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27 与えられた目標

リディア様はここ数日なにかとお屋敷を開けていらっしゃる。

そのため、クルトの面倒はコゼットめが見ているのだが剣についてはより適任の方が指導してくださっているから日頃の業務が滞ることはなかった。


「コゼット、お茶のおかわりを頂戴。」

「……はい。ただいま。」


私は掲げられたカップに紅茶を入れた。

皿が空きそうだったのでクッキーを足しに厨房へ取りに行って帰った直後であった。


「もっと良い品はないの?」

「ないです。我慢してください、ジゼル様。」


ふんと鼻を鳴らすとジゼル様は注ぎ足した紅茶をずるずるとすすってクッキーを口に放り込んだ。

おそらく、何か不満があるのを察せよとのことなのだが、私はこの方の内心などトンと読めずにいた。


「何か当家に不満があるなら、こんなに頻繁に来ていただかなくてもよろしいのですよ?」

「はぁ? それがゲストに言うことかしら? こっちはあんたの主人に頼まれて直々に顔をだしてやってるんだけど?」

「いえ、そう言われましても……。こちらとしては別にジゼル様をお呼びしているわけではないのですが……。」


庭の芝生を広く使った位置には剣を握ったクルトがいる。

相対しているのがリディア様が声をかけた相手だ。先日の一見以来、互いに恩義を感じているんだとか。


「クルト殿は少し前のめりになる癖があるな。足さばきと相手との体の位置に気をつけなさい。」

「はい! アーデルさん!」


浅黒い褐色の肌に髪は長く襟足は後ろで結んでいる。

ヴェスタリアにその名を轟かせるオルセラの猟犬アーデルは姿勢を伸ばしたままクルトの剣激を軽くいなして的確に弱点を木剣で叩いて咎めた。

スパルタ教育にも見えるが、その辺は貧民街で育った同士相性がよいのかもしれない。


「教育は元々貴方が受け持ってたんでしょ? わざわざ他家から教師を呼ぶなんて主人に信頼されてないのかしらね?」

「……。」


嫌味に対して「チッ」と舌打ちで答えると、ジゼル様は愉快愉快と顔をニヤつかせた。


「私の受け持ちは教育全般なので別にお払い箱にされたわけじゃないですよ。適材適所というものです。」

「ま、勇者を目指そうとするならそうなるでしょうね。あなたって学術と魔術はまだしも騎士としての素養はそこそこ止まりだもの。」

「そもそも私は侍女なので。それ以上を求められても困ります。」

「あ、そう。」


そうである。

これ以上を求めるならまず給与をあげてくれ、話はそれからだ。


そもそも私はジゼル様やリディア様と違って英才教育を施されたわけではない。

リディア様についていって、そこそこ優秀と判断されたために2年が過ぎた頃より『特別生』として扱われていたが、それはロメリアの一員として扱われたということではなかった。

この方はその辺の事情を適当にしか理解していないので私を『同期』として扱っているが前提がおかしいのだ。そのせいで、お互いの接し方がチグハグになっているところがある。


相手が大貴族の嫡女という明確な目上なため、踏み込まれたら結局こっちが譲歩するしかないので昔からこの方と接するのは本当に面倒であった。

ただ、今ばかりはこの距離感を言い訳に聞いてみたいことがあった。


「ジゼル様から見て、クルトが聖剣に選ばれる可能性はあると思いますか?」

「はぁ?」


ジゼル様は素っ頓狂な声をあげた。

全く予想していなかった質問であるというような反応が答えだと言わんばかりの態度であった。


「そんなの私に分かるわけないでしょう。そもそも、リディアもパラケルス伯も坊やを本気で勇者にしようとしてるわけじゃないって話でしょ?」

「それは……そうなのですが。」

「……。」


言い淀む私にジゼル様は先ほどよりも真剣さを見せた視線を向けた。


「なにかあるの?」

「……その。」


言うべきか迷った言葉を気持ちで押し出した。

「クルトが可哀想だと……。」

「坊やが?」


私は視線を落としたまま会話を続けた。ジゼル様は剣の訓練をしている二人を見ている。


「クルトはずっと路地で生活していたそうです。」

「そうらしいわね。」


「そんな子が自分を拾い上げた恩人から唯一与えられた目標なんです。」

「……。」


ジゼルはカップをおいて、今度は私を横目に見ているようであった。

お互いリディア様を経由した腐れ縁だ。二人で話すようなことは今までなかったように思う。


そんな相手だからこそ話すことができたのかもしれない。


「だから、叶えてあげたい。」


いつものような軽口は返ってこない。


「情が湧いたの?」

「私ではありません……。」


「?」


「リディア様が……そう、おっしゃっておられるのです。」


だから、頭を下げて最も名を馳せた男の騎士を屋敷に呼んだ。

私を剣の教育係から下すと告げて謝罪した後の事であった。


本気でクルトを育てるなら、私では教えられないこともあると我が主は考えたのだと納得した。

そして地下組織事件が一応の落ち着きをみせた頃より、今も何度となく、どこかへ足を運んでいらっしゃる。


そこには彼女の切実な思いがあるように感じるのだ。


「どうか、叶えてあげたいのです。」

「……。」


ジゼル様は静かに目を閉じると溜息をついた。


「強ければ、賢ければ選ばれるというものじゃないのはリディアも貴方も知っているでしょう?」

「……。」

「『ふさわしき者』のみに力を貸し与える剣。いくつかの定説はあるけれど、本当のところその条件が何なのかも謎なのよ。

それを思えば、私がおいそれと答えることができないのは分かるわね?」

「……はい。」


冷静に、諭すように言葉を選んでおられる。

リディア様の気持ちに敬意を払っているのか、あるいは私の愚かな問いに呆れていらっしゃるのか。


「……はぁ。」


最後にもう一つ深く溜息をつくとジゼル様は再び視線を訓練に明け暮れている二人に戻して答えた。


「才能はあると思うわよ。少なくとも、挑むことを笑われない程度の剣術の才能はね。」

「……!」


「それでも、そういう人達が夢破れた狭き門だということもちゃんと覚えておきなさい。」

「はい。……ありがとうございます。」


ジゼル様はまたフンと鼻を鳴らすと立ち上がり二人の方へ歩き出した。


「代わりなさいアーデル。」


ズカズカと歩み寄りアーデル殿から木剣をひったくると教師役の立ち位置を横取り、手で髪を翻してからクルトを挑発する。


「かかって来なさいクソガキ。退屈凌ぎに王国最高の剣技がどういうものか目に焼き付けてやるわ。」

何がなんだか分からぬまま、ひたすら木剣でど突き回される地獄メニューに急遽変更されたクルトからは不満の声をあがったが、可哀想に聞き届ける者は私を含めここには存在しなかった。


鬼のしごきをしている騎士と知り合い、顔見知りと呼べる関係になってからは随分経つが、もう少し早くからこの方と胸襟を開いて何でも話してみても良かったかもしれないと思った。

私は訓練を見ながら静かに頭を下げて心の中で感謝を述べたのだ。


ただ、後日「ジゼルの訓練は二度と受けたくない!あいつは人にものを教えるのには向いてない!」とクルトに懇願されたことだけは本人に話さないでおこうと思っている。

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