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21 ラストチャンス

王都パラケルス邸の応接室に今回の『潜入』作戦に関わった人間が集まっている。

全員口は重たく、また空気も張りつめていた。


「状況を整理しましょう。」


最初に口を開いたのはユリウスであった。

焦りから口内が乾き切っているのか、言葉の頭は掠れて出てきた。


「リディア嬢がロザンヌ逮捕後、王都へ人員を連行するための荷馬車を要請した報告を受けてすぐに私もジゼル嬢も潜入から捕縛へ切り替えました。」


ジゼルは足を組んで座り黙して聞いている。

もっとも表情が暗いのはカタリナであった。状況を考えれば当然であるが。


「作戦目標であった、違法物品の流通を仕切っていたデリラ、人身売買を仕切っていたアデーレ、そして違法集会を仕切っていたロザンヌの3名および側近の逮捕は成功しました。」

結果としては、王都内の地下勢力は大幅に弱体化する公算が高いです。作戦自体は成功と言えます……。」


言い濁して言葉を選ぶのは、おそらく頭の中では別のことを考えているからであろう。

気を使われている。それが所作の節々から感じられた。


「我が愚かな娘を甘やかすのはお辞めくださいユリウス殿下。これは明らかにリディアの失態でございます。」

聞いていられないとばかりにカタリナがユリウスの言葉を切った。


ユリウスも「それは……。」と言葉をつなごうとして、一応形だけでもフォローを入れようとしているが苦しい様子であった。


「地下組織などは王家が本気で取り組もうとすればいつでも壊滅することは叶ったはずです。

今回の作戦は地下組織に繋がっているレオ殿下、またその周辺の高位貴族との関係を吊り上げることが目的でございました。そのための『潜入』でもあったはずです。

それを我が娘は感情に任せ、情報がそろわない状態で行動を急いたのです。どう考えても失態であることは庇うことができません。」


ピシャリと、いつもはオロオロしているカタリナからは想像もできない冷淡さで告げられる。

そして、私もそれを弁解する気は全くなかった。できる要素がなかったからである。私自身の考えをカタリナの口から再確認されたようであった。


「ですが、どうか。どうか、パラケルスにもう一度チャンスをいただけないでしょうか。

我が家のすべてをかけて今回の失態の挽回をさせていただきたきく存じます。」

「お母さま!」


カタリナが深々と頭を下げたのを見て思わず立ち上がった。

王家の使者である第2王子に対して、公の立場のパラケルスとして誠心誠意の懇願であるからだ。

明らかな失点を取り返そうとするのは、ともすれば「レオと共に地下組織と繋がっているから有耶無耶にするために暴れた。」などと言われれば、それこそ家そのものの危機となるためであった。


