25 大博打
ズカズカと廊下を進むと女は速足になりながら慌てて後ろから応接間へ案内をした。
扉の前に立つと私は腕を組んで背中を反った。
「あけろ。」とは言わず。ただ相手に意思を伝えているのだ。
女はされるがままに脇を通って扉を開けると部屋の中に招いた。
上座にどっかりと座ると、わたしに続いコゼットたちが後ろに控えた。意図を組んでくれているのか、相手に威圧感を与えるように立っている。
クルトだけは面が割れている可能性を考慮してローブのフードを目深に被せているが、状況が読めずにキョロキョロしていたのは途中でやめコゼットに倣うことにしたようだった。
「それで、リディア様……本日はどのような御用で……。」
女は状況を少しでも整理しようとしているのか、とりあえず柔和な態度で対話をしようとしている。
もちろんわたしにそんな気はない。冷静になられたらまずいからだ。
「下賤がわたくしの名前を呼んでよいと誰が言いました? 不愉快ですわ!」
時間に情報の不足、状況はこちらが不利なのだ。とにかく、イニシアチブを渡さない。これだけに努める。
とにかく相手に判断を迫り負荷を与え続けてミスを待つ。1手ミスすれば手の内がバレ、それで終わりであるからだ。
奇策と言うのはそういう運命にある。
だが、少なくとも今のところはこちらのペースであった。
女は慌てた様子で名を名乗る。
「失礼いたしました。わたくしナタリア商会のミケイと申します。こちらはなんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「そうね、王太子夫人と呼びなさい。」
「お、王太子夫人でございますか……?」
ミケイは困惑の限りの中で情報を整理しょようとして更に当惑した。
「何か問題がありますの?」
「い、いえ……。」
ミソは『誰』を王太子としているかを明かしていないところである。
本来は既に立太子が決まっている第1王女イザベラのみに使われる尊称であるが、彼女の場合は『王太女』となる。
では、リディア・パラケルスが婚約者としているのは果たして『誰か?』、このどうでもよいブラフで相手の判断のリソースを僅かにでも制限できれば良いのだ。
『商会』とやらに繋がっているなら、『どちらか』の顔が頭にチラつくはずなのだから。
「それで、金は無事なんでしょうね?」
「あ、はい。いえ……あの。」
先ほどは『わたくしの金』と存在しない債権を名指ししたが、今度は曖昧にトーンを落とした。
王都でのガサ入れがあったのは知っているはずだ。少なくとも「なぜ無事なのか?」という問いが出てこないのだから。
そして、最初に返ってきたのが「はい」である。
つまり、現金の大部分は『安全な場所』に移動しているのだ。
状況が落ち着くまでは間違いなく、それが常に目の届く場所にいるだろう。
わたしは盗み見るようにコゼットとアイコンタクトをとると、彼女も小さく頷いて見せた。
つまり、『そこ』にナタリアがいる。
バクバクと鼓動を鳴らす心臓の音を聞きながら、わたしは口の中だけで目標を整理する。
(『安全な場所』がどこなのかを聞き出す。それと、レオや貴族たちとの関係を吊り上げる……。)
いや、と考えを落ち着けた。
こいつが『安全な場所』がどこか知っている可能性は高い。すくなくとも、目星の一つや二つはつくだろう。
(ってことは、こいつを確保できれば情報を吐かせられる可能性はある。場所についてここで聞き出す必要は必ずしもない?)
であれば、一つ目の目標は半分クリアなのだ。
ならば優先するのは二つ目か?
ミケイを確保してもレオとの繋がりを知らない可能性がある。少なくとも証明するのは難しい。
だから、ミケイを捕まえただけでは二つ目の目標がクリアできない公算が高い気がする。
(ミケイが知っているのかいないのかを探る? 知らなかったら……?)
徹夜の影響か思考が深く沈み始めると、現実で自分にかけられた声への反応が遅れた。
「あの……ご夫人?」
はっと思考の渦から顔を引き上げるとミケイは少し訝しむような様子を見せていた。
これはミスであった。致命的なものであるかは分からないが、ミケイに余裕を与えてしまったのだ。
「その、本日のご用件は本商会に預けておられる債権が無事であるかを確認にこられたということでよろしいのでしょうか?」
ミケイは声を少し落ち着かせ、状況を整理しようとしていたのだ。
「まずい」と歯噛みしかけたところに後ろから声がかかった。
「愚か者! そんな些事のためだけにこんな場所まで来るわけなかろう! 我が主は殿下からの伝言を伝えにご自身でいらしたのだ!!」
突然の声にミケイの肩がびくりと震えた。
それまで沈黙していたコゼットが声を張り上げたのだ。
「た、大変申し訳ございません! 会長に代わって伝言を受け取らせていただきます!」
(かかった!!)
コゼットの完璧なファインプレーであった。
『殿下』とだけ言って、ユリウスともレオともとれる表現で伝言を持ってきたと言ったのに「会長に代わって受け取る」と来た。
レオと商会が繋がっている可能性が高い!! こいつがそれを知っている可能性も!!
