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02 転生&ダッシュ

『死んだ』という実感だけはあった。


病気などとは無縁の人生だったので、交通事故にでもあったのではないだろうかと考えている。


痴情のもつれで……と言えれば女として幾分か格好もつくのだろうが、生憎と恋愛とも縁遠い人生だったのでやはり事故の類に巻き込まれたのだろう。




目が覚めると天井の高い立派な屋敷のベッドに横たわっていた。


少し身をよじっただけで全身に激痛が走ったので夢であるというようなお約束の現実逃避はし損ねたのである。


私を大層労わっているらしい人たちに囲まれ、どうやら感動的な目覚めだったようだ。




なぜ他人事かというと、言葉が分からなかったので表情などから状況を判断するしかなかったからだ。




体が癒えるまでは表情筋と目力で、体を動かせるようになってからは手や足を振り回しながらこちらの意図を表現して、返ってくる言葉を覚えるという試行錯誤を続けること1年。


舌が覚えていたのだろう、簡単な日常会話をなんとかこなせるようになった。




ある程度、大人として会話できるようになるまでは2年かかった。




この屋敷はヴェスタリア王国に属するパラケルス伯爵のものだと知り、自分がその嫡女として扱われていること。


そして、金髪碧眼だったらしいその令嬢の髪と瞳が、あの日以来、煤で塗りつぶしたように黒くなってしまったこと。


「パラケルス伯爵令嬢リディア」が失語症か心神喪失に陥ったと判断され、この家がかなりの窮地に陥っていたと理解したのもこのあたりである。




そのピンチを理解するまで、わたしのもっぱらの悩みは身辺を執事服の男どもに甲斐甲斐しく世話されることだったというのは我ながら呑気だったと幾分か反省している。


まだ体を起こすのに苦労している時期に濡れタオルで体を清めるために服を脱がそうとしてきたアントニオをグーで殴り飛ばしたのは本当に申し訳ないと今でも思っているのだ。




伯爵令嬢なんだから多少は横暴に振舞ってもいいだろとも思ったが、貴族のボンボンが甲斐甲斐しく世話をしてくれた年若いメイドに正拳で暴力を振るったなどと言われれば私も憤慨するだろう。


この貞操観念が逆転した世界では私がそのバカ息子だということになるのだから、やはり反省せねばなるまい。




しかし、鏡を見れば違う人間の顔が映り、知らん人達に四六時中囲まれて、よくわからん文化とルールで回ってる世界で、謎の言語を滝のように浴びせられるという異常事態に突如放り込まれた私としても対応できるキャパシティーに限度があることは理解していただきたいのだ。




だから、状況を理解して、体が満足に動くようになった私が何をしても責められる謂れはないと思う。




__何をしたか?




逃亡である。




しかも、屋敷にある金目のものを取れるだけとって決死の大逃走であった。


令嬢の体に転生したという前提がなければ、ほぼ強盗である。




もちろん、目的地なんてあるわけがなく、


そもそも町までは足で行ける距離ではなかったので私は道端で歩き疲れてついにしゃがみこんだ。


そして泣いた。


大号泣だった。


ロッキー・ザ・ファイナルのエンディングよりも泣いた。正直比較にさえならなかったと思う。




その時に助けてくれたのが、今、バカ王子の前に私の名誉を守らんと立つ男。


第2王子ユリウス・ヴェスタリアである。

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