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22 煤被り

わたし、ジゼル・オルセラは幼少の頃よりその頭角を現し『オルセラの白銀』と呼ばれた。

いずれは我がヴェスタリア王国の第1王女イザベラに届きうる才媛であると。


しかし、私の異名が王国全土に轟くことはなかった。


若干5歳にしてロメリアを統治するアリステリア公爵じきじきに内弟子として迎えられたリディア・パラケルスこそがこの国の至宝として扱われるようになったためだ。

その歳でロメリアの一員として認められたのは本家本元のアリステリア一族を除けば、それまでの最年少記録である10歳という若さを大きく縮める圧倒的な快挙であった。


『ヴェスタリアの黄金』

錬金術師の家系に黄金の異名がつけられることには大きな意味がある。

錆びず、腐らず、他のどんな金属よりも目を引き、その美しさを永遠に保つ金は錬金術が錬成を目標とする至上命題であるからだ。


その名が広まるほど、私は自身につけられた白銀のあだ名と髪色を忌み嫌うようになった。

「リディアが1番、お前は2番」

まるで、そう言われているように感じるからであった。


私は親に頼み込みロメリアへの入学を希望した。

国中から優秀な学者を招き、一日中机にかじりついて勉強した。


それでも入試には二度落ちた。

結局、ロメリアに登るのが許されたのは12歳の時であった。


念願のロメリアに入学を許された私は少し浮かれていたのだと思う。

宿敵であるリディア・パラケルスに決闘を挑んだ。

文武の両方を尊重するロメリアではよくあることであった。


才能で負けたわけではないと思っていたのだ、学術に触れるのが遅かっただけであると。若くしてロメリアの一員として迎えられたことで有頂天になっていたのかもしれない。


結果は惨敗であった。

自分の肩にも届かぬ身長の女児に騎士系貴族本流で生まれ育った私はなすすべなく叩きのめされたのだ。


しかも、私にとっての悲劇はそれで終わらなかった。

弁舌でも学術でも周りの大人の学生たちにも全く歯が立たなかったのだ。

「子供の割には優秀」それまで自領で蝶よ花よと持て囃された私は、本物の世界で埋もれてしまった。


リディアは違った。


大人だろうが多人数だろうが誰もが彼女を敵に回すのを首を垂れるように避けていた。

私が彼女を追ってロメリアに来るまでの2年で彼女は周囲の人間を才能でねじ伏せていたのだ。


リディアを追った私にとって『ここ』がゴールであったが、彼女にとっては通過点でさえなかったのだ。


私はそれまで以上に机にしがみつき、暇さえあれば剣を振った。


上達すればするほど鮮明になったのは彼女との距離だけであった。

そして、それが近づいたと感じたことは一度もない。


ロメリアに来て3年が経つ頃には私は身の程をわきまえていた。

周りの大人たちとも対等な関係を築き、良い友人もできた。


唯一変わらなかったのは、リディア・パラケルスへの挑戦だけであった。

心が折れても、どんな形であれ、これだけは続けていた。


どうしても勝てない私はある日、ヤケクソになり口喧嘩を挑んだのだ。


「錬金術師はみんなバカだ。金なんて錬成しようとしてる阿呆どもだ。」

だから、お前は騎士である私より下だ、ざまぁ見ろ。15になり成人を迎えた淑女が10歳の子供に言いがかりをつけたのだ。

今思えば、なんと惨めな光景であったであろう。いつもリディアの周りをチョロチョロしている従者のコゼットは「まじかよ、こいつ……。」という感想を隠そうともしなかった。


しかし、当人の反応は全く予想だにしないものであった。


「お前、名前は?」


これだけ長いこと追っかけ……もとい食い下がり続けていたというのに、このチビは私の存在を認識していなかったのか?と衝撃を受けた。

それと同時に初めて見せる彼女の反応に胸が高鳴ったのを覚えている。


「ジゼル・オルセラ」

精一杯の虚勢をはって名を告げた。よく覚えろ。お前の宿敵の名だ。


「長い。ジルと呼ぶ。」

「はぁ?」


一瞬戸惑った後に分かったのは、こいつはオルセラも名前の一部だと認識していたということであった。

『王国の先槍』『雷鳴』の名を冠する騎士系貴族筆頭オルセラ伯の爵位家名を知らなかったのである。だから最初の文字と繰り返し入っている文字をとって「ジル」と呼んだのだ。