ロザンヌを殴り飛ばした時にはそんなことになるとは考えていなかった。

屋敷に戻り、カタリナに頬を叩かれて初めて思い当たったのだ。「ぬるいのだ。お前は。」痛みをもってそう叱られたのが分かった。


「……。」

対してユリウスは歯噛みして考えている。


元はといえば、自分が願い出た作戦である上にパラケルスに対しては明確な対価を示さずに作戦への自主参加を促している。

そのうえ、パラケルスの令嬢であるわたしに婚約を申し出て日が浅い。


パラケルス家が黒い繋がりで没落するというのは本人も避けたいと考えているのだろう。

最初に歯切れが悪く言葉を選んでいたのは、どうにか今回の作戦は成功ということにして捜査続行でお咎めなしという体にしたかったのかもしれない。


というより、カタリナも同様に考えたはずである。

ユリウスとパラケルスの人間だけがここにいたならそうすることもできた。


「……。」

脚を組んで座り、入室から一言もしゃべらず今も紅茶をすすっているジゼルに視線が集まる。

つまり今回の失態をどう扱うかは、ここにいる最も中立な人物次第であった。


「リディア。」

「はい……。」


部屋が完全に静まり返ったのを確認すると、ジゼルはゆったりとした口調で私の名を呼んだ。

「地下組織のクズをぶっ飛ばして満足した?」


まるで、昼下がりの雑談でもするかのような声であった。

私は声が出るように唾をのみこもうとして失敗した。緊張で乾き切った口内に水分がまったくなかったからだ。


「……いえ。」


なんとかして蚊の鳴くような声で答えるわたしをジゼルはつまらなそうに見ていた。

続いて視線を自分の後ろに控えるアーデルに向ける。


「アーデル。あなたは?」

横目に自分の臣下の名を呼ぶ。これもまたあまりに緊張感のない声であるから彼女の考えが読めななかった。


「……。」

アーデルは少しの間黙りこむと、あっけらかんとした態度で言葉を発した。


「すいません、ジゼル様。俺はリディア嬢が手を出してくれてスカっとしました。」


あまりに弛緩した雰囲気に部屋の空気が一変したのを感じていると、彼はその口調を変えずになんでもないことのように続けた。


「なので、何とかしてください。」


ただそれだけ、他に言うことはないと言わんばかりの態度であった。


あまりに空気の読めない物言いである。仮にわたしを庇ってくれているなら、こう、もっとなんかあるだろ……。と図々しくも思ってしまうほど。

しかし、だからこそ思った。たぶん、これは飾らぬ彼の本音なのだろうと。自分の主であれば、なんとかしてくれるのだという絶対の信頼からくる言葉であった。


「ぷっw」


周りが状況を必死に追おうとしている中、一人笑い声をあげたのが彼の主の身であった。

臣下の妄言ともとれる上申をまるで愉快であると腹のあたりを抑えて声が漏れている。


「笑えないわね。」


ひとしきり笑って落ち着いた後に出た言葉がそれであった。


「あの……。ジゼル嬢。」

カタリナがオズオズと声をかけた。もう本当におっかなびっくりという様子である。


「パラケルス伯、今回の失態はうちのアーデルにも責任があると言えます。

なので、もういっそしょうがなかった。ということにいたしませんか? わたくし、こんなことでお母さまに叱られたくありませんの。」


まるで、子供が悪戯を隠そうと相談を持ち掛けているかのような言いぐさである。

カタリナも「え?はぁ?え?」と困惑しきっていた。


当然である。あの場での責任者はわたしであったし、最初に手を出したのもわたしであった。また、間違いなくアーデルの名を呼んで武力を行使するよう命令もした。

失態の責任は明らかにわたしにあるのだが、ジゼルは「ここにいる奴らが口裏合わせればバレへんバレへん」と言っているのだ。


名誉を重んじる騎士系貴族。しかも、家柄としては決して友好的とは言えないパラケルスにジゼルは自ら手を差し伸べていた。


「実務的なことに話を戻しましょう。」

流れを断つようにジゼルが話を始める。


「王都内、3つの最大地下組織の主要メンバーが一気に大量に逮捕された。

耳ざといネズミたちのことです。夜のうちには情報が地下を駆け巡ったのではないでしょうか?」

「はい、それは間違いないかと思います。優秀なもの、つまり、より重要な繋がりがある者ほど早く次の行動へ移るはずです。」


ジゼルの問いにユリウスが答える。


「いつもは巣穴にこもってるネズミどもがこの時だけは一気に飛び出すのでは?」

「なるほど……。」


カタリナは感心したようにつぶやいた。まさに逆転の発想である。


「今回ユリウス殿下が事前に調査していた組織のトップにはレオ殿下や高位貴族との繋がりを持つ情報はとれなかった。

そこで、2次作戦として大規模逮捕という手を使って今までの調査を巧妙に掻い潜ってきたネズミに揺さぶりをかけた。ということでいかがでしょうか?」


ジゼルは体の前で腕を畳んで手を合わせると、飄々と続けた。


「功罪の話は決着がついてからにしましょう。それでどうですか、パラケルス伯。」

「……。」


明らかに『貸し』にしてやる。と言外に含んでいるが、それでも2次作戦が上手くいけば誰の腹も傷まない妙案であった。


ただ、もしこれにも失敗した場合、つまり『功罪』を問うとなった時には間違いなく勝手に暴れたリディア・パラケルスの責任が問われる。

ジゼルもそこまでは庇うつもりもないだろう。


カタリナは少し考えた後に「ありがとうございます、ジゼル様。」と一礼をした。現状では最善であると判断したのだろう。

ここで成果を出さなければパラケルスは絶対絶命。だからこそ、もうこれに賭けるしかないのだ。


「では、ユリウス殿下はどう動かれますか?」

端的に聞くジゼル。


「王都内の流通網をもう一度探ります。逃げ出すとしても、蓄えをため込んだ者ほど持ちだすものも多いはず。

物品の移動が多ければ、そこから手掛かりを捉えることができるかもしれません。」


ふむ、と顎に手をあて考え込むとジゼルはもう一つ質問を投げる。


「タイムリミットはどの程度だと考えますか? つまり、ターゲットとなるような人物が王都郊外へ逃げきってしまうまではどのくらいか、ということですけれど。」

「王都内の逮捕劇が今朝早くのことでした。今は正午なので裏に潜むような奴らの動きは鈍いですが準備だけはしているはずです。

おそらく一夜あけて更に次の朝を向けるまでには逃げ切られると見た方が良いかと。」


「あと、36時間程度ということですわね。」

懐中時計をパチリと閉じるとジゼルは席を立った。


「わたくしは、王都周辺の荷馬車が通れる道を虱潰しに探しますわ。王都内の詳しい地理はわかりませんもの。」


ジゼルはアーデルを呼びつけて踵を返して扉に手をかけると、一瞬止まって声をかけた。


「あなたも、あなたにできることをなさい。リディア。」

ただ、それだけ言い残すと足早に去っていった。


わたしは一つ大きく深呼吸をして、両の頬を手で叩き立ち上がる。

「王都内の商人と職業ギルドに情報はないか聞いて周ります!」


部屋を出て屋敷を出るために歩いていた歩幅は徐々に大きくなり、門を出るころにはヒールを鳴らして走っていた。


ラストチャンスだ。


残りの36時間でなんとかしてレオと繋がっている地下組織の尻尾を掴む。

どうすればいいかは皆目見当がつかないが、とにかく思いつくすべてを行動に移すしかない。

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