「いいですか、ミケイ。お前達も昨日の王都内での大規模な調査は既に対応していることと思います。」
「はい、ご夫人。」
バレないように息を吐きだすと声が震えないようにゆっくりと諭すような言葉を選んだ。
「お前たちが、王都から引き揚げた後にも調査は続いています。」
「……はい。」
ミケイは真剣な様子でこちらの言葉に耳を傾けていた。
自分たちの商会の命運に関わる情報であると思っているのだろう。それを見れば、私も動揺を誘うために注意を払って言葉を選ばなければならないと感じた。
「お前たちは最初に資金の移動を急いだ。そうですね?」
「はい、その通りでございます。ご夫人。」
それはそうだろう。
この女自身がさきほど、金が無事であると言った言質をここで利用したのだ。まるで、私が事情を理解しているという風に振舞うためだけに。
「だけど、王都の情報を回収するために人員をいくらか残しておきましたね?」
「はい。優秀な者を何名か残しております。王家の動向次第でこれからの動きを決めていかなければなりませんので……。」
二つ目の問いは完全に当てずっぽうであったが、組織の動きを考えれば当然である。楽なクジ引きだった。
最初はこちらとの距離感を図ろう状況の整理をしようとしていたミケイは、いつの間にかその整理の内輪にわたしたちを招いていた。
明らかに胸襟を開き始めている。完全に出たとこ勝負とまぐれの産物であったがこれを利用しない手はない。
ミケイとの距離感が詰まったと感じたこのタイミングで私はスッと突き放すように言い放った。
「バカが。ぬかりましたわね。」
「まさか!」
ミケイは立ち上がって驚愕をあらわにした。
信じられないという様子と、その可能性があることを予想していたとでもいうかのような表情である。
もちろん、わたしとしては『その可能性』がなんなのかは知らんが。ブラフだし。
それでも全てお見通しとでも言わんばかりに腕を組んで座ったまま、部下を叱りつけるような態度をもってミケイを睨みつけた。
「で、ですが。置いてきた者の中には『ホーム』の場所を知っている者はおりませんし……。」
「……。」
また、『ひっかかった』。
状況が錯綜して組織内が大慌てなのか、あるいはこいつが無能なのかは知らないが、言外にぺらぺらと情報が洩れているのだ。
『置いてきた者の中には』ときた。こいつが知っているかは確定しないが可能性はかなり高い。少なくとも『誰が知っているか』は知っているのだ。
「ご、ご夫人。どいつが捕まったかはご存じなのでしょうか?」
「いえ、残念ながら、殿下もそこまでの情報は……。」
「そうですか……。」
膝を突き合わせ、一緒に悩むフリをした。
一蓮托生の間柄であるように。
あと、一歩だ。あと一歩が必要であった。
「もう一度聞きますが、わたくしの金は無事なんですね?」
膠着した状況を揺さぶるために、賽を投げる。
黙って過ごせば、ミケイが落ち着いて味方と連携を取りかねないと感じたからだ。依然、時間に追われているのはこちらなのだ。
「はい、それは……。」
ミケイが私の問いに応えようと思慮を入れた瞬間に口ごもり始めた。
その様子をみて、思わず固唾を飲む。
「あの、ご夫人……。大変失礼なのですが、ご夫人が預けた金とやらは誰に預けたのでしたでしょうか?」
「どういう意味かしら?」
背中を一気に汗が伝うのを感じた。
それでも、努めて平静を装う。これができなくなればTKOだからだ。
「その……パラケルス伯爵家との間に取引があったなどというのは私はついぞ聞いたことがありませんでしたので……。
誰を通してやり取りをなさっていたのかお伺いできれば、と。」
後ろでコゼットが身じろぎをしたのが聞こえた。
おそらく、グレイもそうだろう。ローブの下で武器に手を置いたのかもしれない。
「なんですの? そのくだらない質問。」
お前は馬鹿か? と言外に含んで肩をすくめた。
しかし、ミケイの視線は鋭さを増している。というか、平静を取り戻しつつあるのかそれが本来の彼女なのかもしれない。
「ご無礼は承知でございますが、お願いします。」
追い詰めすぎたのか、あるいは追い込みが甘かったのか、今度はこちらがリング際に立たされている。
一触即発の雰囲気であった。
(あるいは、もうここでこいつを捕まえてしまって情報を無理やり絞った方が良いか……。万が一にも逃げられるよりは……。)
そんな思考が頭をよぎった瞬間であった。
「マーカスからナタリア会長につなげたはずだぜ。俺が小間使いになったから覚えてる。」
クルトが目深にかぶったフードを脱ぎ、顔をあらわにした。
ミケイはクルトを上から下まで値踏みするように見ると頭の中でその顔を思い出そうとしている様子であった。
「『これ』はわたくしが先日路地で拾った子ですわ。覚えておられない?」
クルトの借金の肩代わりをした際に、わたしはそれらしい男から借用書を買い取った。