「お前の言う通り、金を錬成する意味なんてない。」

私の素っ頓狂な反応を無視してリディアは続けた。


「うんこの方が価値がある。」


流石にそこまでは言っていないのだが……。


そもそも、私の主張としては出来もしないことに時間と労力を延々とつぎ込むことを批判しているのであって金の価値を貶めているわけではなかった。


これには錬金術系魔導士の大家パラケルスに仕える立場としてコゼットからも流石に苦言があがった。

しかし、リディアは自身の主張を曲げなかった。


「お前は無限にうんこを作れるか?」


……作れねぇよ。


「うんこも金も無限に作れない。でも、錬金術師は金だけを錬成しようと貴重な時間や資源を使う。バカ。」

「えぇ……。」


ことここにいたって私には一つの疑念が生じていた。「こいつ、もしかして本当はバカなのか?」という疑念であった。


「ジルは麦の種籾を一つ植えた場合に収穫できる期待値はいくつか知っているか?」


急に話題が逸れたと感じた。これまでもこいつと話すことは何度かあったが、これはこのクソガキの悪癖の一つであった。

私はついていけないのだと思われるのが悔しくて、いつものようになんでもない素振りで続こうとした。


「5から7くらい?」

「答えは2」


ドキリと心臓が動くのを感じた。


つまり、このチビが言っているのは畑へ作付けして収穫できる量はその倍。

来季へ種籾を残すことを考えたなら、植えた分と同量の作物しか取れないと言っているのだ。『コストに見合っていない』と。


そう断言する天才の口調と極端な数字に背中を冷たい汗が伝うのを感じた。

同時に頭の中では、自領の農家への税率、オルセラ伯爵家が管理してる種籾、自領から出荷される輸出品、領内の畑の総面積の概算を頭の中で計算して反論した。


「嘘ですわね。」

「でも、そういう土地もある。」


リディアは臆面もなく嘘を認めた。

正確には自身の論旨を補強するために極端な例を提示したのだろう。


「でも、うんこを土に混ぜると収穫量が増える。」

「それは……まぁ。」


肥料として動物や人の糞尿が使われているのは常識であったし、それが明確な効果を示しているのも知られている。


「金は食えないけど、うんこは食える。だから、うんこの方が価値がある。」


言いたいことは分からんでもないが、極端すぎやしないか?と思った。

うんこ、食えねぇよ。


「畑からいっぱい収穫できれば農村から追い出される人もいなくなる。領から出ていく人も減る。」

「あ……。」


「お腹いっぱいなら、みんな幸せになる。」


単純な、本当に単純明快な理屈であった。

名前を知らなければ10歳の少女が言うにふさわしい微笑ましささえ感じるほどの。


しかし、ここで初めて私はリディア・パラケルスという少女の本質に触れた気がした。


リディアはいつも講義をすっぽかしては実験をして煤にまみれた少女であった。


いろんな土地へ向かい、いろんなものを集めては実験をする。

ロメリアの大図書館から本を盗んだかと思えば、俗世の民間伝承も積極的に集めて実験をする。

なんのコネクションもないゼミに殴り込んでは貴重な物品を略奪して鍋に放り込んで実験をする。


『黄金』を冠する少女は煤に汚れても、その輝きを失わない生粋の天才であった。


「金は珍しいから価値があるだけ。いくらでも作れるようになったら価値がなくなる。うんこの価値はなくならない。 

だから、うんこの方が価値がある。」


珍しいから価値があるだけ。

その言葉にズキリと胸を刺された思いであった。


お前は貴族に生まれて、目立つ銀髪を生やして持て囃されて、それで『お前の価値はどこにある?』と、そう言われたような気さえした。


その日以来、わたしがリディアに挑戦することはなかった。

完敗であったからだ。才能の比較でもなく、能力の優劣でもない。


価値の有無が違ったのだ。


私がロメリアを降ったのは、その2年後のことである。

教授や同級生たちには引き留められた。両親にも残るよう諭された。しかし、『ここにいる私』に私は価値を見出すことができなかった。


自領に戻ってからは母の仕事を積極的に手伝い領主としての勉強を始めた。

時間が許せば、領内の裁判を傍聴し、小作農の様子を見ては愚痴を聞いた。

町を訪れる行商人について歩き、自分なりに商売をして損を出したり、利益を出したりした。


私にはリディアのような明確な目標はなかった。追いかけていたのは前を歩く少女一人。

夢というものを見つけることができない凡庸な人間であったから、せめて結果くらいはと自領の民が少しでも豊かになれるよう日々を過ごした。


いつしか、『白銀』の名を聞かなくなり、オルセラのジゼルとなる頃には自分の髪の色など気にならなくなっていたのだ。


