26 やり残されたこと
「剣の稽古もそれくらいでいいでしょう。こちらにいらっしゃいクルト。おやつを持ってきました。」
カタリナは手でクルトを招いてコゼットに紅茶をいれさせた。
先日の王都地下組織捜査から数日が経っても、ずっとこんな調子である。
「随分あの子を可愛がっておられるんだね、パラケルス伯は。」
「クルトがいなかったらパラケルスがどうなってたか怪しかったからね。」
わたしは来訪していたユリウスと事後処理の会話をしていたが、声にひかれて窓から庭を見下ろして様子を伺っていたのだ。
「もともと政治より家庭の人だったのもあるのかな。子供好きだから。」
ここ数日、カタリナはクルトを猫可愛がりしていた。
なにかと様子を見に行き、菓子を与えようとするのでコゼットに叱られるほどに。
しかし、肝心なクルト本人はカタリナの態度の急変に動揺して、私やコゼットを盾に隠れてしまうのだ。
そんな姿も猫っぽいと感じるのか「あらあら、まあまあ!」とデレデレとしており、またクルトを困らせている。
「ま、少しすればいろいろ落ち着くでしょ。」
これなら聖剣に挑んで失敗してもクルトの将来はパラケルス伯爵家でなんとかなるかもしれない。わたしとしてはそれはそれで憂いが一つなくなるというものだ。
肩をすくめ視線を戻した。
「それで結局、ナタリアとかいう闇金融商会の行方はどうなの?」
実務的な話に戻る。切迫した問題はなんとかなったが事件が解決したわけではなかった。
「君たちのおかげで地下組織の資金源になっていた組織の裏帳簿という強力な閻魔帳を手に入れたからね。
まずは先日の騒ぎでゴタゴタしている王都を落ち着けることを優先しているよ。」
ユリウスは来客用のカップに口をつけて紅茶をすすって答えた。
「ナタリアを追わないの?」
「時期が来ればそうするさ。ただ、もともとは共同体から弾き出された傭兵あがりだ、どのみち遠くへは逃げられない。
いつでも捕まえられる。ミケイを捕まえてくれたのも本当に良い判断だったよ。」
つまり、すぐに事件を解決してしまうより真綿で首を絞めた状態でナタリアを生殺しにしておいた方がメリットがあるのだろう。
たとえば、帳簿に名前が載っている貴族にニッコリと近づき肩を叩いて遠回しにゆする、とか。
この腹黒王子のやりそうなことだ。
「まぁ、その辺のことは任せるけどさ……。」
政治には関わりたくない。
特にこいつが生きている内は。
「ジゼル嬢からも君にお褒めの言葉を預かっているよ。」とユリウスは続けた。
「へぇ、なんて?」
「良くやった。やはり結局最後に頼れるのは剣だろう? と。」
「うげ……。」
貴族的なマウントであった。
騎士系貴族からすれば、魔導士系貴族の令嬢が過程はどうあれ敵陣に乗り込んで剣をもって相手を拉致して解決した、というのは「ほらな? やっぱ最後はこうだろ?」と言いたくなるのかもしれない。
「あとは、ロザンヌを殴り飛ばしてアーデル殿を使ったことも揶揄してるんだろうね。」
「あーね、はいはい。騎士凄い騎士凄い。」
自分の感情に任せて致命的なミスをしたところを助けてくれたジゼルには感謝しているから頭は上がらない。
だが、それはそれとして嫌味を言われるのは気持ちよくはないので個人的な好感度的にはトントンだ。
まぁ、それくらいの位置にいてくれたほうが気が楽と言えば楽なのだが。
「それと、帳簿に関しての君の調査依頼だけど……。」
「……。」
ユリウスが珍しくまっすぐに真面目な様子を覗かせる。
それだけで、自分の中で答え合わせができてしまった。
「彼の父親についての裏もとった。君の予想で間違いないね。」
「……そう。」
自分が拾い上げた少年にとって、これは良いことなのだろうか。あるいは彼のためにも、もう手放してしまったほうが良いのか。
保護者になってまだひと月も経たないわたしには、どうすればいいのかなど分からなかったが自分なりに向き合う必要はあるとずっと思っていた。
「ユリウス。もう一つだけお願いしていい?」
それでも、これは絶対にやっておかなければならないことであると、決意と共に『あたしが頼れる人がいない世界』で最も信頼できる男をわたしは頼ることにした。




