23 残るは半日
パラケルスは錬金術師としては主に染料・香料の改良を手掛け、その品質の向上により地位を高めた家系であった。
また、錬金術の本領である薬学にも精通しており、それが王国内で力のある都市商人や職業ギルドと強い繋がりを持つ理由である。
そのため、王都の内にも顔が効き情報を集めることができると踏んでいた。
とにかく方々に頭を下げて情報を集めた。
それこそ、これまでパラケルスが築いた威厳と信頼をテーブルに載せ『リディア・パラケルス』という『他人』が培ったすべてをフルに利用したのだ。
ともすれば、それをすり潰しかねないほど強引な手も使って。
「結果はこの様か……。」
パラケルス邸に戻り客間で休憩をとっている。明かりはつけていない。
本音を言えば、こんなところで休めと言われても気持ちが急いて休憩にはならないのだが、行動を共にしていたコゼットとグレイに半ば強制的に連れ戻されたのだ。
「まだ半日残っています。もう少ししたら捜索にでましょう。夜なら動きが活発になった裏商人たちをヒントに見つかる可能性は高いです。」
コゼットは食器を片付けながら方針を定めた。
夜通し探しまわっているうちに登った日がまた沈みかかっているのだ。
歩き通しで激しく痛む脚に力を入れ、無理やりにでも立ち上がろうとしても体力以上に気力が限界であった。
「そもそも、昨夜のうちに逃げられたかもしれないな……。」
最悪の想像に顔が熱くなり鼻にツンとした痛みが走った。
本音が思わず出てくる。誰にも聞こえないように小声で済ませたのは、なけなしの責任感が残っているからだ。
しかし、胸の中を占めているのは後悔である。なぜあんな軽挙妄動に走ったのかと考えていた。
「ダメだ。そんなこと今考えても仕方ないんだ! 残り半日、夜のうちになんとかして情報を集める!!」
気持ちを奮い立たせようとして、もう何度目か分からない鼓舞を自分にしていると、扉が開く音がした。
もしかしたら、キーマンを捕まえたのかと、すがる思いで扉を見た。ユリウスか、あるいはジゼルか。
「……クルト?」
「食器……俺が片づけるよ。」
部屋に入ると小さな手で食器を持ってトレイに載せ始めた。
声は努めて平静を保っているが、なんとなく状況を察しているようであった。
気を使いながらも、どうにかわたしの気分を変えられないかとこちらの様子を伺いながら、食器を下すフリをしたりして周りをチョロチョロとしている。
いじらしい様子であった。その姿からは少しだけ癒された気がする。
「リディア、大丈夫か?」
「……。正直に言うと、かなりピンチだね。」
保護者としてはどうかと思うが、もう強がるだけの気力もなかった。
この際、子供でも良いから話を聞いて欲しいと弱音が顔を出したのかもしれない。
「悪い奴らの親玉の情報を追ってたんだけど、手掛かりが底をついた。何人かは捕まえたんだけど、全員外れ。
もう正直どうすればいいかも分からないって感じ。」
「……そっか。」
クルトの沈んだ声に、はたと気づき「ごめん。」と謝るしかなかった。
この子はずっと路地で生活をしていたのだ。地下組織の連中に虐げられた経験もあるだろう。
「ごめんね。本当にごめん。悪い奴らのことなんて思い出したくないよね。」
「いいよ、べつに。全然気にしてねぇから。」
保護者面をして引き取ったのにこの体たらくである。
この子のためにも軽はずみな行動をするべきではなかったという自責の念が再び胸の奥から湧いてくる。考えが延々とループしているのは理解していた、追い詰められて精神的に弱っている証拠か。
「……っし!!」
クルトを見て、なけなしの気力を振り絞り最後まで残っていた食器に載せられたパンを口に押し込んだ。
脚はいまだ棒のようであるが、時間が惜しい。どうにか、体力をつけてもう一度捜索にでるしかない。
「闘技場を仕切ってたロザンヌ、人売りのアデーレ、金貸しのナタリア……。最初に捕まえた3人って、こいつらだろ? ちょっと胸がスッとするよ。サンキューな。」
クルトの励ましをうけて、もうひと踏ん張りする気力を捻り出そうとした瞬間である。
強烈な違和感に後ろ髪を引かれたのだ。
「クルト……。もう一回言って。」
「え? あ、あいつら捕まえてくれてスカッとしたから、ありがとうって___」
「その前!! 誰って言った!?」
心臓が血流を叩くリズムが一気に跳ねてドクドクと頭に酸素を回しているのを感じる。
「ロザンヌと、アデーレ、あとナタリア……だけど。」
「最後の奴……今まで名前が挙がってない。」
「え……。」
「金貸しって言ってたよね!?」
「そ、そうだよ。俺みたいなやつにも借金背負わせて回収してる奴らの親玉。他にも裏での顔が広くて色々やってるって聞いたけど……。」
闇金融。
状況が複雑化していた上に情報が上がってこなかったからはっきりと思い浮かばなかった小さな違和感。
そもそも、レオや高位貴族が危険を冒してでも地下組織なんぞと繋がりを持ちたいと思うのは何故か。一番わかりやすい理由は金だ。
違法集会も闇市場の流通も人身売買も確かに金回りはいいのかもしれない。
だが、所詮は傭兵上がりの裏稼業である。王族や貴族を丸め込めるだけの資金力を持っているかと言われれば疑問が残る。
しかし、闇金融であればそれらすべてのバックについたうえで巨額の資産を保有している可能性がある。
最初の会議で3つの組織をヒドラに喩えたが、それぞれの頭が合流する本体としては……。
一番『アリ』だ。
話をそばで聞いていたコゼットも思わず立ち上がっている。
土壇場でクモの糸を掴んだのだ。
「クルト! そいつについて知ってることを全部教えて! 繋がりとか縄張りとか知らない!?」
「ね、寝蔵なら知ってるけど……。返済が遅れた時に連れていかれたことがあるから……。」
「本当!?」
まさに値千金の情報であった。クモの糸どころか思いがけずに尻尾を掴んだのだ。
「ユリウスとジゼルに……情報を。でも、どこにいるか分からないし、時間もない……!!
あぁ、もう!! コゼット!! どうすればいい!?」
突然の好機に頭がパンクして整理が追いつかず、コゼットに丸投げしてしまった。
主としてどうかと思ったが、もう今はそんなことを気にしている場合ではない。これ以上ミスは犯せないのだ。
日も完全に沈み、残された時間が半日を切ったのが時計を見るまでもなく分かった。
部屋の暗さが他の誰かの助けを借りるための時間も、考える猶予もないことを告げているようであった。