そんなある日、トラウマは私のもとを訪れた。


「オルセラの秘儀を教えて欲しい。ジルにしか頼めない。」


数年ぶりに対面したリディアは、頭を深々と下げていた。

貴族の令嬢が、王国の至宝たる天才が、なんの躊躇もなく頭を垂れた。


「なぜ?」

二の句で追い返すべきであったが、それができずに理由を問うた。


そこで私はリディアが錬金術師として生涯をかけて何を錬成しようとしているのかを知った。

そして、幼少の時分より変わらぬ夢を明かされた。


私は勘当されることを覚悟でリディアにオルセラの秘儀を教えた。

迷いはなかった。


それ以来、彼女は定期的に手紙を寄越すようになった。

その重要性から研究の内容を書き記すことはなかったが、本人の近況などが短く書かれていた。


たまに届く文を読めば、金勘定がザルなことが分かったので研究に使えと自分で始めた商売の売り上げを仕送りとして送った。

決まって返ってくるのは「ありがとう」とだけ書いてある短い文であった。


リディアの手紙を読むと私はいつの間にか彼女の夢の一員にされたように書かれていた。

なけなしの意地がわずかに残っていたからか、私から手紙を送ったことはない。

面はゆい気持ちと、夢が叶った世界を思い描いて返事を待ったものだ。


便りがなくなり、ヴェスタリアの黄金が煤を被ったように黒く沈んだと聞いたのが今から3年前のことである。


そして、王都で見る影もない女を見つけたのが先日の話だ。


私は、昔のように嫌味を言って返事を待った。

煤を被ろうと価値を失わない私の黄金を信じて。


返ってきた返答には失笑したものだが。


頭の回転は悪くない。自分の家の名誉を守ろうという気概もある。貴族としては、まぁ、十分だといえる。

でも、それだけだ。


わたしは思い描いた未来を失い、もう二度と会うこともないであろうと踵を返して立ち去った。


しかし、その日のうちに彼女は現れた。


弱々しい子供を連れて頭を下げていた。

自分の中の価値を信じて、私の嫌みを真っ向から受けて、ただただ謝罪を続けた。


貴族はメンツ商売だ。

領主がみすぼらしい姿を見せれば、商人に舐められ、盗賊どもはつけあがり、領民たちが苦しむことになる。

当たり前に学んできたそんな言葉をその時はじめて疑った。


ただ真摯に、自分の中の価値を信じて行動する彼女を見れば、煤を被っても失われない価値がそこにまだあるのではないかと。

いつかの彼女に姿が重なって見えたのだ。


私は今の彼女の価値を自分で見極めたいと強く思った。


第2王子ユリウスより、王都の地下組織の討伐の助力を頼まれたのは、そんな折であった。



◇◇◇



「また外れですわね。」

王都から夜道をバタバタと逃げ出している怪しい連中を捕まえては尋問しているが、いまだレオ殿下と繋がりがあるような大物はつれない。


「まぁ、予想はしていましたけれど。」

そもそも、そんな簡単に見つかるような連中ならユリウス殿下の事前調査から逃れることもできなかったであろう。

やるべきことであるのは間違いないが、この地道な作業に果たして本当に意味があるのかと自問自答を始めてしまう。


「リディアなら……どうしたでしょうね。」

かつての天才であればなにか有効な手を打てたのであろうか、と問われても流石に疑問だ。もちろん、彼女であればなんとかしてしまっても驚きはしないのだが。


リディア・パラケルスは何でも一人でこなしてしまう王道を行く天才であった。しかし、それは裏を返せば他人の力を借りるのが致命的に下手であったとも言える。

そうでなければ、なんの勝算もなくオルセラ領に秘儀を教えてくれなどと愚直に頼み込むような真似はしなかっただろう。


まぁ、仮にかつての彼女であったなら、そもそもこんなことにならないように立ち回ったであろうから前提がおかしいと言えばそうであるが。


「あの子は今頃どうしているのかしら。」

煤を被ったような黒髪と黒い目の女。凡庸な彼女はどうしているのだろうか。


案外何かをやるのではと思ったのは、彼女がかつてと違って人を扱うのが上手くなったように感じるからかもしれない。

いや、少し違う。『扱う』というよりは、それこそ『向き合う』というような表現が似つかわしいような気がする。


「ま、アーデルの事もありますしね。」

自分の直臣からの報告を聞けば、彼女の暴走を悪しからず思うことはどうしてもできなかった。


夜が明け、少しずつ空が白んでいた。

夜通し検問を行っていたが、そろそろ潮時だろう。


「タイムリミットまで、あと1日もありませんわね。」

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