28 一人の買い物
おつかいを頼まれた。
だから、財布を渡されている。
少し前までは想像もしなかったことだ。
だって、路上でネズミと一緒に寝るガキに誰も財布を預けようなんて思わないから。
ポケットに手を突っ込んで硬貨が入った財布を小さく鳴らした。
ジャラジャラと音がしている。
リディア達からしたら大した額ではないのだろうが、俺にとっては大金であった。
だから、これが信頼の証であるように感じて面映ゆいのだ。
ジャラジャラ。
「よぉ、クルトお疲れさん。一人かい? めずらしいな。」
「これくれ。」
商店のオヤジに声を掛けられてメモを渡した。
オヤジは「あいよ」と答えると商品を集めにいき、ほどなくして返ってきた。
「ほれ。」
「えーっとぉ?」
メモを目ながら紙袋に入れられた商品の個数を一つずつ確認していく。
「オヤジ!バターがねぇじゃんか!」
「おっとぉ、見逃してたな。悪い悪い。」
オヤジは振り向いて戸棚からバターの塊を手渡した。
「それにしても、短い間で読み書きも随分できるようになったな。」
「まぁね、両替の計算もできるぜ。ぼったくるなら他をあたりな。」
伯爵家の人間にそんなことできるか、ばぁか。と笑うとオヤジはグリグリと頭を撫でてきた。
痛いと跳ねのけるまで続いた。オヤジは鼻に皺を寄せて笑っている。
「そういや、リディア様は最近見ないがどうした?」
「よく屋敷をあけて遠出をしてるよ。なんか、やることがあるみたいで忙しそうにしてる。」
「なーるほどねぇ。」
オヤジはひげを触りながらニヤついて俺を見た。
「なんだよ。」
「寂しいか? ん?」
意地の悪い顔をこちらに向けられて、思わず耳が熱くなるのを感じた。
「なんでさ?」
何故だか表情を読まれるのを気恥ずかしく感じ口をギュっと結んで返事をすると、オヤジはニヤついたまま目尻を下げた。
「だって、ここしばらくリディア様はお前に付きっきりだったろ? 急に母親離れしろって言われたみたいで寂しがってるのかと思ってよ。」
「ばっ!?」
言葉が急に胸でつかえて素っ頓狂な声だけが口から飛び出したのだ。
思わぬ軽口が飛び込んできて耳の熱が鼻先まで伝わったのを感じた。
「そんなんじゃねぇよ! バカオヤジ!」
紙袋をひったくり足元に置いて、代金をカウンターに投げつけるように渡した。
「ははは、まぁ、貴族様には貴族様の事情もあるんだろうよ。飽きられない様に愛想よくしとけばいいさ。」
「……っ。」
思わず返事に窮しているとオヤジは「おいおい、本気にそんなよ。冗談だぜ冗談。」と目を丸くしていた。
「分かってるよそれくらい!」
胸の靄を払うように声を張ってオヤジを怒鳴りつけてから荷物を持って出口へ向かった。
「まいど!」という威勢の良い声に振り返るとオヤジは既に新聞に目を向けて鼻歌を歌っていた。
振り返った理由は自分でもよく分からないまま、店を出たのだ。




