吸うのもごめんである。


「へへへ。」と男は這いつくばったまま下卑た笑い声をあげた。

妙に鬱陶しい様子に目を向けると、男は態勢そのままに目だけをこちらを向けて言葉を投げる。


「リディア・パラケルスはナタリア様が王都を離れてから屋敷をあけてるだろ?」

「……。」


「どこに行ってると思う?」

「知らねぇ。消えろクソ野郎。」


荷物を拾い上げて会話を打ち切ろうとしたが、男はしつこく言葉を繋いだ。


「炭鉱現場さ。」

「あっそ。」


「お前の親父が作業してた炭鉱だ。」


その言葉に、脚を止められた。

全く考えていなかったことであったからだ。その人物も、その行く場所も。


「あの炭鉱はな、債務不履行が続いた連中が憲兵に捕まえられて連れていかれるんだ。

生きてたんだよ。少なくとも、その時は。お前を置いて逃げたわけじゃなかったのさ。」


「……それがなんだよ。」


「ご主人様にそれは聞いたか?」


「……。」


「おかしいよな? それに憲兵を仕切ってるのはユリウス・ヴェスタリアだぜ?」


「……何が言いたい。」


「リディア・パラケルスの新しい婚約者だ。偶然だと思うか?」


「聞いてみたらどうだ? なんでお前を拾い上げたのか、なんで勇者にするためなんて嘯いてるのか、なんでお前に秘密を隠してるのか。」


「……。」


「ナタリア様からお前に見舞金を預かってる。地図も財布に入ってるぜ。ここに置いといてやるから、後で確認しな。」


言いっぱなしのまま、男たちはゾロゾロと去っていった。

俺は腕からずり落ちそうになっている買い出しの荷物を持ち直して、屈んで財布を拾ったのだ。



ジャラジャラ。



◇◇◇


「クルトのやつ、遅いな。どこまで買い出しに行ってるんだ?」


「道に迷ってるんじゃない? 初めてのおつかいだもん、気長に待ってあげなよ。」


「クルト、最近頑張ってるもんね。」


「でも、ちょっと可哀想だよねぇ。いきなり聖剣に挑め! って言われて訓練させられてさ。リディア様は何考えてるんだろ?」


「あぁ、それは大丈夫だよ。」


「大丈夫って?」


「ユリウス殿下との婚約を遅らせるための言い訳でやってるだけなんだって、だから本当に勇者にしようってことじゃないらしいよ?」


「そうなの?」


「そうそう、3年間のポーズだけ。」


「なんだ、じゃあクルトも安心じゃん。」


「あれ? なんか音しなかった?」


「ん? わかんない。」


「おかしいな。あれ、荷物……? これ買い出しの品とおつかいの財布じゃん。クルトどこいった?」

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