大貴族の令嬢がそんなことをすれば組織の人間にも話は届いているはずだ、とクルトはそう踏んだのだろう。
九死に一生を得る博打であった。
「そういえば、そんな話があったような……。」
ミケイは顎に手をあて考えている。
だが、それと同時に、同じ時期に起きた事件についても思い出した様子であった。
「たしか、ご夫人……いえ、リディア様が王家と結んでいた婚約関係が破談になった日のことだったと記憶しているのですが……。」
それを受けてミケイの警戒度が明らかに上がった。クルトが唾を飲み込む音がする。
だが、もう既に博打に出たのだ、毒を食うなら皿までいくべきだと腹をくくった。
「あんな茶番を信じておりますの?」
「と、言いますと?」
ジリジリとお互いの間合いを探るやりとりにもそろそろ限界を感じるが、これで最後にしよう。
「ユリウスに近づく必要があったのよ。今回の捜査に潜り込むためにね。
そして、わたしたちとは縁遠いロザンヌの逮捕を派手に行って王都内に警鐘をならしましたの。」
おかげで、あなたたちが逃げられるだけの時間を稼げましたでしょ?と恩を着せる言い方をする。
まぁ、これについてはある意味事実であるし……。
「それは……。」
「そもそも、あなたはあの金がどこから出ていると思っていますの?」
矢継ぎ早にハッタリを投げて、ギリギリの状況を繋ぎとめるために踏み込んだ。
考える様子を見せてミケイは問いただした。
「『あの金』とは?」
ひっかからない。
というか、空振りしたのだ。手汗を拭いながら最後の賭けに出る。
「殿下は大変な浪費家ですのに大金なんて用意できるわけないでしょう。『あれ』を誰が用意したと思っておりますの?」
「……。」
ミケイはまた考える素振りを見せた。何かに思い当たる節があるのかないのか。
「……何か借用書などをお持ちでしたら確認できるんですが。」
「お前たちに一刻でも早く殿下の伝言を伝えに来ましたのよ? そんなもの持ってきてるわけないでしょ?」
「なるほど、それで殿下の伝言とやらは?」
「……。」
後手に回ったのが分かった。
相手に判断を迫り続け失言を引きだすつもりつもりであったが、いつの間にか手番が相手に回っているのだ。
「王家が『ホーム』の場所にも目星をつけている。場所を移せ、と。」
「……。」
状況や話の流れを考えれば、自然なはずだ。
だが明らかに警戒している。
こちらが『殿下』とだけ呼称し続け、あまりにも含んだ言い方をしていることを怪しんでいるのか?
「……言っていることはわたしには分かりませんが、了解しました。『殿下』とやらから届けていただいたご忠告には耳を傾けておきます。」
焦りと共に、心の中で舌打ちが出た。
鬼手が空ぶったのだ。心臓のリズムが最高潮に達する。
自分だけで判断するべきではない。というか、する必要がない。
おそらくミケイはそれに気づいたのだ。
完全に落ち着きはらった様子で会話を閉ざそうとしている。
「王都へお送りする者をすぐ呼んでまいります。少々お待ちください。」
こちらの焦った態度を見透かすように、呼べばすぐくる場所に人がいるということをこれ見よがしに伝えてきた。
手で膝を押してゆったりと立ち上がる様子からは余裕が透けて見えている。
「待ちなさい、わたくしの金についての話がまだですわよ!」
わたしが声を張り上げた言葉を聞くと、鼻で笑うようにミケイは返事をした。
「良ければ、いまここで帳簿を一緒に確認しましょうか? そんな金はどこにもないとご理解いただけるかと思いますよ?」
勝ち誇った顔である。
こちらが失言を引き出そうとやっきになっていることなど見抜いていると言わんばかりの態度だ。
わたしは肩を落ちるほどに胸に溜まった息をすべて吐き出した。
コゼットと最後に目を合わせると、コクリと頷くのを見た。
「『ここ』に帳簿があるのね?」
ゆっくりと口にすると「え、あ!」と間抜けな声がミケイの口から届いた。
別にミケイに対する勝利宣言でも確認でもない。ずっと大忙しだった心臓のリズムを戻すために言葉にした。
最後の最後に『ひっかかった』のだ。
「わたしが貸した言い張っている金」、「『殿下』との関係を釣ろうとしている」という情報に結局ミケイの思考は囚われた。
それが、借入だろうが貸付だろうが関係ない。『お前』から言質を引き出すことなど一つの解決方法でしかない。
本当に欲しかったのは『情報』だ。
政治・舌戦だけが貴族だと思ったか、それが『ある』と分かったなら奪えばよい。ここにあると分かればそれでよいのだ。
ミケイがそれに気づいて逃げ出そうとするのが早いか遅いかコゼットがサーベルを抜いてミケイに迫った。
そうそう、『ホーム』とやらを知ってる『お前』も情報だ。
抜き出し方はこっちの自由だ。散々悪さをした金貸しの悪党だ、文句はあるまい。




